『追放者達』、巨神と激突する・5
未だ、呆然と自らの右手首をスルトが見詰める。
眼球すらも焔と化している現在では、その視線の先が何処へと向いているのかも判断し難いが、中途半端な位置にて掲げられ、未だに凍り付いたままとなっている手首を見詰めているのであろう事は、容易に想像する事が出来ていた。
手首へと向けて先細りになる、尺骨。
二本在る二の腕を構成する骨の内の片方であり、そちらが折れようとて多少の不自由と引き換えればまだ拳を振るう事は可能であろうし、凍結したのもその極一部に過ぎない。
しかし、その極一部であったとしても、相手の攻撃によって凍結した、と言うのがスルトにとっては重大な出来事なのだろう。
何せ、アレスによって指摘された通りに、それまでの様に焔の身体が回復して再び骨を覆う事も、赤黒へと熱せられ、自らも発熱していたであろう骨自体も回復する事も無く、寧ろ凍結によって徐々にひび割れ、砕けた一部が剥落する様な状態へと至っているのだ。
現在、凍結した部位とそうでない部位の範囲は変動していない。
それを『これ以上凍結による侵食は見られず、また現象としてそうはならない』と見るか、もしくは『焔の身体の熱を以てしても、一度凍結してしまった箇所を回復させる事は出来ていない』と判断するかは人によるのだろうが、少なくともスルト本体としても、楽観視的な前者の考え方は出来ていないらしく、凄まじいまでの衝撃を受けている様子であった。
これまで、完全に無敵である、と思っていた自らの真体。
かつての経験から導き出された答えにして結果であり、一部の超常の存在以外であれば、突破して打倒される事は無い、と信じていたモノが、目の前の小さな、そして比較的普遍の存在に破られる事となったのだから、その衝撃は計り知れないだろう。
…………とは言え、それはあくまでも破られたスルト側の話。
ソレをやってのけたアレスとしては、こうして戦場にて呆然と立ち尽くし、気を逸らしている方が悪い、と言わんばかりの勢いにて、未だに現し世へと戻って来れていないスルトへと向けて猛然と襲い掛かって行く。
何せ、ほぼ偶然、それも半ばヤケクソにも近い決め付けによるモノとは言え、突破口が見えているのだ。
なら、そこを徹底的に突き、これまでの雪辱を果たし、目の前の強敵を打ち倒して栄光を掴む事こそが彼らの仕事である以上、やらない道理は無いだろう。
それに、そもそもの話として、これまでスルトが見せてきた能力が反則級過ぎたのだ。
焔に対しては遠距離からの魔法は効かず、近接して熱に炙られながら無理矢理削り、その上で骨そのモノには近接で攻撃すると余計に被害を受けるだなんて、そこまでの理不尽が通って良いハズも無し、なれば逆に魔法ならば通る様になっていなければおかしいだろう!?との決め付けにも似た論法を思い付き、実行したのが今回の逆転劇の真実であるが、寧ろ改めて考えてみれば、そうなっていなければ『おかしい』のだ。
何せ、スルトは『六魔将』なのだ。
魔王そのモノでは無く、その下に付く者なのだ。
物理も効かない、魔法もダメ、だなんて言う本当の意味合いにて反則級の力を持っているのであれば、スルト本人が『魔王』として立つハズだ。
そうでは無く、その下に甘んじており、かつ魔王が斃れると同時に封印ないし、それに準ずる形で使用不可能となる様な能力であるのならば、ソレを盾として成り上がれるのならば自らが『魔王』として立つ事こそが、スルトにとっては最も安全かつ目指すべき地点と言えるだろう。
…………だが、それは未だに成されていない。
であるのならば、可能性は二つ。
『ならない』のか、もしくは『なれない』のか、だ。
しかし、『ならない』方は、敢えてならない理由が無い。
先述の通りに、自身が魔王として立ってしまった方が安全であるからだ。
