『追放者達』、組手に付き合わされる
ヒギンズの先導により辿り着いた先にて、遭遇した一人の老人。
彼曰く『じい様』と呼ばれるその存在は、一目見た時からアレス達に凄まじい緊張を強いる事となっていた。
首から上は、なんて事は無い老人のソレであり、白髭と白眉によって顔の過半が隠れているその様は、正しく物語に出て来る様な『長老像』その物であった。
…………が、問題は残る首から下、あからさまなまでに異様な雰囲気を放つ、歳不相応にしか見えない肉の塊が違和感を周囲へと振り撒いていた。
世には、恐らく未だに筋肉質な身体を維持している老人、という存在も居るのだろう。
加齢によって衰え、萎んで行くのみな己の身体を良しとはせず、弛まぬ努力と適性によりソレを維持し、老化に抗いながらも外見上は全盛と変わらぬ体躯を維持している、といった高齢者も、探せばきっと居るハズだ。
…………だが、彼らの目の前の存在は、そんなモノとは根本が異なるモノだと、アレス達は直感していた。
老人特有の腰の曲がりや足の衰えを感じさせない移動は靭やかであり、衣服の上からでも萎む気配の感じられない肩回りや上腕の筋肉は太く隆起しており、それだけでも強者特有の雰囲気が漂って来る心持ちにさせられる。
年老いて肥えるならまだしも、未だに筋肉としての機能を保ち、力を発揮している。
別段、触ったりした訳でも、直視した訳でも無いアレスであったが、それでも暗殺者として人体構造にある程度精通している彼としては、同じく筋骨隆々とした身体であったとしても、衰えに抗っている肉体、と、今なお成長を続けている肉体、とでは、天と地ほどに差が出来る事を知っているし、目の前のソレが後者である事を一目で見抜いていたのだ。
そんな、筋骨隆々とした老人、と言う矛盾した存在を前にしたアレスは、無意識的に腰の得物の鯉口を切っていた。
別段、目の前の異様な存在に気圧された訳でも、咄嗟に身体が反応する程に濃密な殺気を浴びせ掛けられた訳でも無く、ほぼ本能的に目の前の『ソレ』に対して備えを見せておかないと、自らの生命が危うい事となる、と悟ってしまったが故の反応であった。
それは、他のメンバー達も同じ事。
彼らも、一人を除いて揃いも揃って臨戦態勢一歩手前で踏み止まっている様子であり、共に来ていた従魔達も、その四肢に力を込めて体勢を低くしており、今にも飛び掛からんとしているかの様に力を蓄えていた。
そんな彼らの物騒な姿勢とは裏腹に、一人構える事無く佇んでいたヒギンズが、軽い様子で前へと出る。
まるで、大した用事は無いけれど近くまで来たから寄ってみた、と言わんばかりの素振りにて、実に気軽に見える振る舞いをしてみせた。
「やぁ、じい様。
久し振り、って程でも無いかねぇ?
まぁ、その辺はどうでも良いんだけど、取り敢えず預けておいた『聖槍』取りに来たんだけど返して貰っても良いかなぁ?」
「………………んぉ?
誰かと思ったら、なんじゃヒギンズのガキンチョであったかぁ。
雰囲気からして、随分と老け込んでおる様じゃったから、お前さんだと気付かんかったわぃ」
ヒギンズの言葉から数泊遅れて、目の前の老人が言葉を返して来る。
その際に、目を塞いでいる様にも見える白眉が動き、その奥から瞳孔が縦に裂けた金色の瞳が見えていたので、恐らくは本当に気付いていなかったのだろう、と思われる。
が、当の本人は全く以て気にした素振りもみせず、また相手にしていたヒギンズも、まるで何時もの事だ、と言わんばかりの態度にて言葉を続けて行く。
「なんだ、てっきり呆けたのかも思ったよぉ。
まぁ、だとしても大した違いは無いだろうけどねぇ。
取り敢えず、早い所『聖槍』返して貰っても良いかなぁ?
