『追放者達』、奮戦する
至近距離にて繰り出される達人の技術の数々に、必死に喰らいついて行くアレス。
が、圧倒的に優位に立てるハズの距離を保ち続けていても、その猛攻を完璧に凌ぎ切る事は彼をしても不可能であり、碌に反撃する事もままならない中、浅いとは言え負傷のみが増え続けて行く事となった。
受けた負傷は、先にも述べた通りにどれもが浅い。
本来なら、掠めた程度のそれらは、放っておいても勝手に流血が止まるか、もしくは出血すらしないかどうか、といった程度のモノであったが、彼の露出していた肌から流れる血の量は決して少なくは無く、床へと滴り落ちる程のモノとなっていた。
しかも、その色は黒く濁っており、痛みも傷の規模から考えると、あり得ない程の強さでその存在感を示していた。
一応、先にガリアンが受けていた事で憶測は立っていたが、自らの身体で受けた事により、ヒギンズが口にしていた『呪いを貰う』との意味が出血の強要並びに、傷と痛みの存在拡大、といった効果の事だろう、と推測が固まって来る。
とは言え、流石にそれだけだと『呪い』と形容するには弱い為に、恐らくは効果の長時間化か、もしくは永続化でも掛かっているのだろう。
ダンジョン産の魔道具の類いか、もしくはドヴェルグのような突然変異的な腕前を持った職人の手によるモノかは不明だが、さぞや大型の魔物を相手にする時には重宝したであろうその得物をこの世へと生み出してくれた事に、アレス個人としてはあらん限りの呪詛を吐き出したい気持ちで一杯になっていた。
そうして、アレスが自らの内面に沈んでいたからか、それともそういう気分になったからかは不明だが、長老が大振りな攻撃を繰り出してきた。
まともに喰らえば大怪我間違い無しな一撃であったし、防いだ場合でもダメージは必須であるのも実証済みであった為に普通ならば顔が引き攣る事となったのだろうが、アレスとしては願ったり叶ったりの一撃であったので、槍に刃を合わせて滑らせつつ、受ける勢いに加えて自ら後方へと跳躍し、半ば戸口を背でぶち破る形になりはしたが、建物からの脱出を成功させる事となる。
上手く受け身を取り、衝撃がダメージにならない様に逃がしつつ、建物から距離を取るべく幾度か勢いのままに転がって行くアレス。
その終着点にて飛び起きると、既に仲間達は展開を終えており、普段の戦闘の時の陣形が出来上がっている状態となっていた。
…………しかし、その頼もしさも、普段のソレよりも削がれている様にアレスには思えていた。
対大型でも、対ドラゴン陣形でも無く、極小型であり、人型でありながらも、彼らがここまで危険性を感じさせられる存在と相対する事は想定外の出来事であり、彼らが個人個人で対処する、以外の策が予め立てられてはいなかったのだ。
大抵の場合、誰が狙われたとしても、その個人の力で対処が出来ていた。
直接戦闘に携わる男性陣ならば当然の事として、女性陣であったとしても、タチアナならば相手を極限まで弱体化させたり、ナタリアであれば従魔達と連携して叩き伏せ、セレンに至っては物理的に叩き潰す事がこれまでは出来ていたのだ。
であれば、多人数にて個人やそれに類する相手を叩く、といった事をあまり想定していなかった。
流石に、対魔族、だとかの作戦を使えば状況的にはまぁ合致する(比較的人型に近い、実力が自分達よりも上、肉体構造が生物や魔物のモノでは無い、のが前提)だろうが、それはそれで実行すると殺意が高くなり過ぎるし……とまで考えたアレスであったが、そこでとある事実に思い至り、即座に思考を切り替えて行く。
「…………作戦伝達。
陣形は『対魔族』想定のモノで行く。
どうせ、向こうも殺す気でいるんだから、こっちも殺すつもりで行くぞ。
本当に死んだら蘇生させれば良いし、もし生きていたら儲け物、位の気概で殺しに行け!」
唐突に出された、アレスからの指示。
リーダーたる彼の命に、僅かな時間戸惑い、本当にそれで良いのか?と問い掛ける様な視線が集中するが、セレンの手によって解呪が成功したらしいガリアンと、未だに黒く濁った流血を続けるアレスの姿を目の当たりにし、更にヒギンズが即応して前へと出た事で全員の意識が戦場のソレへと切り替わり、文字通り『殺さなければ殺される』事態である、との認識を深めて行った。
「呵々っ!
