『追放者達』、称賛される
「ほっほっほっほっほっ!
いやはや、いやはや!
よもや、揉んでやろうかと思っていたら、敗れる事になるとはのぅ!
ヒギンズよ、お主中々に良い成長を遂げ、良い仲間を持ったモノじゃのぅ!!」
そう言って好々爺然として笑って見せているのは、当然の如く長老その人である『カリュウーグ』。
先程まで殺し合いを行い、ソレを心の底から愉しんでいた様子を隠そうともしていなかった張本人とは思えない様な態度そのものであったが、確実にアレスがその刃で胸を貫いた本人であるのは間違いが無い事実であった。
尤も、先のセリフを述べているカリュウーグ長老本人であるが、その終わり際は中々に意地汚いモノとなっていた。
何せ、流石に死角からの一撃で致命的なダメージを受けたのだから、と思って手を止め、刃を引こうとしたアレスへと向けて悪足掻き、とばかりに槍の石突きにて不意討ちを仕掛けたり、それまで使わなかった尻尾による打撃や突撃を繰り出したり、と、まるで『貴様だけは道連れにしていく』と言わんばかりの猛攻を見せて来たのだ。
それに対して、慌てて総掛かりで飛び込み、どうにか抑え込みに成功する『追放者達』。
歳と共に身体能力が向上し、それが外的な要因が無ければ衰退しない、と言う特性上、この場に居合わせた誰よりも、それこそヒギンズやガリアンよりも筋力が高かった為に、下手をすればヴォイテクがいなければ拘束する事すらも出来ていなかった可能性すら有り得ていた。
流石にそこまで行けば、知り合いのヒギンズをして『戦闘狂』と表現されるだけの人物でも分の悪さを自覚したのか、それとも未だに互いに名乗りすらしていなかった事に漸く気付いたのか、胸から大量に出血しながら大人しくなった、と言う訳なのだ。
そしてその後、各人の治療とヒギンズを仲介した自己紹介を経て現在に戻り、冒頭の称賛へと至る、と言う流れであった。
「いやぁ、しかし、ヒギンズの鼻垂れがここまでの仲間を得られるとは、のぅ。
知り合いの知り合い、とは言え、仲間と面識の有る相手に対して、必要とあれば躊躇無く刃を向ける事が出来る、と言うのは中々に得難い才である、とお主理解しておるか?
普通は、躊躇いの内に手を出せずに終わるか、もしくは最初から徹頭徹尾躊躇わない異常者かのどちらかであるからのぅ」
「まぁ、ねぇ。
オジサンだって、この歳まで冒険者続けてるんだから、そのくらいは分かってるよぉ。
本当に、皆には感謝してもしきれないよねぇ〜」
「うむ、うむ。
初撃で防御が不要と見抜き、その後は回避と攻撃に専念して見せる切り替えの速さと洞察力。
全体を見渡し、必要な場所に必要な量の支援を置き、更に相手にまで妨害の手を伸ばして見せる判断力。
的確なタイミングでの遠距離での差し込みに加えて、従魔達による連携。
更に、それまで回復要員だと思い込ませて、いざという時には自らも戦線へと上がって来れるだけの実力と度胸。
それらを持ち合わせている仲間との絆の、何と得難く尊いモノか、本当にお主に分かっておるのかのぅ?」
「いや、だから分かってるってば。
流石に、一度はパーティー全体から裏切られれば、それが無いだけでも有難さが身に沁みて来る、ってモノだし、信頼が出来る、ってだけでも涙が出る程に有難いモノだからねぇ?」
「うむ、分かっておるのならば、良しとしておこうか。
貴君らも、この様な半端者に対し、寛容に受け入れてくれた事に感謝致します。
また、唐突に襲い掛かる様な真似をした事を、謝罪させて頂きたい。
誠に申し訳無かった」
「…………あぁ、いえ。
こちらも、急に押し掛ける形となってしまった訳ですから、あまりお気に為さらずにお願いします。
