『追放者達』、『龍人族』の里へと到着する
ヒギンズの先導により進む事暫し。
途中、道を見失う、といった紆余曲折があったものの、アレス達は無事にヒギンズの故郷である『龍人族』の『里』へと到着する事に成功していた。
…………これまで、故郷、として立ち寄ったそれぞれの場所は、全て『国』であった。
しかし、ここだけ『里』として表記されている理由は一体何なのか?と問われれば、答えはたったの一つとなるだろう。
それは、物理的に規模が小さいから、である。
ヒギンズの案内によって辿り着いた、山間に開かれたその里は。
地理的な理由から、入口として拓かれている場所から全体を俯瞰出来るのだが、その規模は町は超えているだろうがそれでもやはり街止まりであり、都市や国と呼べる規模ではとても無い。
おまけに、人口自体もそこまで多いモノでは無いらしい。
何せ、一応は国が作れる程にはいた森人族よりも数が少なく、それでいて森人族程に中に籠もる気質では無い為に外界へと出てゆく人数が多い為に、こうして定住している数で言うと、先の話題として出ていた様に、子供に学ばせる為に外部へと出さなければならない程度には、多くある事は殆ど無いのだとか。
とは言え、その『里』としか形容の出来ない場所が、安全性に難があるのか、と問われれば、確実に『否』との答えが帰って来る事だろう。
元より、龍人族とは身体能力や頑健性は獣人族よりも高く、それでいて魔力の親和性や最大値も森人族並に高く、おまけに寿命も長い、と言う事で有名な種族であり、全体的に戦闘能力はかなり高い。
勿論、全員が全員、ヒギンズ並みかそれ以上に戦える、と言う訳では無い。
無いが、それでもヒギンズが飛び抜けて強者の側に立っている、と言うだけで、下手なランクの魔物が突撃して来ようものならば、その辺に歩いているおっちゃんおばちゃんがしばき倒し、そのまま解体されて晩飯として食卓に並ぶか、もしくは半泣きで森へと逃げ帰るかのどちらかとなるのだとか。
そんな、末恐ろしく、それでいて雰囲気自体は比較的長閑なその里の中を、ヒギンズの先導で歩いて行く。
流石に、橇に乗ったままで、と言うのは些か印象がよろしく無いだろうし、道幅も人口相応にしか広さが無い為に、と全員で降り、従魔達を分離させ、魔力庫に収納してから入って来た、という訳だ。
当然、入り口に当たる場所には、番人として里の住人の龍人族が居た。
強大な魔力を持ち、それでいて見慣れない上に種族までバラバラの一行、という前情報無しであれば怪しさが爆発していたであろうアレス達に対して、至極当たり前の反応として得物を構え、警戒しながら戦闘態勢へと移行されてしまった。
流石に、これから世話になろうとしている場所の住人、しかも仲間の一人と同郷の相手を怪我させる訳にも行かず、どう対処したものか、とアレスが頭を悩ませていると、不意にヒギンズが前へと進み出た。
番人も、何事か?と訝しむ様な素振りを見せていたが、ヒギンズが有効的な態度で歩み寄り、更に自らの鱗や尻尾を見せる事で同族である事もアピールしつつ、仲間と共に里帰りに来ただけだ、と説明してみせたのだ。
それで得物の槍を下ろした番人が、納得した様子で中に入るようにと促した。
その際に、ヒギンズに対して肩を叩きながら耳元へと何かしら囁いていた様子であった為に、里の中を進みながら尋ねてみた所、思わぬ答えが帰って来た。
「えっ!?
