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暗殺者と聖女、蹂躙を終える

 


 激痛、混乱、暗転する視界。



 水中に沈んでいるかの様にままならない手足の動き。


 粘度の高い液体によって満たされ満足に成されない呼吸。


 明滅を繰り返しかつてのソレとは比べ物にならない程に鈍化した思考速度。



 断裂し、分裂し、千々に引き裂かれて行く『己』を強制的に掻き集められ、強引に統合し、無理矢理元の形の近似値に組み上げられる事で再構築を図られるが、元々のソレとは確実に異なるモノへの拒絶反応に脳が沸騰し、歪な形の自己を受け入れる事が出来ないと心が否定する。



 このまま消滅(拡散)してしまいたい、血の矜持(これまでの人生)なんてもうどうでも良い、早く成り上がらない(何かを残さない)とならない、どうにかして…………



 心身共に示す拒否反応と相反する思考が再び暗闇の底へと再構築されかけた『己』を沈ませて行くが、突如として差し込んだ光が有無を言わさずソレを掴み取り強制的かつ急速に浮上して行く。



 安寧の消滅を求めるソレはどうにかして逃れようと藻掻き暴れるが、結局ソレに抗う事は出来ずに光の境界線へと持ち上げられて行き………………






 ────そして、再びの呼吸と共に、辛く苦しき現実へと、アスランは無理矢理に引き上げられてしまった……。






 ******






「……………………かはっ!?」



「あ、起きた」



「どうやら、成功した様ですね」




 冒険者ギルドに併設された訓練所、その一角にある医療室にて、そんな会話が交わされる。


 据えられたベットの上で飛び起きたアスランが不快な動悸や違和感の在る視覚・聴覚に不快感を覚えていると、自身が発したモノでは無い音声に引かれて視線を向ける。



 その先では、つい先程まで自身と自身の仲間とを蹂躙し、その上で命まで奪い去ったハズの相手であるアレスとセレンが、なんて事は無い、と言わんばかりの様子にて一つの椅子に座っていた。


 …………そう、二人揃って一つの椅子に、つまり椅子に直接座っているアレスの膝の上に、セレンがその豊満な曲線を描く腰を下ろしている、という状態となっているという訳だ。



 …………何故、殺されたハズの自分はまだ生きているのか?


 …………何故、この二人はここに居るのか?


 …………何故、こんな場所ではしたなくいちゃついているのか?



 幾つもの疑念がアスランの未だ回転の鈍い脳内にて流れて行くが、痺れた様に重い舌と思った様には動いてくれない口では上手く話す事すら出来そうに無い状況にある為に、仕方無く二人を睨み付ける様に視線で状況を問い掛ける。




「おいおい、起きていきなり睨み付けるだなんて、お貴族サマは躾がなって無いみたいだな?

 こちとら、わざわざお前さんを生き返らせてやった、文字の通りに『命の恩人』だって言うのに、その態度は流石に人としてアウトなんじゃないのかねぇ?」



「ええ、全く以てその通りですね。

 以前の、それこそ『聖女』として祀られていた私であれば笑って許したのでしょうが、残念ながらそんな『お優しいだけの聖女様』は既に亡くなってしまっておりますので、当然の様に労働の対価を頂きたいと思っていたのですが、コレは手加減して差し上げる必要性は無さそうですね。

 さて、幾ら頂く事と致しましょうか?」



「パーティーメンバー全員分の負傷の治療と蘇生も含めて、だからなぁ。

 下手をしなくても金貨で数百、下手をすればそれ以上の額が必要になるであろう秘跡だからなぁ~。

 まぁ、セレンの好きに値を付ければ良いんじゃないか?こんなの、言った者勝ちだろう?」



「それもそうですね♪」



「…………そ、せい……?」




 漸く動く様になったらしい舌と口で、アスランが問いを放つ。


 しかし、その声は震え、問い掛け自体にも迫力は限り無く薄く、思わず零れ出た、といった感が拭い切れない程に強く滲んでいた。



 その様子が可笑しかったのか、セレンがクスクスと声を挙げながら笑みを零す。


 が、その本質としては少し前までアレスが周囲から向けられていた嘲笑の類いであり、敢えて表現するならば『微笑み』では無く『嗤い』とでも現すべきモノとなっていた。



 毒が滴りそうな程に悪意に満ちた表情に、悪寒だけでは無い『何か』を感じてゴクリと喉を鳴らす。


 目覚めたばかり、という事もあり、身体は未だに何故か上手く動かす事は出来ずにいるが、戦闘を経た後でもあった為か腰の芯では昂りすらも感じており、シーツの下では男性特有の生理現象すら発生していた。



 ソレを察してか、未だに毒の嗤いを浮かべているセレンが、まるでゴミでも見るかの様な目で視線を送りながら、状況を飲み込めていないらしいアスランへと向けて言葉を重ねる。




「さて、その様子だと身体が重くて仕方が無い、といった処でしょうか?

