聖女、蹂躙する
得物を腰の鞘に納めたアレスの言葉に従う様に、人垣によって形作られた決闘場へと一つの影が踏み込んで来る。
…………それは、此度の決闘の原因であり、渦中の真っ只中に在るとも言える人物でもあるセレンであった。
唇を真横に引き締め、微笑みすらも浮かべずに真っ直ぐ前を向いて歩むセレン。
その手に握られているのは、近接武器の役割も兼ねた術式補助の道具でもある杖なのだが、傍から見ているとどうしても『鈍器の機能を持ち合わせた杖』では無く『杖としても使えなくは無い鈍器』といった様な印象を強く植え付けてくる、厳つい外見をしていた。
突然の出来事に、動揺が隠せない様子のアスラン。
何せ、自身でもかなり強引な手段で勧誘し、その上で『とある方法』にて自身のパーティーへと引き込もうとしていた自覚が在る為に、まだ余り良い印象は抱かれてはいないのだろう、とは思っていたが故に助けとして出て来たのでは無い、とは理解しているが、だからと言ってアレスの救援の為に出て来たというのにも違和感が残っている。
現状、圧倒しているのは間違い無くアレスの方なので、救援として出てくる必要性は、全く無い。
更に言えば、もし万が一仮に救援の為に出て来た、というのであれば、もっと早く、然るべきタイミングにて出て来たハズだろう。
少なくとも、今こうして出てくるのは、遅過ぎた、としか言い様が無いのだから。
そんな、彼女の考えが読めないアスランは怪訝そうな視線を彼女へと送るが、セレンはアスランから向けられているソレを欠片も意識する事無く無視すると、地面に横たわって弱々しく呻き声を挙げたり、ピクピクと痙攣している『華麗なる猟兵』のメンバー達を一瞥すると、その全員を巻き込む形で魔法陣を瞬時に展開し、術式を発動させる。
「『神よ、貴方の子らに癒やしの奇跡を。『神の慈悲による範囲回復』」
以前よりも言葉少なく発動させる事を可能とした彼女の範囲回復魔法が降り注ぎ、失われつつあった命を現世へと繋ぎ止め、身体の損傷を癒やして行く。
痛みと恐怖と出血とで千々に乱れていた呼吸が落ち着き、展開されていた術式が光と共に消失して行く様は傍から見ている限りでは『神の奇跡』や天上の国での光景に等しく、知らず知らずの内に祈りを捧げている者すらも居た。
そんな、予想外にも等しい光景を目の当たりにしたアスランは、一つの結論を自身の脳内にて弾き出した。
…………どうやら、この聖女セレンは、自分の味方をする者である、と。
理由も、原因も不明だが、どうやら彼女は自分達の味方をしてくれるらしい。
そうでも無いと、一応は仲間であったハズのアレスと敵対している自分達を癒やす必要性は無いのだし、人死を目にするのが嫌だったから、というのであれば決闘が終わってからすれば良かったのだから、やはりそうなのだろう。
…………案外と、彼女自身もアレスから離れる機会を窺っていた、という可能性も無くは無いのだろう。
もしくは、自分と同様に一目惚れしていたが、いじらしくも恥じらいと共にソレを隠していて、想い人とその仲間のピンチに居ても立ってもいられずに思わず、なんて事もあり得るかも知れないしな!
なんて事を考え、自分にとっては都合の良い結論を出したアスランは、治療を終えて自身へと背中を向けているセレンへと近付き、その肩を抱き寄せようとする。
が、その前に、突如として身体が治り、痛みも欠損も無くなった事に戸惑いながらも立ち上がろうとしていた『華麗なる猟兵』のメンバーの目の前に誰かが立ち塞がり、その顔へと影が落ちる事となる。
…………それは、直前まで彼らの負傷を癒やしていたセレンであり、同時に彼女が振りかぶっている杖によって出来ていた影であった。
「………………え、な……?」
ゴジャッ……!!
