『追放者達』、巨人の軍勢と激突する・4
スラリ、と音もさせずにアレスが腰の刃を抜き放つ。
特殊な加工を施されたその刀身は、刃の部分ですら光を呑む様な艶の無い漆黒に染まっており、梢に遮られて疎らに射し込む陽光に煌めき、その存在を周囲へと悟らせる事を防いでくれていた。
尤も、そんなミスをする程に未熟でも間抜けでも無いアレス。
当然の様に、自らに複数のスキルを発動させており、最早目視すらも不可能なレベルでの隠蔽が為されているので、例え目の前で裸踊りでもしていたとしても、アレスが故意に解除して見える様にしない限りは、どうしたとしても察知される事は無いのだが。
そうして準備を整えた彼は、足音も無く木立の中に伏せる巨人へと近付いて行く。
都合、五体程のみ、と数えられる巨人達であったが、その背丈は地面へと膝を突き、蹲っている状態であっても周囲の木々の梢に届かんとする程の巨体であり、かつ人の肌としては考え難い程に黒く染まった表皮は、射し込む陽光の反射等から金属的な質感を帯びている様にも見て取れた。
………………通常のジャイアント種として知られる魔物からは、掛け離れた外見と、見ているだけでも伝わって来る『圧』。
確実に、スルト率いる部隊の中でも精鋭に近い個体であり、挟撃の際に確実に多大なる被害を生み出せるだけの力を秘めた個体である、とアレスは認識させられる事となっていた。
とは言え、眺めているだけでは何も進まない。
このまま時間だけが経過する事となってしまえば、敵陣にしても自陣にしても、焦れて勝手に前へと出て来る事になりかねないし、そうなればこうして目の前で伏せている兵が動き出し、両陣営が斬り結んでいる所に横合いから殴り付けに行かれてしまう可能性すらも存在している。
なれば、こうして出て来た手前、やるべき事は唯一つ。
スルト側の陣営に悟られる事は無く、それでいて迅速かつ確実に、目の前の特異個体の部隊を壊滅させる、それだけである。
そう決めたアレスは、取り敢えず足音を忍ばせながら蹲る特異個体の背後へと回って行く。
流石に、隠匿系のスキルを全開にし、目視すらも阻む今の状態であれば、前述の通りに余程の事をしない限りは大丈夫だ、とはアレス本人も認識してはいる。
…………が、念には念を入れて損は無い。
何せ、これから相手にするのは、未だに観測されていないか、もしくはその情報が既に喪われて久しい特異個体なのだから、何が出来てもおかしくは無いのだ。
唐突に、こちらの隠形を何らかの手段にて解除して来る、かも知れない。
いきなり、スキル越しであっても何らかの方法にて、こちらの存在を察知して来る、かも知れない。
既にタネが割れているのなら、幾らでも倒しようは在る。
一番怖いのは、何をされるのか分からない、何をしてくるのか分からない状態なのだと、これまでの死線を潜った経験から、本能的にアレスは実感すると同時に熟知していた。
故に、彼は一切の油断はしない。
確実に、立ち上がらせる事すらもさせず、それでいて全てを殺し切る為に、暗殺者が静かに動き出す。
…………先ずアレスは、定石の通りに最も外周に近い個体に狙いを付ける。
他の個体から視線を向けられておらず、警戒も浅い様に思えるその個体の蹲った身体を音も無く駆け上がり、反応されるよりも先に延髄へと刃を滑り込ませる。
名匠として知られる『天鎚』ドヴェルグによって鍛えられ、生み出された刃は、巨人の皮膚を難なく貫き、抵抗らしき抵抗すらも、使い手たるアレスへと返す事無く皮を、肉を切り裂き、骨の隙間から命へと滑り込んで行く。
…………本来であれば、下手な金属よりも頑強であり、かつ生物特有の靱やかさを併せ持つ皮膚により、並の刀剣では一切傷が付かず、更に言えば急所である胸や首筋等は一際頑強な部分として彼らの内では知られていたのだが、そんな事はお構い無し、と言わんばかりの刀身の冴えとアレス本人が培った絶技により、一切の音も身動ぎも無いままに一体目が絶命を果たす。
その強靭な肉体と骨格により、元来安定した姿勢を取っていた事もあったのだろうが、倒れる事無くそのまま息絶える一体目。
立ち往生、とはまた状態が違うと言えるのだろうが、だからどうした、寧ろ音が出ないのなら御の字、とばかりに足場として利用として蹴りつけ、次なる個体へと飛び掛かって行く。
流石にアレスであったとしても、音や気配、駆ける足踏み、見える姿は隠せても、跳躍直後の着地の衝撃までは誤魔化せ無かったらしく、降り立った個体は身動ぎを開始する。
巨体故にユックリと動いている様にも見えるが、その速度は通常の人間のソレと然程遜色は無く、それ程猶予無く自らの背中を確認される事となるのは必須と言えてしまうだろう。
確認されたとて、そこに映るのは自ら背中と背後の木立のみ、となるだろうが、角度的に先の個体が視認される可能性も無くは無い。
それに、謎のスキルや特性により、自らの隠形が見抜かれてしまう可能性にも考慮しているアレスがソレを許すハズも無く、完全に振り返られるよりも先にその背中を駆け上がり、左向きに覗き込もうとしていた巨人の右側頭部へと回り込むと、その勢いのままに手にしていた刃を目の前の洞穴、もとい耳孔へと全力で突き出して行く!
