『追放者達』、巨神と相対する
・スルト視点
「………………やはり、無理であったか……」
我の口から、その様な言葉が零れ落ちる。
我にとっては聞き取れるかどうか、との程度の呟きであったが、流石に今の状態の身体ではそうも行かなかったらしく、直参として残っていた配下から視線を向けられる事となる。
それに対し、軽く手を降って『何でも無い』と示し、視線を前へと戻させてから軽く息を吐く。
やはり、我が精強なる『巨人兵団』であったとしても、あやつらが相手では分が悪かった、と言う事だ。
…………奴らは、決して弱くは無かった。
その拳は一振りで大地を穿ち、その足は一振りで海を割るに足るだけの力が有り、予定通りにこの国の人間のみを相手にしたのであれば文字通りに一騎当千、万夫不当の働きを見せてくれたのであろう。
そうなっていれば、我としても楽が出来ただろう。
こうして後方から戦況を眺め、自らを闘争の愉悦に浸す事は叶わずとも、燃え盛る戦火を肴に盃を傾け、配下共の鮮やかな行軍の光景を、陛下へとお見せ出来なかった事に臍を噛む事も出来ていたはずだ。
…………だが、余計な『オマケ』が付く事になってしまった。
故に、そうしてこれまで蓄えていた力を発揮し、我に示す機会も、陛下へと最上の報告をお送りする機会も、等しく喪われてしまった、と言えるだろう。
さぞや、無念な事であろう。
我も例外では無く、我等は一様に図体の割りにはオツムの出来がよろしくは無いし、ソレは配下の魔物共も同様である。
が、だからと言って、感情が無い訳でも、鈍い訳でも無い。
我等であっても、傷を受ければ痛いのだし、一方的に叩かれれば相手を殺してやりたいと思うし、叶えられた目標を横から潰されれば、当然の様に悔しいのだ。
…………尤も、ソレを今言っても詮無き事、と言うヤツであろう。
単純に、今回は運が悪かったのだ、と見切りをさっさと付けてしまいたい、のが我の本音である。
何せ、この戦場には、『特異点』たるヤツが居る。
直近では、ゴライアスが取り逃がした、と珍しく憎悪を周囲へと撒き散らしながら声を荒げていたのを見たが、まさかこちらに来ているとは思っていなかった。
ヤツらが居ると知っていれば、最初から配下を率いて来たりはしなかった。
もし知っていれば、ここには我のみで訪れ、ヤツらとの死闘を繰り広げている間に、配下共には別の場所を攻めさせる事も出来たと言うのに、だ。
…………しかし、その嘆きも無用なモノ。
喪った配下も、時は於けば見込みの在る個体が増えて補充も出来るであろうし、否応無しに此度の『特異点』も居なくなる。
次回は、此度の様に、戦の経験を積ませてやろう、と思わなんだらもっと素直に事は片付くであろう。
早々に我が出ていれば、それだけで事は片付くのだから。
例え、そこに『特異点』たるヤツが居ようと関係は無い。
我が前に出る、只それだけ、その一手が最初の一差しにして、最後の一差しとなるのだから。
そう考えながら戦場を見渡せば、劣勢となっている我が方の軍勢に於いて、今も死んで行く配下共の事を思えば、胸が痛む。
先程から狼煙を上げてはいるが、流石に合図を忘れている、寝ている、等は無いと思いたいが、反応が無いと言う事は既に片付けられたのだろう、と判断するしか無かった。
「…………で、あれば、最早我が出ても構うまい。
退却の合図を打ち鳴らせぃ!
引かずに残っている者は、巻き込まれて命を落とす覚悟の在る者のみと心得よ!!」
さぁ、これからが、本当の闘争の始まりだ!