なれば、可能性は収束し、残るは『なれない』と言うモノが残る。
先の魔王を廃し、自らがその頂点である!と高らかに謳う事が出来なかった、と言う何よりの証左であり、同時に彼の身体が完全無欠で絶対無敵なモノでは無い証拠でもある、と言えるだろう。
勿論、『なれない』と言っても他に可能性自体は残っている。
『魔王』として立つのに、血筋か能力かそれとも他の何かしらの『証』的なモノが必要であり、スルトがソレを所持しておらず、故に彼は魔王の下の位置に甘んじている、と言う可能性は残っていた。
しかし、ソレを言い出せばキリが無く、また彼ら魔族とて先の大戦にて敗れた魔王を蘇らせようとはしなかっただろう。
何せ、条件が在る、と言う事は即ち、他にも該当する存在は居るハズであり、ソレを魔王として立てて抗戦を続ければ良かった、それだけの話なのだから。
…………と、そんな風に予測を立てていたアレスであったが、要は『魔王でないなら無敵では無い』『無敵では無いなら攻略法はある』と言う事だ。
尤も、ここまで動揺を顕にし、かつ動作までもが半ば反射的なモノのみになるとまでは予測出来ていなかったが、取り敢えず殺す、と誓っており、別段スルトとは異なり闘争を愉しんでいる訳では無いアレス達からすれば、その方が殺りやすくなる為に万々歳な訳なのだが。
現に、動揺が抜け切らず、動きの鈍ったスルトはアレス達の猛攻を捌き切れず、再び骨を露出させる事となっていた。
しかも、割と意図的に狙ってやっていた事もあり、その箇所は右の手首を構成するもう一本の骨である撓骨の位置であり、隣には未だに凍り付いた尺骨が仲良く並んでいる。
流石に、その段に至ってはスルトも正気を取り戻したらしく、動きに精細が戻り、反射では無く理性で動作を選択し始めていた。
が、その動作は未だに凍り付きつつも、徐々に解凍が進められている右手首を庇っているのがバレバレであり、ほぼ初見に近い状態であろう事は容易に想像出来てはいるが、やはりスルト側としても『ヤバい事態』である、とは理解出来ている様子であった。
しかし、そうした判断が出来るのであれば、もっと早くにしておくべきであった。
そうであれば、そこばかりを庇うのならば、と他の箇所をダメージ覚悟で攻撃され、そちらも焔を剥がされそうになり、また別の箇所を庇って…………のループに陥れられる事も無かっただろう。
そして、それは同時に。
最初に庇い、そしてそれ以降は特に狙われる訳でも、位置を気に掛ける様な素振りすらも全員が見せていなかった箇所が未だに狙われている、と言う事に気付かないハズも無く、アレスによる行動パターン解析からの見もしないでの狙撃によって凍結させられる事も無かっただろう、と断言出来る状態であった、と言えてしまうだろう。
「がっ!?
ぐっ、あああぁぁぁぁあっ!?!?」
初めて、戦場にスルトの苦鳴が響き渡る。
右の手首を構成する両の骨、ソレを凍り付かされたからか、それとも他に条件が何かしらあるのかは不明だが、右手からは力が抜けているらしく、ダラリと垂れ下がっている。
その手前を、スルトは握り締める様にして左の手にて抑えている。
まるで、人であれば、そこから多量に流れ出る血液をどうにかして押し留めようとしているかの様に、そしてスルト本人としては、どうにか直接触れずに凍結を解除しようとしているかの様にも見て取る事が出来ていた。
そんな、痛々しく声を挙げ、地面へと膝を突いて片腕を抑えているスルトへと、接近する影が一つ。
その影の持ち主は、この場に於いては誰よりも、物理的な破壊力と言う意味合いで言えばスルトの拳にすらも匹敵する程の絶大な攻撃力を持っており、その視線は凍り付き、最早手首の先の拳の部分まで纏っていた焔を喪ってしまっている、スルトの右腕にのみ固定されているのであった……。
さて、誰でしょう?