『追放者達』、噂話を耳にする
アレス達が龍人族の里に滞在を始めてから、早くも数日が経過していた。
しかし、その間に何かしらの大きな騒動、大きな事件が起きる様な事も無く、彼らは平穏を享受していた。
「…………あぁ、平和だ……」
思わず、作業中のアレスの口から、そんな言葉が零れ落ちる。
元より、結成からほぼ最速にて最高位の『Sランク冒険者パーティー』へと至った事と、魔族の出現、と言う状況が不幸にも重なってしまったが為に、必要以上に祭り上げられる事となってしまっていた彼らであるが、本来であれば掲げていた目的としては前者のソレにて達成出来てしまっていた為に、正直言って後者に纏わるアレコレに関しては持て余していた、と言うのが本音である。
絡まれれば戦闘はするし、死にたくはないから勝ちにも行く。
が、だからといって彼らに積極的に回されても対処の仕様が無いのだし、そもそも彼らをしても命の危機が拭い去れない様な案件を、積極的に押し付けられて何も思う所が無い、と思われる方が甚だ心外である、と言うモノだ。
故に、と言う訳でも無いが、今回の旅だ。
押し付けられたであろう仕事を押し付ける先(勇者)も出来たし、寧ろあちらは積極的に戦おうとする気概が在る様子であった為に、恐らくは今頃喜んで引き受けてくれている事だろう。
何なら、彼が目標として掲げていた『Sランク到達』にも、少なくない貢献をしているハズだ。
何せ、冒険者ギルドとしては、適切な実力の持ち主には適切なランクを、との方針で階級を定めているのだから、例え元々のランクがそこまで高くは無かったとしても、実力さえ示せば半ば勝手に上がって行く事となるのだから、その実力を示す場を得られた、と考えてくれれば強ち間違いとも言えないハズである。
と、そんな事を考えながらアレスが『お願い』された作業の手を進めていると、視界の中に幾つかの人影が入って来る。
彼の腰程しか無いその人影の持ち主は、その影の通りに身長が低く、ついでに言えば身体も小さな『子供達』であり、幾分か寒さも和らぎを見せているとは言え、それでも気温が低いままな最中であっても関係無い、と言わんばかりにキャラキャラと声を立てて笑いながら道端で転げ回り、遊んでいる様子であった。
そんな彼らの事を、子供は元気だねぇ、と自らもまだ二十も歳を数えていないにも関わらず、謎の目線でアレスが眺めていると、どうやら子供達もソレに気が付いたらしく、ほぼ同時に反応を示していた。
良く知らない大人が視線を向けていた為に、言葉も無く怯えて一塊となり、後退ってその場から逃げ出す…………と言う事には全くならず、寧ろアレスの姿を認識した彼らは
「「「アレス兄ちゃんだ!遊んで〜っ!!」」」
と口々に言葉を放ちながら、一目散に駆け出して来た。
これには、アレスも苦笑いを浮かべながら、作業の手を早めて行く。
流石に、幼少の子供達から求められて、冷たく素気無く断る程に冷酷では無いつもりであるアレスからすれば、彼らの誘いに乗る事は吝かでは無いのだが、それでも依頼されてやっている事を疎かにする事も、中途半端な状態で手を離す事も良しとは出来なかった為に、手早く終わらせてしまおう、としての選択であった。
…………とは言え、里に於いては部外者でしか無いアレスが、何故そこまで子供達に懐かれてしまっているのか?
それは一重に、彼らが初日に行った食料のばら撒きと、その後の一変した様な真面目な仕事への取り組み方、から来るモノであった。
些か唐突だが、彼らは育ち盛り、食べ盛りの年頃である。
故に、その親としては常に腹一杯になるまで食べさせてやりたいモノであるし、それは例え自分達の口に入る分を削ったとしても、たとえ冬季で入る食料がほぼ無くなっていたとしても、変わる事の無い感情である、と言えるだろう。
そんな所に現れて、汁気タップリな肉をばら撒いたアレス達。
自分達が実際に口にした久々のご馳走を持ってきてくれた相手、として親から話を聞いており、更に実際に里の中のアレコレを解決しつつ遊んでくれる年上のお兄さんお姉さん、ともなれば、里の子供達が懐いて寄ってこないハズが無く、現状の様に見かけられれば駆け寄って来られる程度には馴染んでいた。
とは言え、何も里の子供の全員が全員、アレス達に懐いて仕方が無い、と言う訳では勿論無い。
彼らに対して感謝を覚えているのはそうなのだが、性格的な波長が合わないから、と積極的に寄ってこない子や、年齢やら何やらで斜に構えている様なのはそもそも寄ってこないし、彼らに懐いている子供達とて、全員が全員に対して平等に構って貰おうと突撃を仕掛けて来るわけでもない。
基本的には全員に対して友好的ではあるが、例えば男性陣には良く懐いているが女性陣には恥ずかしがって近づかない子供だとか、その逆だとか。
もしくは特定の一人に対して執着じみた懐き方をしているが、他のメンバーに対してはそうでも無い、みたいな子供も普通に居たりする。
現に、こうしてアレスの元へと突撃を仕掛け来ている子供達達は、彼に一際懐いているグループだ。
元気の良い明るい子が多く、身体を動かして遊んだり、軽く剣術の手解きをお願いされたり、冒険譚を強請られたり、といった感じの絡まれ方を良くしている。
なのでこの日も、頼まれていた『お願い』を手早く終わらせ、お仕事終わった?と問い掛けて来る子供達に笑って返事し、時に抱き上げて擽り倒し、時に雪溜まりへと投げ飛ばし、時に数メルト上空に達するまでに放り投げて、彼らを楽しませて行く。
出身が出身だけに、出る直前まで自分達よりも小さな世代の子達の相手を良くしていたアレスとしては、この年頃の子供の相手はお手の物であり、かつ種族としての龍人族の頑強さを信頼して多少(?)乱暴になってはいるが、それでも致命的な負傷に繋がりそうな事は一切しておらず、そこから彼の気遣いが浮かんで見える様ですらあった。
そうこうしている内に、それなりの人数が声に釣られて集まって来てしまう。
彼らが今集まっているのはちょっとした空き地、と言う程度の場所であり、五〜六人程度であれば駆け回る事も容易であっただろうが、それが二桁に達する様では些か手狭であり、なれば場所を移してなにかしようか、との話になっていた。
「…………うーん、じゃあ何処行くか?
あそこの空き地は広かったハズだけど、でも確か今日はガリアンがそっちで作業してただろうから、そこはそこでもう使ってるだろうし……。
一層の事、外にでも出るか?
君達、もう近くなら出ても良い、って許可貰ってたよな?」
その言葉に、普段であれば大喜びする子供達の反応が、何故か芳しく無い。
他の場所ではどうだか解らないが、聞き及んでいる限りではこの里であれば、例え他人の付き添いが必須とは言え『外に出る許可を得る』事は一定の実力を認められた証であり、それが例え柵の近くまでしか許されていないモノであったとしても、彼らとしては誇るモノであり、同時に未だにそうではない者達からの憧憬に値するモノであるらしい。
故に、自分が監督する形とは言え、ソレを実現出来る機会、と言うモノがあれば飛び付くのが普通ではないだろうか?とアレスが首を傾げていると、集まって来た子供達の中では比較的年長であり、リーダー的な立場にて振る舞う事が多く見られた子供が、おずおずとしながら口を開いて行くのであった……。
「…………その……今は、この近くに獣みたいな人みたいな、そんな変な魔物が出て来る様になったから、暫くは僕達は外に出ちゃダメだ、って親に言われてるから……」