『追放者達』、迷う
最後に通ったのは数百年前の事。
そうヒギンズが口走り、タチアナがツッコミを入れてから暫し経過した頃。
アレス達『追放者達』は、森の中に突入していた。
当然、当初の予定通り…………と言う訳では無い。
何せ、水先案内人たるヒギンズの記憶の中では、この様な場所にこんな規模の森は無かったハズであったから、だ。
流石に、最初は『そんなハズが無いやろう?』と笑い飛ばす勢いであったアレス達。
何せ、状況が状況であった(自分達がこれ以上滞在していると魔王軍からの追撃が国を襲う可能性が高かった)為に、途中の街で碌に補給する手間すら惜しんでおり、その際に『どうせ自分の生まれ故郷かつ通った道なんだから』と情報を集め地図を更新する事すらも惜しんでの強行軍となっていたのだ。
なので、道順等は全てヒギンズの記憶頼り、と言う状況であった。
故に、それが違う、となれば前提から崩れる事になる上に、流石に仲間であったとしても、話が違うのだが?(迫真)となるのは、致し方無い事だと言っても良いのでは無いだろうか?
当然、自ら案内人として売り込んでいたヒギンズは、恋人であるタチアナを含めた全員から詰られる事になる。
全裸にひん剥いてサンドバッグにするか、もしくは足の裏にハチミツでも塗って従魔達に舐めさせ続けるか、との意見も出た。
が、野郎、しかもオッサンの全裸なんて好んで拝みたく無いし自分のパートナーに見せたく無い、と他の誰でも無い提案者たるアレスから否定が入り前者はタンコブのみで中断。
後者に関しては、従魔達による『臭そうだしなんかヌメってそうだからイヤ』と言う必死の訴えによりナタリアが絆され、結局決行される事は無くなってしまったが。
なので、罰として手近な木に逆さ吊りにした状態の横にて、アレス達が相談を開始する。
内容は、横で吊るされている愚か者の処刑方法…………では無く、今後どうするのか、である。
「取り敢えず、情報が無い事には話にならん。
だから、一回何処かの町にでも寄る必要があるんじゃないか?」
「しかし、それはそれで問題がないのであるか?
当方らは、この辺りの地形や地理に明るくは無いのである。
唯一頼りとしていた者が『ああ』である以上、闇雲に動き回るのはそれはそれで危険なのではないであるか?」
「しかし、何時までもここに留まっているのも考えものかと。
私達の目的としましても、ここに長居する利点はあまり無い訳ですし、やはり朧気とは言えヒギンズ様の記憶を頼りに進んでみるべきでは無いでしょうか?」
「でも、それで遭難なんてしたら一大事でしょうに。
特に、アタシ達みたいに、余計な期待を周りから向けられてる様なのが、一時的とは言え遭難して音信不通で何処に居るのか分かりません!とかになったら、かなりヤバいんじゃない?
このご時世的には特に、戦死した、とか思われかねないんだけど?」
「流石に、そこまで長々と遭難するとは、ボクらの能力的には考えられないのですよ?
とは言え、その途中で魔族から闇討ちを仕掛けられて人に知られぬ内に朽ち果てる事となる、とか言うオチが付いた場合は分からないのですけどね」
「じゃあ、取り敢えず奇襲の類いに気を付けながら、先ずは進んでみる、って感じで良いか?
この戦犯の記憶の通りになるかどうか、一応何日か様子を見てみて、ダメそうなら引き返して適当な町か街でも探して補給と休憩とを兼ねた情報収集に移行する、って感じでよろしく」
「「「「異議無し(である)(なのです)!」」」」
「……………………結局、そうやって意見が纏まるなら、オジサンが吊るされた意味って何だったんだろうねぇ……?」
約一名から不平不満が溢れる事となったが、気にせず指針を定めるアレス達。
余計なことを言ったばかりに、もう暫くの間逆さ吊りにされてから降ろされたヒギンズを先頭に、森の中へと進み込んで行く事となる。
当然、外部から見ても分かる程度には、密度の濃い森林と化している森である。
冬季も終わりに差し掛かっている事もあり、内部では最初から冬眠を選ばなかったモノ、選べなかったモノ、既に終えて目覚めているモノ、といった風に数多くの種類の魔物が犇めく事となっていた。
当然、魔物と言えども『生物』であり、当たり前の事だが生きて行く為には番で交わって子を作るし、周囲の獲物を喰らって排泄もする。
ダンジョンに出て来る連中は、そこら辺の機能が通常の個体と異なるのか、大気中の魔力を吸い込む事でその存在を永らえており、討伐されると同時にドロップ品的なモノを残してその身を解いてしまう事となるが、それでも魔力のみで生きて行く事が可能なのはあくまでもダンジョン内部で発生する連中のみであり、当たり前だが外部の魔物はそんな事は決して出来はしない。
そんな連中が、一所に、しかも、季節柄食料の多くは無い場所に多数集まった場合、どうなるのか?
そんなモノ、日を見るより明らかに、猛烈な殺し合いの果ての喰らい合いが始まる事になる、それのみである。
そして、そんな魔境に、外部からノコノコと入ってくる様な連中が居たら?
油断している様子は無いが、その内の半数近くが肉の柔かそうな女であり、そうでないにしても喰い甲斐のありそうな二足歩行の連中が自分達のナワバリの中に無遠慮に足を踏み入れて来たら、どうなるか?
結果は勿論、襲い、殺し、喰らう、その一択である。
半ば本能的な動きにて、無防備にも見える様子にて進む一行へと、群れて一斉に襲い掛かる。
これが、普段であれば、この様な協力じみた姿勢を見せる事はなかっただろう。
下手をしなくとも、目先の獲物に飛び掛かるよりも先に、自らの隣を走っている個体へと牙を剥き、喰らいつき、そして同様に他の個体から齧り付かれる事となっていただろう。
しかし、魔物と言う存在の本能的な部分にて、刻み込まれているのだろう。
殺し、喰らうのであれば、同族よりも人間をこそ優先するべき、と。
そうして、半ば本能が導くがままに哀れな侵入者達へと飛び掛かって行く魔物の群れ。
通常であれば、幾ら腕が立つ冒険者であっても、決して対応が可能な数では無く、また奇襲と呼んで差し支えは全く無い様なタイミング、角度からの攻撃であり、対処しようとする間もなく引き倒され、無数の牙によって引き裂かれ、貪られる事となっただろう。
…………が、今回襲われる事になったのは、アレス達。
通常はどうなるモノであれ、彼らの手に掛かればそれがどうにかならないハズも無く、また無防備に見えていたのも、既に彼らが襲撃を察知して準備を終えていたからに他ならない。
当然、万全に整えられた手練手管により、次々に襲い掛かって来た魔物達は討ち取られて行く。
橇から降りる事もせず、攻撃に参加していない人員すら残した状態で四方八方から襲い来る魔物の群れを薙ぎ倒して行く様は、正に一騎当千の猛者と呼ぶのに相応しく、魔物にとっては悪夢以外の何者でも無かった事だろう。
時折、地面へと横たわっていた死体が、唐突に橇の方へと引かれ、そのままその姿を消す、といった事態が発生する。
それにより、アレス達を直接獲物として認定せず、アレス達が倒した魔物の死体を喰らおうとして集まって来ていた魔物達も、目の前で死体を奪われる事になった上に、その見えざる手によって自らの身も括られ、刻まれる事となるのであった……。