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暗殺者、蹂躙する

 


 ほんの少し前までとは決定的に流れる空気が変貌した訓練所にて、それまでとは異なる音や声が響き渡る。


 先程までの囃し立てる様な声や熱気から、命乞いする情けない声や痛み・恐怖に対する悲鳴といったモノへと変化したソコは、正しく『地獄絵図』と呼ぶのに相応しい情景が広がっていた。



 とある者は、頑強さが売りなハズの鎧ごと身体を斬り裂かれ、意識を失うに失えずに零れ落ちようとしている腸を必死に手で抑え。


 またある者は手や足を落とされ、断たれた四肢を抱えて痛みと恐怖に泣き叫びながらも断面を抑えてどうにか止血を試みて。



 されどされども、それらの試みは無常にも芳しくは無く、元より用途として多くの血が流れるであろう、と想定されていたが為に引かれていた砂地は、流された赤い血潮を吸い取って赤黒く重たく変化しつつあった。



 そんな凄惨極まる光景に、周囲を囲っていた見物人達の顔が目に見えて青ざめて行く。


 荒事に慣れている冒険者ですら顔を顰める様な光景に、噂を聞き付けて見世物を楽しみに来た一般人が耐えられるハズも無く、気分を悪くして蹲り嘔吐する者や気を失って倒れる者が続出した。



 が、無理矢理集められた、と言う訳でも無い連中がどうなろうとも惨劇を作り出しているアレスからすれば『どうでも良い』事である為に、足を止める事無く半ば崩壊していた包囲へと姿無く接近し、容赦無く得物を振るって脱落者を増やして行く。


 その段に至って漸く、包囲して楽しみながら嬲れる相手では無い、と理解が及んだらしく、リーダーたるアスランの付近へと残っていたメンバーが集結し、隊列を組んでアレスへと相対する。



 判断の遅さに驕りが見えるし、リーダーたるアスランにはイマイチ光る処が見えて来ないが、状況を見てからの切り替えの速さと隊列を組む際の動きには、流石は『Bランク』冒険者、と呼べるだけの練度を窺う事が出来た。


 やや変則的ながら、前衛にて周囲を取り囲み、隊列の内側に後衛とリーダーたるアスランを囲い込んで全周防御を展開しながら、魔法による火力を叩き込む、という戦法を咄嗟に選択出来たのは、普段から様々な場面を想定しての訓練を行っていたのだろう事を想像するのに容易かった。



 …………が、だからと言って一度敵対した以上アレスが手加減してやらなくてはならない理由にはならないし、本当に優秀であるのならばそもそも彼と敵対する事を選択しない。


 更に言うのであれば、リーダーとしてアスランの様な下種を据えてその下に付いているのだから、やはり『それなり』ではあっても飛び抜けて大成出来るだけの素養はあったのか?と問われると『否』との応えが出る事となるのは間違い無いだろう。



 陣形が出来上がるまでわざわざ待ってやったアレスが、またしても踏み込みと同時に姿を晦まし、それまでとは正反対の側で前衛を担当している軽装備の冒険者へと襲い掛かる。


 革を鞣して作られたのであろう鎧に短剣、背中には短弓の類も背負っていると言う事は恐らくレンジャー系統の職業なのだろうが、こうして前衛まで出張って来ているのだから、それなりに近接戦闘もこなせる、との自負もあったのかも知れない。



 が、そんな彼を、アレスは、無慈悲にも得物を振るって脱落者へと変貌させる。


 しかし、そうして陣形を組まれた上で新たに犠牲者を作り上げた事により現在地を把握されてしまった為に、後衛として囲われていた魔法使いと思われる杖を持った冒険者が、それまで必死に構築していたのであろう術式を開放して魔法を放って来た。




「く、喰らいやがれ!

『炎よ!猛火よ!我が導きに従い、空を駆け敵を射貫く大矢となれ!『猛火の大矢(フレイムバリスタ)』!!』」




 燃え盛る焔によって形作られた、飛翔する大矢。


 当たり処云々を置いておいたとしても、人間相手に命中してしまえばまず間違い無くその命を奪い去るだけの威力が込められた矢が、アレスへと目掛けて飛んでゆく。



 が、それに対してアレスはチラリと視線を向けると、回避すらせずに言葉少なく詠唱し、術式を瞬時に構築して見せる。




「『凍え、射抜け『凍結の矢(アイシクルアロー)』』」




 発動した魔法が空中にて激突し、甲高い異音を周囲へと放つが『相殺』される事は無く、アレスの後から放ったソレが焔の大矢を貫通した上で、魔法使いの肩を射貫いて地面へと縫い付ける。