よもやよもや、儂の目の前で、儂を殺す相談をして見せるとは、いやはや侮られている様な、嬉しい様な、不思議な心持ちにさせられるのぅ。
まぁ、精々足掻くが良いさ。
尤も、それが出来れば、の話じゃがのぅ」
一方、それらのやり取りを眼前にて目撃した長老は、言葉とは裏腹に、侮られた、と怒りを顕にするでも無く、今更か?と呆れる訳でも無く、呵々大笑すると同時に嬉しそうに口端を白髭の隙間から覗かせながらも、得物を構える手は微動だにしていなかった。
恐らくは、自分達の現状を理解し、把握し、それでいて対処するべく全力を尽くす彼らの姿を好ましいモノ、として認識したが故の笑みであったのだろうが、一回始めた以上は手加減の類いをしてくれるつもりは無いらしく、正に『ソレはソレ、コレはコレ』と言うヤツなのだろう。
そうこうしている内に、事態は動き出す。
具体的に言えば、それまで最前線にて戦っていたアレスが治療の為に一旦下がり、その代わりにヒギンズが前へと上がりながら切り結び、従魔達とガリアンが散開して長老を取り囲む様な陣形へと展開して行ったのだ。
本来、アレス達の中での役割から鑑みれば、最前線を担うのはガリアンを於いては他に無い。
が、今回の様に何らかの方法にて防御を貫いて来る相手であれば、重装甲にて相手の攻撃を耐え忍ぶ事に特化しているガリアンをぶつけるのは寧ろ悪手となる為に、攻撃の間合いが近い者、今回の場合は同じく槍使いであるヒギンズが最前線へと上がり、他の者達がサポートする、と言う形となっているのだ。
当然、散開しているメンバー達も戦闘に直接参加している。
直接戦闘力があまり高く無いタチアナやナタリアも、片や味方にバフを、長老にはデバフを撒いているし、片や弓による援護や従魔達へと指示を出し、遊撃として襲い掛からせていたり、その素振りを見せる事によって、長老が取れる行動選択肢を減らす様に立ち回っていた。
真正面から油断ならないヒギンズを相手にしつつ、普段とは感覚の異なる身体能力や鈍る判断力、時折飛んで来る矢に加え、油断して見過ごせば洒落にならないレベルでの損傷が従魔達から与えられる事となる。
そんな事態を、無傷のままで暫くの間凌いでいた長老であったが、時を同じくして盾を捨てて突撃を敢行したガリアンと、治療を終えて自ら放った魔法を目眩ましとしつつ、背後から忍び寄っていたアレスの強襲を同時に受ける事となった!
咄嗟に、順序を立てて対処しようと長老が試みる。
先ず現在穂先を交えているヒギンズの突きを柄のしなりを以て外し、次に斧を両手で振り上げながら吶喊してきている重戦士を得物を横薙ぎに振って叩き出しながら同時に近寄って来つつあった獣への牽制としつつしゃがみ込んで飛来するであろう矢を回避し、その後に背後から忍び寄る暗殺者へと立ち上がりながら振り上げた槍で対処して………と途中まで実行した時。
唐突に、それまで最後尾にて回復魔法を飛ばすのみであり、攻撃には加わっていなかったセレンが、小さく、しかし確実に力を込めながら手にしていた杖を振り上げながら、刃が飛び交う間合いへと飛び込んで来たのだ。
それまで完全に回復要員だと思っていた存在が突然参戦して来た上に、それが極上の美女であった事に驚愕し、思わず得物を振るう手がほんの僅かに鈍る事となる。
…………が、それだけの、本来ならば『隙』とも呼べないであろう意識の隙間さえあれば、後はどうにでも出来る、出来てしまう暗殺者の前でソレを晒してしまったのが彼の敗因となり、大きく振るわれた得物がガリアンの胴を強かに打ち据える寸前に、その頑強な肉体からは冷たい刃の輝きが生える事となったのであった……。