戸惑いの声がその口から漏れると同時に、セレンが手にしていた杖が振り下ろされる。
そして、固く水っぽいモノをソレを上回る硬さを持つモノによって叩き潰した様な湿っぽい音までもが周囲へと響き渡り、直後にドサリと人が地面へと倒れ込んだ様な音も発生した。
当然の様に、そこにはピクリとも動く事の無くなった人体と、砂地であるにも関わらず徐々に広がって行く赤い湖。
更に、自らの頬に点々と付着した返り血を汚らしいモノが付いた、と言わんばかりの嫌悪感タップリな表情にて拭っている聖女サマの姿がそこにはあった。
唐突な蛮行に、セレンの登場によって困惑に包まれつつあった見物人達の間に張り詰めた空気が漂い始める。
何せ、いきなり出て来て治療を施したと思ったら、その手で治したハズの相手を自ら殺めて見せたのだから、当事者であるアスランで無くとも困惑するのは当然と言うモノだろう。
本来ならば止めなくてはならない立場に在るハズの審判も、若干微妙そうな顔をしてはいるが、特に彼女を制止しようとはしておらず、寧ろ殺るのならば手早く済ませてしまって欲しい、とでも言わんばかりの空気すら醸し出していた。
そんな、ある種の『白け』すらも感じさせる様な雰囲気に支配されつつあった訓練所に、震えながらも声が放たれる。
「…………あ、貴女は、一体何をしておられる、のか?
貴女が今、手に掛けたのは、私の部下、貴女の仲間なのですよ……?
何故、そこの悪辣な下郎の味方をし、その身を開放して差し上げようとしている私達を攻撃なさるのか!?
一体、何故!?」
「………………『何故』?
そんなモノ、決まっているじゃないですか。
私は貴方達の敵であり彼の味方である。
ただ単に、それだけの、それだけが理由として存在し、私の行動を後押ししている。ただ、それだけですよ」
「………………な、ななななな……っ!?
では、私達よりも、あいつを、あんな奴を取る、とそう言うつもりですか!?
高貴なる家柄と血筋に連なり、こうして実力も兼ね備えた私では無く、何処ぞの馬の骨とも知れない様な出自のあいつを、貴女は選ぶとそう言うつもりなのですか!?!?」
「ええ、当然です。
そもそも、実力云々を言うのであれば、完全な支援職として後衛である私にすらこうして一方的に潰され、彼との戦いに至っては極限まで手加減されて漸く戦いの体を成せていたに過ぎない貴方達に靡く道理は無いのでは?」
「……………ぐっ、ぐぐぐっ……!?」
「それに、わざわざ自身の『仲間』であり、『恩人』であり、そして……こ、『恋人』でもある人を裏切り、ほぼほぼ『赤の他人』である貴方に靡かなくてはならない理由が、私になにか在るとしでも、本気で思っていたのですか?
なのでしたら、相当幸せな頭をしている様ですね。私では直して差し上げられないので、専門家を頼る事をオススメ致しますよ?」
言葉によって、アスランの矜持や持論の尽くを打ち砕いて行くセレン。
一切の反論を許さず、その上で淡々と真顔のままに語るその姿は背筋に冷たいモノが伝う様な感覚を、強制的に抱かされる事となった。
そうして言葉を放ちながらも、彼女の手は止まる事無く動き続け、敵として定めた『華麗なる猟兵』のメンバー達を次々と打ち砕いて行く。
時に、前衛が咄嗟に構えた盾の上から鎧ごと身体を拉げさせ、時に必死になって回避しようとした軽業師の動作を見切って叩き潰し、時に放たれた魔法を打ち返しながら魔法使い本体も上から叩き潰す、と言った前衛もかくやとばかりの活躍を披露していた。
本来であれば、外見通りに成人した『森人族』の女性の平均程度の腕力しか持ち合わせていないセレン。
しかし、彼女は回復魔法を応用して自身の身体を活性化させ、限界を超えた筋力行使を可能とし、それによって発生した『筋断裂』や『激痛』と言ったモノを回復魔法によって強制的に消失させる、半ば強引な手法ながらも『自己強化』とでも呼べるモノを作り上げてしまっていたのだ。
そうして、下手な力自慢程度であれば片手で捻じ伏せる事を可能としている状態にて、次々と粉砕し、打ち倒して行くセレン。
最後の一人として残されていたアスランは、その無双振りに腰を抜かして地面へとへたり込み、頻りに
「嘘だ……そんなバカな……こんなハズでは……」
との呟きを虚ろな目で空中を見詰めながら零し続けて行く。
そんなアスランに対してセレンは、呆れを通り越した、最早何の感情も抱いてはいない、と言わんばかりの表情にて手にしていた得物を振り上げ、そして無常にもそのまま振り下ろして行くのであった……。
さて、次回リザルト
どうなるかな?