 それには、先に魔法を発動させようとしていたアスランや、地面に縫い付けられながらも術式の付帯効果にて徐々に凍り付きつつある魔法使いが愕然としながら、信じられないモノを見たように大きく目を見開いて行く。



 何せ、基本的に先に発動させた方が優位を取れる魔法の撃ち合いに於いて、後から発動させたにも関わらずほぼ両者の中間に近しい場所にて激突させる事となったのだ。


 これは、アレスの術式を構築する速度が本職のソレと比較したとしても、桁外れに近い速度を持っている、と言う事になる。



 また、詠唱を短くする事で、威力が弱まったり術式の構成が脆くなったりするリスクが発生する事となる。


 しかし、彼はその詠唱を発動可能とされている最低限の二言(属性の指定、形状と目的の固定)で行って見せただけでなく、相手が発動させたモノよりも一段階上の位階の魔法を行使して見せた上で、一方的に打ち破って見せたのだ。



 これは、少しでも魔法を扱う事を生業としている者からすれば、ほぼ『有り得ない』『有り得て良い事では無い』との反応が確定で返って来るであろう程であるの、所謂『離れ業』と呼ばれる類いのモノである、と言えるだろう。


 とは言え、ソレを成した張本人としては別段特に誇る様な事でも無いらしく、またしてもその姿をその場から掻き消すと、今度は別の前衛へと狙いを定めて襲い掛かって行った。





 …………そうして、決闘とは名ばかりの蹂躙劇が開始されて少しばかり経った頃。


 その時には既に、訓練所中心部にて立っているのは、僅か三人ばかりとなっていた。



 一人は当然の様にアレス。


 時に姿を晦ましてから正々堂々と真正面から不意討ちをかまし、時に魔法を、時に投擲を行ったかと思えば、何もない場所にて腕を一振りしただけで唐突に複数人が吹き飛ばされたり、と終始訳の分からない強さと戦闘力を見物人へと突き付けて見せていた。



 そして、審判を除いた残りの一人は、言わずもがなかも知れないが、事の発起人でもあるアスラン。



 こちらは、別段本人の奮戦による結果、と言う訳でも、仲間達が自身の身を呈してでも彼を守った結果、と言う訳でも無い。


 ただ単に、アレスがわざと最後まで狙いを付ける事をせず、残る様に調整した結果に過ぎない。




「…………こ、これは、一体どの様なつもりだ……っ!

 私だけ、を残す様な真似を、して……何をっ……!!」




 流石に、世間一般的には一流と呼ばれる分類となる『Bランク』を保持しているだけはあるらしく、自身が故意的に残された事、何かしらの目的を果たす為に残されたのであろう事は理解しているらしく、震える声にて問い掛けて来る。


 尤も、その元々は整っていた顔立ちは最初の一撃にて鼻は潰れ折れ、自慢であった金色の長髪も自身の鼻血と涙と土汚れにてボロボロでボサボサな状態となっており、本人的には威厳を保たんとしているのだろうが、傍から見ている限りでは滑稽さを通り越して憐れみすらも沸き起こって来る程であった。



 そんなアスランに対してアレスは、何を当然の事を、と言わんばかりの視線を送りつつ、自身の手で頭を握り締めていた最後の一人(後衛職。装備から察するに恐らく弓術士系統)を無雑作に放り捨てると、得物を収めながら口を開く。




「まぁ、実を言うと、今回の件に関して言えば俺以上にキレてるヤツが居てな。

 本当は、さっさと俺の手で始末(決着)を付けてお終いにしちまいたかったんだが、どうしても自分の手でケリを付けたい、ってリクエストを受けてたら、ソレが出来る様に場を整えるのが『お仕事』ってヤツだろうよ。

 なぁ、お前さんも、そう思うだろう?」



「…………なっ……!?」




 そうして放たれた彼の言葉に応じる様に、人垣によって作られていた決闘場への歩み出て来たのは、アレスにとっては当然の話であり、アスランにとっては世界が引っくり返ったとしても有り得ない様な、そんな人物であったのだった……。




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― 新着の感想 ―
[一言] これは大本命セレスさん 次点パーティー全員からの根切り攻撃?
[一言] セレンさん、出番です(白目)
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