『追放者達』、取りに向かう
ヒギンズからの爆弾発言から始まった一連のやり取りから、一夜が明けた翌朝。
アレス達は、里の外れに位置する場所へと向かっていた。
勿論、目的は昨晩告げられた『聖槍』を取りに行く事。
ヒギンズに対する尋問の際に、何かしらに目覚めてしまったらしい女性陣に、あの後アレコレとされたり要求されたりする事となり、何故か男性陣が昨晩の会合の時よりも疲れた様子で朝起き出して来たり、女性陣が上機嫌&お肌の艶が良くなっていたりもしたが、それはそれ、として朝になったからにはと行動を開始する事となる。
一応、家主であり里の長でもあるマレンコには、朝食の席にて一言断りを入れておく。
彼らの身元を保証してくれている人物である、と言うだけでなく、アレス達が持ち回りで熟している『お願い』を誰に割り振るのか、だとか、そもそも引き受けるかどうか、等の管理を担って貰ってもいる為に、最低限朝から昼に掛けて、もしかすると夜までそちらに手を割けないとなると、やはり予め伝えておく事こそが重要であり、思い遣りと言えるだろう。
それに対してマレンコの方は、アッサリと了承して見せた。
どうやら、ヒギンズの言っていた通りに、この里の中では『聖槍』の事も、『聖槍の担い手』の事も公共の秘密と言うヤツらしく、寧ろヒギンズに対しては『まだ仲間に言っていなかったのか?』『とっくに話しているモノだとばかり思っていたぞ』とのお小言まで発生していたあたり、特に外部の者には漏らしてはならない、といった様な掟の類いは無かった様子なのが幸いと言えるだろうか。
そんな訳で、マレンコ宅を出発したアレス達『追放者達』。
預けた先である長老宅の場所はヒギンズしか知らず、またこれまでの間にその長老から『お願い』が発せられた事は無かった為に、彼の先導にて再び里の中を進んで行く事となっていた。
「…………ところで、これから向かう先の長老さんって、どんな人なんだ?
一応、前任者とは言え預かって貰ってた訳なんだし、挨拶の一つもしないのは不味いだろうから、ある程度の為人を知っておきたいんだけど?」
「ん?長老の爺さまのことかぃ?
…………う〜ん、あの人について、ねぇ……。
人当たりはキツく無いし、年取って頑固になった、って感じでも無かったハズだし、別段戦闘狂でも血に飢えた凶犬って訳でも無いから突然襲い掛かられる心配も無いだろうし、相応に助平ではあったハズだけど奥さんまだ生きてるからその辺の心配はしなくても良いだろうから、特に心配しなくちゃならない事は無いと思うけどねぇ~」
「しかし、それならそれで、当方らとしても保管の例に何かしら渡した方が良いであろう?
なれば、長老個人の好みであるとか、趣味の類いでも分かれば、何かしらの贈り物は出来るのではないであるか?
まぁ、当方らの誰かしらの魔力庫の肥やしの処分、と言われてしまえば、そこまでではあるのであるが、な」
「ん〜……。
まぁ、そう言う気遣いを嫌う人では無かったハズだから、多分喜ばれるとは思うけど、でも爺さまの趣味、かぁ……。
そっちに『付き合う』事にするんだったら、覚悟を決めておかないとちょ〜っと不味いかもねぇ。
下手をすれば、死人が出るからさぁ」
「…………え?何その物騒な単語。
もしかして、手合わせ大好きな類いのおじいちゃんだったりするわけ?
でも、ソレを向こうが望むのなら、手土産としてやり合うのはまぁ無くは無い、んじゃないの?」
「なのです!
