『追放者達』、巨人の軍勢と激突する・6
単独にて赴いた木立の内部にて、伏兵の排除に成功したアレス。
その戦いは、恐らくは外部に漏れる事は防げており、彼の目的を全て果たす結果となりはしたが、端から見ている様にアレスの楽勝であった、と言う訳では無い。
寧ろ、辛勝であった、といった方が良いだろう。
何せ、一歩でも踏み間違えていれば即座に失敗していたであろう極限状態の中での綱渡りの連発であり、それら全てで判定成功を勝ち取れたからどうにかなったが、それは針の穴に投げた糸を通す様な奇跡に近い神業的な幸運に恵まれた結果だと言える。
少なくとも、アレス本人としてはそう認識していた。
ここまで上手く事が回ってくれたのは、幸運の女神が偶々艶然と微笑んだからだ、と。
とは言え、目標の達成には至っている。
例えそれが、半分くらい偶然による産物であるとしても、成功は成功だ。
なれば、大手を振って本陣の方へと凱旋すれば良い。
後顧の憂いを取り除き、全力で前面戦争へと挑める様になった、と知れば、士気も高まるだろうし喜びもするだろう。
なんて考えと共に本陣へと帰還するアレス。
足音も無く、また外から見ていた限りでは、そこまで大きな騒動があった様には見えなかった為に切っ先返り血を浴びて全身を赤黒く染めている彼の姿は、まるで地獄の悪鬼か復讐に囚われた幽鬼か!?と出迎えた斥候の兵士達に驚かれた様子であった。
が、アレスは特に気にする様子も無く、もう一つの予想地点について報告を求める。
地形的にはアレスが片付けたのとは別の地点にも伏兵を置くのに適切な場所があり、かつアレスが敵方が使って来るだろう、と予想している戦術であれば、そこにも置いて三方向からの殺し間を作り出して擦り潰して来るハズ、と考えていたからだ。
しかし…………
「………え?
確かに居たけど、もう潰した?」
「はい。
我々の報告を受けまして、指揮官のお仲間であるヒギンズ様とガリアン様が先行して突入し、コレを撃滅した、との報せがこちらにも入って来ております。
また、どうせこっちはアレスがどうにかするだろうから、と先んじて戦線を押し上げておく、とお二人からの指示もあり、既に進軍も開始しておりますので、頃合い的にはそろそろ接敵する辺りになるかと」
「……………………言いたい事は色々在るけど、取り敢えず本隊と合流しようか。
どうせあっちでしょう?」
まぁ、あの二人ならそりゃやるよな、と半ば呆れ混じりに考えながらも、失敗に関しては心配していなかったアレス。
やはり、仲間の実力に関しては信頼しているからか、その程度は出来て当然、と言わんばかりの素振りにて、休憩も碌に取らずに最前線への合流を目指して歩み始める。
それには、逆に驚かされる斥候隊の兵士達。
自分達が木立の外から見ていただけでも、何時始まって何時終わったのか、が解らなかった程に静かに、確実に仕留めて見せた、と言う事がどれだけの精神力、体力を摩耗させるのかは当然理解しているし、それだけの消耗があったのならば普通は一休みしてから、となるのが『人間』なのだから。
しかし、そう言う意味合いに於いて、アレスはそこには当て嵌まらない。
何せ、公的に『人外の域に在る』として認定される『Sランク冒険者』なのだから、スタミナや精神力に関しても、最大値も並外れていればその回復速度に関してもデタラメなモノであるのは当然、と言えるだろう。
ましてや、ラッキーパンチの類いですら直接受けた訳では無いのだ。
そんな、負傷の一つも無い状態で、わざわざ休息を取らなければならない程に摩耗する事も、消耗する事も、彼に限って言えば余程の事態が起きない限りは『有り得ない』と言えてしまうだろう。
尤も、その辺の事情はアレス個人の能力に由来するモノであり、万人がそうである、と言う訳でも無い。
なので、さっさと歩き出してしまった彼の背中を、目を白黒させながら着いて歩き出す兵士達。
一応、最前線となるであろう場所を把握しているらしい兵士が先導を買って出た事により、先頭を歩く事は無くなったものの、それでも道中で飛び出して来る魔物の類いを一蹴するのは、やはりアレスの仕事となっていた。
そうこうしながら進んでいる内に、彼らの耳にも戦の喧騒が届く距離にまで近付く事が出来たらしく、彼らの表情にも緊張感が滲み出始めていた。
が、その場の主賓となるアレスは、一人平時と変わらぬ素振りを店ている。
まるで、自室にて寛ぎながら景色を眺めている、と言う様な感じにて視線を送り、幾つもの命の灯火が消え失せて行く光景を見渡している彼の姿に、それまで行動を共にしてきた兵士達は、背中に冷たいモノが伝い落ちる感覚を覚える事となっていた。
「どれどれ?