今の番人さん、オッサンの知り合いだったのか?」
「そうなんだよぉ。
いやぁ〜、世間は狭い、とかは良く聞くけど、本当に狭いとはオジサン思わなかったよねぇ。
まさか、オジサンの同年代の中でも、一番弱虫だったアイツが番人やれるまでに色々と成長した、だなんて、オジサン想像もして無かったなぁ」
「では、先程何やら内緒話をしていた様子であったのであるが?」
「あぁ、それは後で呑もう、ってお誘いさぁ〜。
この里にも、一応酒場は在るからねぇ。
そこで、皆と一緒に、色々と聞きたい事もあるから、って誘われたんだよぉ」
「じゃあ、なんでわざわざ内緒話なんかしてたわけ?
別段、聞かれて困る様な内容、って訳じゃ無かったじゃないの」
「そこは、ほら、ねぇ?
流石の昔馴染でも、関係性が良く分って無い異性が居る手前で、男子トーク全開な会話を聞かれる、ってのは、オジサン達にとってもちょ〜っと抵抗が在る事だったから、ねぇ?」
「…………それは、アレでしょうか?
このメンバーの中で、誰が誰と付き合っているのか、だとか。
誰が付き合っていなくて、誰がフリーでいるのか、とか言った事でしょうか?」
「…………お、おぉう……。
セレンちゃんみたいな美人さんに、真顔なままでそういう事言われると、ちょっと迫力が凄いけど、まぁ要約すればそんな感じだねぇ。
因みに、誰かフリーなら紹介しろ、もしくは誰なら相手した事がある?感想よろしく!とか抜かしてたから、誰に手を出そうと企んでるかは知らないけど、誰に手を出そうとしてもオジサンか毛むくじゃらのゴリマッチョか、もしくは闇討ち暗殺何でもアリアリのマシマシな凄腕の剣士に命を狙われる事になるけど覚悟はよろしい?って聞いたら顔を引き攣らせていたから、多分直接的になにかしてくる、って事は無いと思うから安心してくれて良いよぉ」
「…………それ、本当に旧友との心温まる会話、で良いのです?
少なくとも、傍から聞いている限りだと、ほぼ確実に暴走しそうな相手に釘を刺しておいた、と言っている様にしか聞こえないのですよ?」
「はっはっはっ!
何を仰るナタリアちゃん?
こんな程度、そこまで目くじら立てて気にする程のモノでも無いさぁ。
精々が、良い女連れてるからあわよくば一晩!と張り切ってたバカタレに、オジサンのツレに何を考えてるんだマヌケ、とゲンコツ落とした程度だから、気にしなくても大丈夫さぁ〜。
それに、元々こんなノリでの会話なんて日常茶飯事だったから、向こうも気にしちゃいないだろうしねぇ〜」
そう言って、朗らかに笑い飛ばして見せるヒギンズ。
普段からして飄々とした態度を崩さない彼にしては珍しく、素直に感情を顕にしている様子にアレス達は目を丸くするが、良い思い出の在る故郷にて、昔馴染の相手と遭遇したのであればそうもなるか、と半ば他人事の様に納得して、一応は恋人であるタチアナも含めた全員が、テンションの上がっている様子の中年男性へと向けて生温い視線を送る事となっていた。
それに気付いてかそうでないのか、無言となった仲間達へと訝しむ様にして、ヒギンズが振り返る。
何処か気の抜けた様なその素振りに、何故か笑いの感情まで想起されたアレス達は、ソレを抑える事が出来ず、年甲斐も無くその場で笑い転げる事になってしまう。
一層、困惑した様子を深めるヒギンズ。
しかし、その目線は確実に普段のソレよりも柔らかく、それでいて自らの立場を『見守る者』として定めている、まるで保護者として同伴している親戚の叔父、と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。
ソレ故か、笑いから回復したアレスからの『視線に慈愛が滲んでたぞ』との指摘を受け、動揺すると同時に彼の口を封じるべく飛び掛かる様子は正に、傍から見ている限りは仲の良い親戚同士のじゃれ合いのソレであり、それも相まって他のメンバーから向けられる視線が更に生温いモノとなって行く事にヒギンズが気付いたのは、もう少しばかり時間が経過しての事であった……。