幸いな事に、ボク達もある程度は戦いには慣れているので、流石に手合わせで相手を怪我させるならともかく、殺してしまう、だなんて事にはならないから安心して大丈夫なのです!」
「…………あ〜、まぁ、聞くだけなら、そうなるだろうねぇ……」
「…………と、申されますと?」
「…………まぁ、現地について現物を見てからの方が実感は湧くんだろうけど、一つだけ先に勘違いを訂正させて貰うよ」
そこで一旦言葉を切ったヒギンズ。
普段の間延びした語尾すらも消え失せ、雰囲気もガラリと変えた彼が真剣な表情にて告げた言葉は、アレス達に対して衝撃を与えるに有り余るモノとなっていたのだった。
「…………いいかい?
死人が出る心配をするのは、オジサン達の方が、だよ。
仲間内から死人を出すのは、流石に嫌だろう?」
******
覚悟を決めておいた方が良い。
死人が出るのは、自分達の方から。
その二つの言葉によって齎された衝撃が冷めやらぬ内に、アレス達はヒギンズの先導により、長老宅へと到着する事となる。
先の発言の意図は何かのか、どういった意味があるのか、を問い質したかったアレス達であったが、その前に目的地へと到着してしまったが故に口をつぐみ、眼前の建物を眺めるに留めて行く。
………が、彼らの目の前にあるその建物は、とても『尊敬を集める長老』が住まうに相応しいモノ、とは思えない外見をしていた。
良く言えば趣きがあり、悪く言うか、もしくは見たままで表現するのであれば半分廃屋、もしくは荒屋と表現するしか無いモノがアレス達の目の前に存在しており、辛うじて建物の様相を呈してはいるが、半ば傾いている門だとか、落ちかけている屋根だとかを見る限りだと、とても人が住んでいるとは思えない状態となっていた。
しかも、それだけでは無い。
何と、周囲の環境も、最早里の中、とは言い難い状態となってしまっており、一応は里の敷地内(?)ではある様子であったが、ほぼほぼ柵の外側と変わらない状態で周囲に生い茂る木々の半ばからは、普通に起き出して来たらしき野の獣の気配と共に、魔物のソレと思わしき気配も漂ってきている状況となっていた。
…………正直な話をすれば、こんな場所に『人』が、しかも尊敬を集める長老格の者が住んでいるとは、とても思えはしなかった。
精々が居場所を追われた浮浪者か、もしくは山賊の類いが住み着くのが精々であり、そうでないのならば犯罪者をわざと送り込み、死ぬまで魔物と戦わせてその数を減らさせようとしている拠点である、と言われた方が納得出来ただろうし、そうとしか見えていなかった。
そんな場所に、確実に『長老』と呼ばれるのだから既に老境に至っているであろう人物が、本当に住んでいるのだろうか?
しかも、昔話に語られる様な、伝説の武具を預かる、だなんて事をしながら?
アレス達の内に浮かんだ疑念をものともせずに、ヒギンズがその廃屋(仮)へと歩み寄って行く。
そして、その扉をかなり強引に開くと、マレンコ宅の様に靴を脱いだりする事もせず、土足のままで家屋へと上がりこむと、大声で内部へと声を掛け始める。
「おぉい!じい様っ!!
居るのか!?居るんなら、返事してくれ!!!」
その言葉に反応するかの様に、薄暗い建物の奥の扉がユックリと開いて行く。
あまりに不気味な雰囲気が漂って来ていた為に、アレス達はすわ化け物でも出て来るのか!?と得物に手を掛け、セレンに至っては対アンデット用の神聖魔法の発動準備に入ってしまう程であった。
そんな彼らの予想に反して、開かれた扉から顔を覗かせたのは、一人の禿頭の老人。
髪は無く、長く伸ばされた髭と眉に顔を隠されている上に、それらは白く染まりきっており、長い人生を歩んで来たのであろう事が容易に伺えた。
が、その体躯は尋常なモノでは無く、首から下は完全に老人とは思えないモノとなっていた。
何故なら、そこにあったのは服の上から見ても分かる程に筋骨隆々とした肉体であり、とても老人特有の老化によって萎れかけた様なモノでは無い、と断言出来てしまうであろう程に、肉の密度が高まっている、そんな筋肉を纏った人物であったのだった……。