流石に、アレスの手にしている刃で、スルト並の巨体を相手にするのであれば、刃渡りが足らずに精々が鼓膜を傷付けるのが精一杯となってであろう、この行為。
しかし、蹲っているが故に正確な背丈は判別出来ないが、それでも身の丈賭しては大きくとも精々が十メルト程度である、と見えるその個体を相手にして行うのであれば話は別であり、生物であれば何であれ持ち合わせている絶対的な急所へと届きうる致命の刃へと変化を果たす!
突き入れた衝撃か、はたまた急所を抉られた反動なのか、身体をビクリと痙攣させる特異個体。
そんな反応に構う事無く、刃だけでなく腕も肘まで耳孔へと突き入れ、二度、三度、と上下左右の区別無く捻り、掻き回し、確実に内部を破壊して致命傷へと至る様に、と念を込めて突き出して行く。
その結果、一際大きく身体を痙攣させ、その後に耳から大量に出血しつつ、その個体も命の灯火を消し去られる事となる。
…………が、先の個体とは異なり、大きく派手に出血する傷口が出来てしまっている事と、振り返ろうとしていたが故に不安定となっていた姿勢で意識が途絶した事により、派手に、とは分からないが、少なくともこのままでは地面に倒れ込む事になるのは必須と言えるだろう。
そうなれば、他の個体にも異変が起きている、と悟られる事になってしまう。
もし仮に、ただ単に『間抜けなヤツだ』と放置されてそうならなかったとしても、これだけの出血が在れば、否応無しに匂いやら何やらで気が付かれ、下手をしなくとも戦闘状態に以降される可能性が跳ね上がる事となってしまうだろう。
勿論、そうなったとしても、アレスとしては負けるつもりは毛頭無い。
既に、別個体とは言え、自身の得物であれば通用する、と言う事は確認出来てしまっている為に、いざ真正面からの闘争を!となったとしても、多少時間は掛かっても仕留め切る事は容易いハズだ。
…………だが、そうなってしまえば、謂わば今回の任務として『失敗』となるのだ。
何せ、ここまで静かに、標的となっている特異個体達本人にも、ここで死んでいる事を気付かせずに事を成すのが、目指すべき最上の結果となっているのだから。
そうすれば、スルト側としては、何時でも動かせる様に、と伏せていた札が実はクズ札を通り過ぎて最早無く、いざ動かそうとしたら返事すら帰って来ない、との状況は極大の動揺を産む事になる。
そしてそれは、アレス達の陣営に対して、背後や左右を気にする事無く、只管に前へ前へと攻めたてる言葉のみに集中する事が出来る環境が訪れる、と言う事に他ならないのだ。
なれば、仮にも指揮官として就任し、かつこの戦いを勝利へと導く為に雇われた身としては、ソレを目指さない手は考えられないとしてアレスは、傾きつつある特異個体の背を発射台へと見立て、速攻かつ迅速に残る個体を始末するべく全力を振るう事を決意するのであった……。