『追放者達』、巨神と激突する
『巨人の軍勢』を率いていた、大将スルトが前線へと姿を現した。
その異常なまでの巨体、規格外な偉容を前にして、精鋭と呼ばれるまでに鍛錬を積み、鋼の如き精神を鍛えて来た兵士達ですら心が軋み、士気が砕け、戦意が萎えて行く者が続出し、中にはその場で絶望のあまり膝を突く者まで出始めていた。
そこに在るだけで、蔓延する『絶望』。
自分達の死だけでなく、守るべき者達までもが、絶対に助かる事は無い、と予感させ、直感させられるだけの『圧』を放つ目の前の存在に、恐怖を抱きつつも決して目を離す事が出来ない、そんな存在感を放っていた。
「…………もう、おしまいだ……」
誰かが思わず零した言葉が、異様な程に周囲へと伝播する。
誰しもが思っていた事を、言葉には敢えてしていなかった事を形へとされたその言葉は、戦場には似つかない静寂が支配しようとしていたそこへと、染み渡る様に響いて行くのであった。
…………誰しもが絶望し、地に膝を突いて迫りくる死を受け入れる最中。
ソレに抗い、平然と否定し、そんなモノ受け入れてなるものか!と拒絶しながら迎え撃たんとして前へと歩み出る影が在った。
そう、それこそ、アレス達『追放者達』よメンバー達である。
彼らは、スルトが着弾した際の衝撃波に最も近しい場所に居ながらも、それを平然と耐え、凌ぎ、その上で反攻せんとして前へと踏み出して見せたのだ。
彼らも、等しく恐怖や絶望は感じている。
が、それらに膝を屈してしまっては、その程度で一々膝を突いていては話にならない様な経験を、戦績を積んできている為に、押し殺し、飼い慣らして利用する術を兵士達よりも知っていたのだ。
そんな彼らを、スルトも喜色を浮かべながら迎え撃つ。
前口上も、勝った負けたの条件の取り決め等も無く、ただただ唐突に始まったソレは、文字にすればたったの一言『殺し合い』と表現する他に無い、純粋な生存闘争の延長線上に在る闘争であった。
土煙を引き裂いて飛び出したアレス達であったが、意外な事に先手をスルトへと譲る事となる。
とは言え、これは純粋にリーチの差であり、十倍近くも背丈の差が在る相手に対して先制攻撃を加える、だなんて事がどれだけの無茶なのかは、言わなくとも伝わっている事だろう。
先手としてスルトが放ったのは、単純な右拳によるストレート。
特に駆け引きの類いも無く、フェイントとしてのモノでも無い、純粋に攻撃の為に膝を突きながら放たれた右の拳は、アレス達には造作も無い様子であったが、何故か大きく距離を取る様に回避されてしまうものの、通常の人間が放ったのと変わらぬ見た目速度にて放たれた一撃は、そのまま地面へと突き刺さって行く。
…………が、その一撃の『異常性』が発揮されたのは、そうして地面へと着弾した直後の事。
周囲からは音が消え、次の瞬間には閃光が輝いた様にも幻視される中、地面から文字通りの爆炎が立ち昇り、周辺を焼き焦がしながら大地を掘り返して耕して行く事になったのだ。
遅れて響き渡る爆音と轟音、それに合わせて発生した衝撃波。
それらが周囲を薙ぎ払い、『更地』と表現する以外に無い状況へと変えて行く様は正に神話に於ける天地創造の図に等しく、身分や産まれの違いに関係無く衝撃を見ている者に与え、彼らの心の内側に、『恐怖』だけではなく『畏怖』や『信仰』にも似た感情を植え付けて行く事となる。
しかし、そんな環境であったとしても、変わらずその偉容へと迫る複数の影。
彼らは、先の一撃なんて最初から無かった、と言わんばかりの素振りにて未だに右の拳を地面へと埋めている巨神へと接近し、飛び掛かって行く。
恐らくは、中途半端に距離を取る事の方が危険だ、と判断したのだろう。