 それに、先程の私達の言葉すら、理解していない様子。

 わざわざ、貴方程度に説明して差し上げる程暇では無いのですが、特別にサービスとして教えて差し上げましょう。

 端的に言えば、貴方と貴方のお仲間達は、一度死にました。

 私の手で、ね」



「…………!?」



「貴方とて知ってはいるでしょう?

 聖女が扱う回復魔法には、蘇生すらも可能とするモノが在る、と。

 まぁ、『聖女』であれば誰でも扱える、とまで容易なモノではありませんが、それなりに通っている話なので知ってはいるはずです。

 ソレを、今回行使させて頂きました」



「…………な、ぜ……そん……」



「元々、そういう取り決めだったのですよ。

 アレス様が先ず戦い、そのまま勝ててしまうのであれば私と交代し、一度全回復させてからもう一度。

 その際に、手加減が利かずに殺してしまった場合、責任はギルドに、支払いは貴方達に、という形にて蘇生を施す、と。

 流石に、自身の出自とこの都市での第一の冒険者パーティー、という立場を濫用し過ぎたようですね?多少無理をしたとしても、キッチリと『教育』して欲しい、と依頼されましたよ?」



「おまけに、最近はギルドからの依頼も、高難易度のモノを好んで受けてはいるものの、その達成率はあまり芳しくは無くなって来てるんだろう?

 魔物も強いモノが増えたり、魔王が復活した、とかの噂が流れていたりもするが、ソレに抗しきれていないにも関わらず、挑む依頼の難易度を下げる事もせずに失敗率を上げ続ける。

 おまけに、それに対する依頼人からの抗議すら『貴族の血筋だから』と無視したり、時に握り潰したりと散々やらかしたらしいな?

 しかも、仲間、とは名ばかりの連中を使い捨てにする事すらも頻繁にやらかしていたら、そりゃ流石にギルドからも切り捨てられて当然ってモノだろうがよ。

 もうちょっと、考えてやるんだったな」




 二人の言葉が、未だに回りの鈍いアスランの脳裏に染み渡る。


 普段であれば、瞬時に理解出来ていたであろう内容を、時間を掛けて咀嚼し、ギルドに切り捨てられた事を漸く理解して重い身体のままで絶望する。




「…………それにしても、本当に大した事は無かったみたいですね?

 幾ら蘇生が本人の力を著しく消耗させる、とは言えここまでの為体とは、やはり虚言癖が過ぎたという事でしょうか?

 あの時、私に使おうとして所持していた指輪も、何やら嫌な雰囲気のする品物でしたし、やはり『Sランク』に至る様な器では無かった、という事でしょうか……」



「まぁ、内事的にも、実力も実績も評価も足りて無かったみたいだし、無理だったんじゃないか?それこそ、別人にでもならない限りは。

 このアルゴーでの第一の冒険者パーティー、って肩書も、『連理の翼』の二人が抜ける時に粗方高難易度の依頼を根刮ぎにした上で、残った依頼の達成率が高かったから、と与えられていたみたいだし、それで調子に乗ったんだろうよ。

 …………全く、当初の予定だと、サクっと捻ってギルド登録の抹消か、もしくは公的に実家からの絶縁でも突き付けてやるつもりだったのに、当てが外れる事になっちまったからな。

 こんなんでも、今はまだ使える以上は残しておいて欲しい、って話だからなぁ……」



「まぁ、今後も使い物になるかどうか、までは私達の保証する範囲にはございませんので、どうなるかまでは関係ございませんけど、ね?」



「そう言う事だな」




 …………自身が思っていたよりも、周囲は自身を評価する事は無く、寧ろ厄介者扱いをしていた。


 存在そのモノが、自身が最も拠り所としていた、貴い血筋でありながらも家を継ぐ事が出来なかった自身が成り上がるのに最適であり最短の道である、と信じて疑わなかった冒険者としての栄達が、欠片も存在するモノではなかった。



 その事実を認識してしまったアスランは、蘇生によって弱体化している以上に心身に対してダメージを負い、目の前でスキンシップを図る二人の姿が目に入らなくなる程に、深く深く絶望の淵へと沈み込んで行く事になるのであった……。



なお、アルゴーの一般人は彼の内情を知らず肩書として付いている『アルゴー第一の冒険者』に釣られて称賛したり依頼(適性ランク)を出したりしていたので評判自体はそこまで悪くは無かったりします


まぁ、本人が一番望んでいた『栄達』への道は閉ざされたのでアレスの狙いは達成された、と見ても良いかと(強引)

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