昂る我の血潮のままに拳を打ち合わせれば、それは大音響として周囲へと響き渡って行く事になるのであった……。
******
アレスが特異個体を討ち取ってから、幾許かの時間が経過した。
その頃には、周囲へと展開されていた敵方の軍勢はほぼ見当たらない状況となっており、その上でアレスも仲間達と合流を果たす事が出来ていた事も重なり、戦況は『優勢』なんて言葉では片付けられない程に傾き、流れは完全にアレス達の方へと向いている状態となっていた。
…………そう、取り返しのつかない程の優勢。
何事も無ければ、絶対に戦局が覆る事は無い、と断言される程の戦況の傾きにして、アレスが危惧し、懸念していた事態その物が、現し世へと顕現する事となっていたのだ。
いずれはこうなるだろう、とはアレスも予測はしていた。
何せ、互いの生命の存続を賭けた殺し合いなのだから、どの道決着としては相手を滅ぼすか、こちらが滅ぼされるかの二択しか無いのだから。
故に、彼は細心の注意を払いながら、戦場を調整し続けた。
自分達の側の被害を抑えつつ、スルトが『戦争』の形を放り投げる判断を下すであろうタイミングを極力遅らせながら、敵戦力も可能な限り迅速に駆逐して行く。
そんな、言葉の上でも困難極まり、かつ実現させるのは不可能にも思える事を、彼は成し遂げて見せたのだ。
とは言っても、自軍の被害はある程度は出てしまっているし、先の爆音からして最早スルトが戦線へと出て来るのは秒読みに近い事を鑑みると、まだチラホラと影が見えている現状からすれば、最後の一つも達成出来たとは言い難いのが実情と言えるかも知れないが。
なんて事を考えつつ、刃に残っていた血を振り払い、魔力庫から取り出した襤褸布で脂ごと拭い去ったアレスは周囲へと視線を配る。
ヒギンズは相変わらず飄々としているし、ナタリアはポジション的にほぼ消耗は見られないから良いとしても、最前線にて他の兵士達を守りながら奮戦していたであろうガリアンはそれなりに消耗している様子が見えたし、回復に援護に、と大規模に立ち回っていたのであろうタチアナとセレンには、魔力の消費は当然として疲労も少なくは無い状態に見えていた。
…………本音を言えば、アレスとて疲労は皆無では無いし、寧ろ一旦引いて休憩を入れたい所である。
が、そうは問屋を下ろすまい、と強大な気配が、膨大な魔力を周囲へと撒き散らしながら自分達の方へと近付いて来ている事を察知していた為に、溜め息を零しながらも仲間達へと号令を掛けて行く。
「…………総員、戦闘配備!
疲れてるとは思うが、それでも奴さんは俺達を逃がしてくれるつもりが無い様だ。
なら、ご指名には応えないとならないだろうよ。
そら、来るぞ!!」
その言葉が放たれるのとほぼ同時に、彼らの近くにて爆発が発生する。
地面は揺れ、踊り、隆起し、その上で発生した爆音が聞く者の耳を破壊しながら周囲へと広がり、発生した衝撃波が全てを薙ぎ倒して行く。
が、ソレはあくまでも余波でしか無い。
発生させた張本人にとっては、これは攻撃ですら無い、歩行に伴う足音や足踏みの様なモノであり、現に中心地から立ち昇る土煙を巨大な腕の一振りにて薙ぎ払って見せたスルトは、周囲の光景に対して何ら興味や感慨を抱いている様子は見えなかった。
「うむ、取り敢えず気配を頼りに跳ねてみたが、まぁまぁ近間に辿り着けた様で何よりだな!
そら、さっさと出て来い!
どうせ、この程度で斃れるバズもあるまいし、我に吐かせるべき事も有るのであろう!?
なれば、早い所死合いを始めようではないか!!!」
先の大音響に優るとも劣らない音量にて、スルトが吼える。
すると、それに呼応する形にて、隆起した地面の合間からアレス達が傷一つ着いていない状態で姿を顕す。
彼の号令に従い、咄嗟に防御を固めたガリアンの背後に避難し、かつその上で各種道具を使用したり、セレンによる回復を受けたりして、体力気力共に万全な体制を整えた彼らが、スルトの指名に従う形にて戦場へと舞い戻り、双方共に戦意を昂らせながら再会を果たす事となるのであった……。