『追放者達』、巨神との因縁にケリを付ける・下
焔と荒廃とが蔓延る戦場に、再び轟音が響き渡る。
ソレは、打撃音と破砕音に加え、苦痛に満ちた咆哮が入り混じった断末魔の叫びであり、同時に此度の戦争の幕切れを予感させるのに充分なモノであった。
轟音の爆心地たる場所にて、立ち込めていた土煙が晴れて行く。
同時に、周囲へと拡散していた焔もその猛威を喪って行き、視界を遮る物も残っていない関係上、中心地の様子は遠目であってもハッキリと視認する事が出来ていた。
…………先ず、目に入るのは巨大な人体骨格だろう。
かつて纏っていた焔は見る影も無く勢いを衰えさせ、赤黒に熱せられていた骨格もその熱量を喪いつつあるのか、赤みを喪って艶の無い黒へと変じようとしている様子であった。
そんな巨大な骨格たるスルトは、既に声も無く、苦鳴を発する事も無く。
ただただ、先の攻防にて必死に庇っていた右手を左手にて握り締めて抑えつつ、手首の中程から繋がるハズの何も無い虚空を呆然と眺めながら地面へと膝を突き、蹲ってしまっていた。
…………そう、ここまで言えば、直接描写せずとも理解して貰えるとは思うが、セレンの一撃がスルトの腕を砕いたのだ。
コレが可能な事なのかは、アレスとしても半ば『賭け』であった。
確かに、物理しか効かず魔法では剥がす事の出来ない焔を肉体を剥がし、物理で殴れば爆発反応にて反撃してくる骨を魔法にて無効化した後であれば、物理的な攻撃によって骨その物を破壊し、四肢の一つも奪う事が出来るのでは無いだろうか?との考えがあったのは事実だ。
そして、先に述べた通りに、全く持って完全無欠な身体である、と言うのならば、スルト本人が魔王として立っていないとおかしい、と言う理論によって土台を補強された推測であった為に、アレス的にもそれなりに自信はあった。
…………が、それが大外れである、と言う可能性も残されてはいたのだ。
同じく、先に述べている机上の空論。
『魔王へと就任するには『血統』『称号』『特定の証』等が必要であり、スルトはソレを得られていないが為に就任出来ていない』が正しければ、彼の推測は大きく外れ、これまで見せていたスルト本人の狼狽やダメージ等のアレコレも、実は特に致命的なモノでは無かった、と言うオチが待っていた可能性も否定は出来なかったのだ。
故に、彼らは賭けた。
確実に、削れているのだから、後者の可能性は限り無く低い。
ならば、前者である目に賭け、このままヤツの首を落とし、これまでの因縁にケリを付けて残る旅程を完遂しよう。
そう決めた彼らの決断は正しく、スルトは腕を喪って地面へと座り込んでいる。
その傍らに目立たずに在った、半球状の氷の避難所を解除しながら姿を現した密かに飛び込んで避難所を制作したアレスと、スルトの腕を見事に打ち砕いてみせたセレンは、その姿を感慨深そうに一目眺めながらも、殺る事はサッサと殺ってしまおう、とばかりに得物を構える。
「…………ま、待てっ!
貴様、それがどの様な、意味を持つか、本当に、分かっているのか!?」
「あ?命乞いか?