………………ふむ、この位置だと、やっぱり敵さんが進んで来てくれなかったから、こっちから攻め込む事にした、ってかんじかね?
だったら、尚の事伏兵潰しておいて良かったな。
んで、あの辺りで派手に戦ってる、って事は、あいつらもあの辺に居る、って事で良さそうか?
んじゃ、俺はあっちに行くから、着いてくるなり他と合流するなりしてくれな。
あぁ、誰が一人位は本陣の方に報告に行ってくれると助かる。
じゃあ、よろしく」
そう言い残し、パッと駆け出してしまうアレス。
行動を共にしていた兵士達が反射的に引き留めようとしたものの、伸ばした手が届く事は無く、その背中はあっという間に小さくなってしまっていた。
呆然とする兵士達とは裏腹に、アレスは軽快に地を蹴り、戦場へと駆けて行く。
しかし、その表情は足取りとは裏腹に爽快さを感じている者のソレでは無く、寧ろ苦心している者の浮かべるべきモノとなっていた。
それは、何かしらの『不味い事態』に心当たりの在る者が浮かべるであろう表情。
何かしらの起こって欲しく無い事象、出来事、事件が発生する心当たりが有り、かつソレが確実に起きうる事柄である、も知っている者が浮かべるであろう、苦虫を更に超越した『ナニカ』を噛み潰した者の顔であった。
決して、部下としての兵士達には見せられない表情を浮かべているアレスであったが、何故その様な顔をしているのか?
現状では、万事恙無く、とまでは言わないまでも、基本的には彼らの読み通り、想定通りかつアレス達にとっては優位になる様に事が進んでおり、また全体的な戦力比で見ても、相手に与えた損害の意味合いに於いても、圧倒的に与えた方が多く消耗は少ない現状で、そこまで『焦り』を見せる理由が何処に在るのか?
答えは、一つ。
優位に立ち過ぎている可能性が在るから、だ。
優位に立つ事に、何の障害が在る?
優位とは、そこに立てれば立てる程に状況が全て味方し、どれだけ強大な敵であってもアッサリと打倒出来てしまう事もある位置であり、そこに立てる事にこそ意味があり、立ち過ぎる事が不幸を招くだなんて事は、基本的には有り得ないと言えるだろう。
………そう、『基本的に』有り得ない、のだ。
例えば、どれだけ他の手を打たれたとしても、絶対にひっくり返されない、と自他共に認める様な詰みな盤面を、無理矢理にひっくり返して何もかもをワヤにして、その挙げ句に勝利されてしまう、と言う様な無法・無茶を通される様な事が無い限りは、だが。
ここまで言えば、自ずと理解するだろう。
アレスは、その例外を警戒しているのだ。
それまで、自身は前に出ず、後方にて待機しているのみであろう、その存在。
反則級の力を持ちながらも、敢えて部下である巨人達に戦わせる事を選び、その趨勢を見守っているであろう、その存在を。
「…………ヤツが前に出て来たら、何もかもが全て『御破算』になる。
なら、その前に可能な限りの手を打たないと……!」
状況が優位に傾き過ぎた戦場を、更地に戻すべく『巨神』が動く。
その状態になる前に、とアレスは、更に足を早めて突き進んで行くのであった……。