こんなに立派なお屋敷に通して貰っているのですから、尚更そんなに畏まらないで頂きたいのですが……」
アレス達へと向き直り、謝罪の言葉と共に頭を下げて来るカリュウーグ長老。
それに対してアレスは、先程までの荒々しい雰囲気から激変している状況に若干引きつつも、互いに殺し合いしかけたのだからおあいこで、との言葉を濁しつつ、周囲の豪華な内装を横目で眺めながら長老へと言葉での対応をしていた。
…………そう、建物の内部、にて、豪華な内装を見ながら、だ。
彼らが土足にて上がり込んだ玄関先からは考えられない程に確りとした造りにて、落ち着きながらも素人目からも『良いモノ』が使われているのが見て取れる見事な内装が施されたその建物は、先のやり取りがなされた荒屋とは別の建物、と言う訳では実はない。
表からパッと見た限りでは、廃屋にしか見えなかった部分。
アレを入り口としながらも、周辺からは見えない様に細工のされた母屋が奥に隠されており、そちらはアレス達が現在滞在している場所であると同時に、カリュウーグ長老とその細君が普段生活している場所でもあるのだそうだ。
とは言え、その細君も今はお出掛け中。
ヒギンズ曰く、龍人族としても『歳を取る』事を忘れた様な外見をしている、らしいその奥方が居なかったが為に、長老が自ら誰何の声に応えて表に出て来た、と言うのが今回の流れの起こり、なのだそうだ。
尤も、それで殺されかける事になった方は、溜まったモノでは無い。
予め『そうなる、かも?』とは聞いていたが、だからと言って実際にそうなったからと全て受け入れられる程に寛容でも、鈍い訳でも無いアレス達は抗議したのだが、カリュウーグ長老曰く
『確かに、儂の趣味が混じっておる事は否定せぬが、コレはある意味当然の事でありましょうぞ?
何せ、その『聖槍ミストルティン』は弱者を己の担い手として認めませなんだ。
故に、一度はヒギンズの鼻垂れの手から自ら離れる事を良しとしましたし、こうしてその手に戻る事も自ら良しとした、と言う訳なのでのぅ。
まぁ、仮に?ヒギンズの鼻垂れが然るべき担い手としての力を取り戻していなかった、とするならば、先の儂の放った投擲で槍を取り逃して貫かれるか、もしくは儂との手合わせで命を落としていたか、の二択であっただろうのぅ。
もしくは、『聖槍』の力に耐えきれず、内側から喰い破られて悲惨な最期を迎えていた、と言う可能性もあったかも知れんのぅ』
と語っていた。
白眉から覗き見える視線は真剣そのものであり、口調には鬼気迫るモノが感じ取れた。
故にアレス達は、そこにお巫山戯の類いが介在する余地が無く、信ずるに値するのだろう、と判断出来たと同時に、そこから先の謝罪に繋がる流れとなっていた為に口出しする事も憚られた、と言うのが理由の一欠片位にはなっていたりいなかったり。
とは言え、流石にヒギンズも例の『参號』をいきなり引き抜いてぶん回して来るのは予想外であったらしく、そこについては抗議していた。
しかし、その内容が『仲間が死んだらどうする!?』といった心配から来るモノでは無く、『下手すればじい様死んでたけどそれで良かった訳?』と言う感じの、どちらかというとカリュウーグ長老の方を案じていた様な言葉選びがなされていた為に、抗議を受けた本人も何処か満更でも無さそうな雰囲気を醸し出しており、傍から見ている限りであれば、果たしてコレは効果の有ることなのだろうか?と首を傾げざるを得ないものとなっていた。
が、結果的には、ヒギンズの手に『聖槍』は帰還する事となった。
念の為、もう無いはずだけれども、と思いながらも手にした対抗手段が効果を発揮するのは、彼らの予想を遥かに上回る程に近い事柄であるのだが、彼らは未だ、それを知る由もないのであった……。