だったら、一秒たりとも聞いてやるつもりは無いから、諦めるんだな」
「えぇ、正にその通りです。
私達は、既に貴方を消すと決めています。
故に、中途半端な命乞いは、貴方の格を落すだけですよ?」
避難所に退避している間に受けた治療により、平時と変わり無い状態となった声色にてアレスとセレンが告げる。
寸前の、苦痛と負傷により息も絶え絶えとなり、言葉も途切れ途切れなモノとなってしまっているスルトとの対比は、少し前までの彼らの立場と状態とを入れ替えたモノと酷似しており、見るものが見れば笑いを励起せざるを得ない状況となっていたのであろうが、本人達は至って真面目であり、真剣そのモノとなっていた。
絶対に標的を殺す、と誓っている者独特の、威圧感にも似た雰囲気。
完全にその類いのモノを醸し出しているアレスとセレン、そして、その背後から迫りつつある、同様の雰囲気を放ちつつある仲間達を前にして、巨神たるするとは膝を突いたまま後退る。
…………恐らくは、殆ど無意識的な行動であったのだろう。
これまで、幾度も強者と相対し、それと殺し合う事となっていたスルトであったが、その実として全力を出し、その上で自らの命が危機に晒される、絶望の淵の間際にまで追い詰められる、だなんて事は滅多に無く、ほぼ初めての経験であった。
その為か、彼は未だに自覚していなかったのだ。
自らが、目の前の存在に、自身の一割程度の大きさしか無い存在に、命を握られて死を目前とし、ソレを恐怖しているのだ、と。
砕かれ喪った右手と、自身の意志に反して退いた両の足。
それらを、巨神として全てを打ち砕き、絶対的な死の象徴として在った己のソレだとは、骨のみとなり、焔によって肉付けされているとは言え、信じられない様な呆然とした面持ちにて見詰めている、と言うのが何故か感じられる状態となっていたスルトは、それまで右手首を抱えていた左手をダラリと垂らして、半ば俯く様な姿勢を取る。
地面に膝を突いている事も相まって、その姿はさながら断罪を待つ罪人。
処刑人たるアレス達によって首を落とされ、これまで犯し、積み重ねて来た罪業を清算し、来世へと宿業を持ち越さずに洗い流さんと望む者である様にも見て取れた。
…………が、直接相対し、かつ今回を含めれば二度に渡って殺し合いを演ずる事となったアレス達は、直感的に理解していた。
目の前のスルトが、そんな風に自らの運命を悟り、粛々とソレを受け入れる事を『良し』とする様な、潔さを持ち合わせている殊勝な存在では無いだろう、と。
そう判断を下したアレスは、一旦退きかけていた足を強制的に戻し、若干開きかけた距離を無理矢理にでも詰めようとする。
セレンを戻しつつ、仲間と合流を優先して、と考えての動きであったが、こうなるのは予想出来ていなかった、と一人臍を噛む思いでいた彼の頭上から、スルトの声が降ってくる。
「…………………な……が、あ…………い」
それは、スルトからすればほんの囁き、ただの呟きに過ぎなかったのだろう。
現に、アレスとしても急に降ってきた、との事もあり、良く聞き取れない様な声量であった為に、気にせず距離を詰める事を優先する。
「…………この……な……が、あ……良い……が無い」
再び、アレスの耳へとスルトの言葉が届いて来る。
その時には既に、彼はスルトが直近に起こした、腕を喪った際の爆発によって作られたクレーターの縁にまで到達しており、幾分かその声が聞き取り易くなっていたのだが、そのお陰かそこに込められていた感情の類いまで読み取れる様になってしまっていた。
…………それは、憎悪、赫怒、殺意、そして羞恥。
自らを害した存在に対する諸々に加え、油断し、自身の弱点を把握せずに挑み、そして敗北して無様な姿を晒している、情けない己に対する羞恥心。
それらが混同され、表面へと噴出した際に、アレスは接近して振るおうとしていた得物を急遽停止させ、その上でそれまで詰めようとしていた距離を、咄嗟の判断にて飛び退く事で開けようとする。
が、それと同時に。
「…………この我が!
雑草の如き力しか持たぬハズの人間風情に!
敗北し、打ち倒され、害悪として首を晒される!!
そんな事が、あって良いはずがなかろうが!!!」
ゴッッッッッッッッ!!!!
そんな、魂を吐き出そうとしている、と言われても納得出来たであろう程の勢いと気迫にて言葉を放ったスルトは、文字通り全身から焔を周囲へと急速に拡散させ、お手本の様な『爆発』その物の反応を周囲へと撒き散らして行く。
直前にて退いていた事も手伝ってか、ギリギリの所で仲間と合流し、ガリアンの盾の裏へと逃げ込む事に成功していたアレスが爆発が収まってから顔を出したその時には、既にその爆心地には何も残されてはいなかったのであった……。
取り敢えず次で話を〆てその次位で何時もの閑話に入ってから次章に移ります