その異常なまでの巨体であれば、確かに懐へと潜り込んだ方がスルト本人も即座には手出し出来ない空間も多くあり、かつ攻撃を加えてダメージを稼ぐのにも丁度良い距離と呼べるであろう事は、容易に想像出来たからだ。
しかし、迎え撃つスルトの方も、当たり前の様に尋常なる存在では無く。
何故か、先の攻撃とは打って変わって、あからさまに術理と系統に沿った理合いを持つ動作にて突き出された凶器を防ぎ、流し、いなしながら反撃として、下手な巨木よりも太く長い足にて低空回し蹴り(本体比例)を放ってアレス達を一網打尽にしようと企んで行く。
が、アレス達としても、突然何らかの拳法の動作をし始めた事に驚愕はするものの、言ってしまえばそれだけの事。
巨体かつ高速で摂理に基づいた動作をされるのは確かに厄介だが、術理も何も無い唯の暴力装置として暴れられるよりは遥かに次の動作が読み易いし、寧ろ対処もしやすくなっていると言えるだろう。
故に、それぞれで散開しつつ、薙ぎ払う様にして振るわれた足を回避しながら、それぞれの得物を叩き付けて行く。
流石に、身長比の関係で、得物の刃渡りから得られる効果は通常のほぼ十分の一程度でしか無く、精々が皮膚の下の肉を多少傷付ける、といった程度でしか無い。
しかし、アレス達は単独では無く、仲間が居る。
常に、誰かが狙われていれば、他の誰かが背後や側面から襲い掛かって足や膝を狙って攻撃したりと、数の利を活かして常に攻撃を仕掛け、着実に負傷を与えて行く。
当然、スルトも黙って攻撃されているだけ、なんて事は無い。
種族特性(?)の治癒力の高さと、巨体故の耐久性によって耐えながら傷を癒やしつつ、持ち前の剛力によってほぼ『当たれば一撃』を実現しながら大暴れする様は正に暴威の化身と呼ぶのに相応しい光景であり、アレス達も直撃を喰らう事はほぼ無かったものの、それでも掠り当たりで吹き飛ばされて血反吐を地面へとぶち撒けていたり、一撃で半殺しの目に遭っていたりもした。
しかし、勝負を優位に進めていたのは、やはりアレス達『追放者達』と言えるだろう。
それぞれが別方向に高い能力を持ち、それでいて仲間達を信頼して連携を行う事から圧倒的な『個』として強大な力を持つスルトを凌駕し、その膝を地面へと付ける事に成功する事となった、と言えるだろう。
「…………ガハッ!
よもや、我がここまで追い詰められるとは、思っても見なかったぞ『特異点』よ!
よくぞ、ここまで練り上げたものだ!」
膝をついたスルトが、血反吐を吐き散らしながらも口元に笑みを浮かべて言葉を放つ。
ヒギンズとアレスによって肺も傷付けられ、呼吸もままならないだけでなく、最早致命傷と呼んでも過分では無い負傷を負いながらも笑みを浮かべる胆力に、彼らの内心では感嘆を通り越して何やら薄ら寒い思いすら感じる事となっていた。
…………こいつは、まだ何かしらの手を隠し持っているんじゃないか?
最後の一撃が掠めた為に、半ばからもぎ取られる形となった左腕を抑えつつ、セレンによる再生医療を受けていたアレスがそんな想いを抱き、聞き出したかった『特異点』云々に関する情報を諦めてでも、確実にトドメを刺すべきだ!と訴える心のままに行動を起こそうとした正にその時であった。
「さて、このままでは殺されかねんからな!
一方的に倒されてやるのは流石に立場上出来ぬ故、この辺りでそろそろ本気を出させて貰うとしようか!!」
その言葉を聞くや否や、アレスは全力で魔力を精錬し、脳が焼き切れる程の速度にて術式を構築すると、なりふり構わず後先考えずに全力で氷の槍をスルトへと目掛けて射出した。
仮にも、魔奥級へと至っている者の放った極太の槍は目にも止まらぬ程の速度にて飛翔し、狙い過たず目標とされたスルトと心臓へと突き刺さると、その次の瞬間。
スルトの全身を焔が覆った事により、何事も無かったかの如く、跡形も無く蒸発する事となるのであった……。
巨神、本気モード