これでも、ちゃんと呪いは解いて資格は取り戻してあるからねぇ」
「…………ほぅ?
呪いはもう解いた、のぅ?
…………確かに確かに、見た限りでは全盛に戻っておる様じゃし、資格の方も再度有効にはなっているみたいじゃのぅ。
なら、ホレ。
取り敢えず返してはやるかのぅ」
なんて言葉と共に、長老の手に一振りの槍が現れる。
恐らくは魔力庫にでもしまっていたのであろうその槍は、一般的に『聖槍』と言われてイメージする様な神聖かつ荘厳な雰囲気を纏ったモノでは無く、寧ろ『ありふれた』だとか『みすぼらしい』だとかの形容が付く事こそが相応しく思える様な、そんな変哲も無い一振りの槍であった。
ソレを目の当たりにしたアレス達は、一瞬とは言え呆気に取られる事となる。
『聖槍』を返す、と言っておきながら、取り出して見せたのがそんなモノだという事は、ソレが『聖槍』なのか?いや、寧ろ返すのが惜しくなって適当なモノを押し付けようとしているんじゃないのか?とすら、老人の事をよく知らない彼らからすれば思ってしまっていたのだ。
…………が、次の瞬間、彼らの印象は激変する事となる。
何故なら、そうして取り出した槍を、長老はヒギンズに目掛けて真っ直ぐに投げ付けてみせたのだ。
そう、文字通りに、投げ付けて。
差し出して来た訳でも、投げ渡して来た訳でも無く、そのまま攻撃としての投げ槍であり、当たればまず間違いなく命を絶ちに来ている、と分かる攻撃であった。
唐突に過ぎる展開に、咄嗟の反応が遅れてしまうアレス達。
盾役でもあるガリアンは、どうにかして前へと出て壁になろうとするが、それでも一行の最先頭に居たヒギンズへと向けて真っ直ぐに飛来する槍の方が速く、彼へとその穂先を突き立てんとして飛翔する!
しかし、ヒギンズもヒギンズで特に動揺する素振りも見せず、アッサリと自らの得物にてその一撃を弾いて見せる。
それなりに広く造られていた、とは言え屋内であり、大きく槍を振るう事は不可能な空間しか無い中でのその振る舞いは正に『絶技』と呼ぶのに相応しく、無関係な立場として傍から見ていることが出来たのであれば、アレス達も喝采を送った事だろう。
が、目の前で行われたのは、あくまでも曲芸では無く殺害未遂。
殺意も敵意も感じられなかった上に、本人によって確りと防がれていたとは言え、その標的が心臓に定められていた事を鑑みれば、まず間違いなく死んでも構わない、位の心持ちでの攻撃であったのは間違い無いと言える。
そうして攻撃されたヒギンズであったが、その表情は平素と変わる事は無く。
寧ろ、それまで使っていたゾディアックにて手に入れていた得物を仕舞い込むと、弾かれた事で宙を舞っていた槍を掴み取り、まるで懐かしむ様に優しく柔らかな手付きにて柄を撫でさすり、感触を確かめている様子であった。
官能的、とすら表現出来たであろう、その手付き。
思わず女性陣が顔を赤らめ、視線を逸らす中、声からも懐かしさを滲ませたヒギンズが一言
「────あぁ、久し振りだね、ミストルティン。
本当に、久し振りだ……」
と、こちらにも色気をムンムンに滲ませながらそう呟いた。
それに、思わず腰が砕けるタチアナ。
恋人として、互いにアレやらコレやらシたりサレたりする仲であるが故に、恋人としての諸々を思い出してしまって腰が砕けた様子であったが、それが飛び起きる羽目になる程の『圧』が、ヒギンズ越しに放たれて来る事となった。
「ほぅれ。
約束の通りに、こうして『聖槍』は返してやったのじゃから、次はお主が約束を果たす番じゃぞぉ。
…………お主がこれまで練り上げ、鍛え上げて来た腕前、存分に儂に味あわせて貰うとしようか。
死んでも、恨み言なんぞ零してはくれるなよ?
興醒めに過ぎるからな」