暗殺者、決闘する・2
審判であるギルド職員が、掲げていた腕を振り下ろしながら決闘の開始を宣言する。
すると、ソレと同時に腰に差していた長剣を引き抜いたアスランが、数メルト程度離れて立っていたアレスへと向けて突撃して行く。
常人であれば、彼の様に全身甲冑を着込んだ状態であればその様な動作なんて出来るハズも無いのだが、ソレを可能としている、と言う事は、冒険者としての腕前は評価の通りのモノであるのか、それとも余程そう言った状況を可能とする様な職業を引き当てたのか、もしくはその両方共なのだろう、と言う事を容易に予測させるモノとなっていた。
同時に、引き抜かれた得物を構えた姿は大分堂に入ったモノであり、それなりに位階の高いスキルとして保持している事も容易に見て取れた為に、それらを総合して未だに構えすら取っていないアレスがポツリと呟きを溢す。
「…………ふぅん、得た職業は『重装騎士』か『聖騎士』って所かね。
まぁ、聖女にご執心な処を見る限り、多分『聖騎士』の類いなんだろうけど」
「ふっ!良くぞ言い当てられたモノだな!
有能な仲間を見抜き、寄生する事が出来たのは偶然では無かったと見える!
が、その様な鑑定眼があったとしても、この様な直接的な決闘にて役に立つモノでは無いと、私が教えてやろう!
大方、職業についても偽装したモノだろう!なら、この一撃を避ける事すら叶うまい!!
喰らえ!!」
アレスの呟きへと反応して、アスランが得意そうに、自らの職業を明かしながら両者の間を隔てていた距離を潰す形で突撃を仕掛けて来る。
本来なら、光属性の魔法へと適性と、頑強な鎧を纏いながらもその重さを感じさせない動きを可能とさせる職業であり、基本的には防御的な動作にこそ定評のある上級職なのだが、アレスの事を完全に舐め腐っているのか、それともセレンに対してアピールしたいからか、自ら攻め立てるポジションを確保するべく、気合いと共に振り上げた得物をアレスへと目掛けて振り下ろして行く。
確かに、研鑽と才能、そして技量と実力の感じられる、スキルに頼ったモノでは無い鋭い一撃。
しかし、その攻撃には、普段からアレスが手合わせしている二人、ガリアンの様に防御の上からこちらの身体を引き裂かんとする程の威力と圧を、ヒギンズの様に変幻自在でありながらも一撃でも貰えば即座に死へと繋がるであろう、と確信させる様な技量とプレッシャーを発している訳でも無く、ただただ鋭いだけの、軽い攻撃であると彼の目には写っていた。
なので、特にフェイントが織り交ぜられている訳でも、ひっそりと呪文詠唱が成されている魔法が飛んでくる気配が在る訳でも無かった為に、僅かに半歩真横へとずれる事で難無くその攻撃をアレスは回避してしまう。
当然の様に、そうなる事を予期していなかったらしいアスランは、全力での攻撃を空振った事によって体勢を崩しただけでなく精神的にも動揺を引き起こしてしまい、必然的に必殺に近い間合いに在るアレスに対して大きな隙を晒す事となってしまう。
が、その絶好と呼んでも差し支えの無い程の隙をアレスは突く事無く、また追撃の為の魔法を放つ術式を構築するでも無く、その両腕をダラリと垂らしたままの状態にて数歩程後退し、詰められていた距離を再び構築するのみに留めてしまう。
半ば、手加減されて見逃された、とも言える状況に、体勢を立て直したアスランは得物を構えながらその整った顔を怒りによって赤く染めて行く。
圧倒的な格下である、と認識していた相手から、最早『慈悲』とでも呼ばなくてはならない扱いを受けてしまった、と言う屈辱が、彼の頭に血を昇らせる事となっていたのだ。
その怒りのままに再度突撃を仕掛けようとしていたアスランだったが、不意に何かに気が付いた様に怪訝そうな顔をしながらその場で急停止をする。
そして、暫くその場で佇み、相変わらず自身から仕掛ける事もせずに立ち尽くしているアレスの事を観察していると、周囲から野次が飛ばされる最中顔を押さえながら哄笑を挙げる。
「くくくっ、はーっはっはっはっ!
そうか!分かった、分かったぞ!
貴様、先程から私に攻撃をしようとする素振りすら見せていなかったが、その理由、全て理解したぞ!
貴様、さては『攻撃しない』のでは無く『攻撃出来ない』のであろう!?」
「…………」
「大方、スキルの系統が『回避』や『見切り』、『感知』と言った類いのモノばかりに偏る事となり、攻撃に必要なスキルが少ないか、もしくは皆無に近しい状態に在ると見た!
そうでなれば、先程の私の一撃を回避しながらも、カウンターを決める絶好のタイミングを逃すハズが無い!」
「………………」
「はっ!ここまで言われて無言を貫くとは、やはり図星と見える!
今回の決闘を受けたのとて、自身の攻撃力の無さを解決する為に、私にわざと攻撃を仕掛けさせ続けてスタミナ切れを狙い、降参させようと企んでいたのであろうが、そうは行かん!
狙いのバレている企みなんぞに、引っ掛かってやる程私は甘くも愚かでも無いと言う事を、彼女に証明せねばならないのだからな!!」
見当違いも甚だしい推理を、自信満々にアスランが披露して見せる。
己の力量と技術に自信があったからこその推測だったのだろうが、実際の処としては大外れも大外れ、欠片も掠ってすらいない様な大暴投であったのだが、彼にとってはそれこそが『紛れもない真実』であった為に、確信を持ってそう言い放っていた。
…………流石に、アレスの実情と実力とを理解している『追放者達』のセレンを除いた他の四人は、それぞれで視線を逸したり口元を抑えたりして笑いを堪えるのに精一杯であった。
が、他の見物人達からすれば、多少なりとも説得力を持っている説を唱えている本人が自信有り気にしている事と、当の本人であるアレスが反論せずにいる事から、さもソレが真実であるかの様に受け取られ、アレスへと向けて放たれる野次の勢いが増し、相対的にアスランへと向けられる声援も大きく強くなって行く。
それらに背中を押される様な形にて、再び得物を手にアレスへと目掛けて飛びかかるアスラン。
今度は、一撃で決めに行く訳では無く、間断無く連続して刃を振るう事で回避能力を飽和させる作戦に切り替えた様子であった。
その行動に、更に沸き立つ周囲。
周りを完全に味方に付けたと思ったアスランは、更に連撃の手数を増やさんと、攻撃を続行しながら術式構築を開始する。
地味ながらも、高い集中力を必須とする高等技能に、更に周囲が沸き立って行き、空気と雰囲気のボルテージは最高潮へと到達する。
が、流石に呪文の詠唱短縮や詠唱破棄までは至っていなかったらしく、連撃の合間合間に呼吸を整えると同時に詠唱を進める形となってしまい、若干ながらも攻撃の手が緩む事となってしまう。
「『光よ』はっ……!『大いなる光よ』ふっ……!『我が手に宿りて敵を討ち』……『灼き貫く槍と化せ!』喰らえっ!
『眩いや……』「もう、良いや」ぶべっ!?!?」
故に、と言う訳でも無いのだろうが、発動の瞬間には更に集中力が目の前のアレスから逸れる事となってしまい、勝利を確信していたらしい笑みを浮かべた整った顔へと、呆れの声と共にアレスの拳が叩き込まれる事となってしまうのであった……。
もうちょっと主人公の二つ名にツッコミが入るかと思っていたのに全然触れられなかった件(・・?