『追放者達』、巨人の軍勢と接敵する
要塞の最上部よりもなお高い、物見の塔の上。
周囲の警戒と共に、接近して来たのなら真っ先に見える様にする為に、と作られていたソレから周囲を見張っていた当番の兵士が、侵攻して来る巨人の軍勢の姿を最初に目撃する事となった。
しかし、ソレに対して特に興奮した様子も見せずに、司令部へと発見と接敵の報告を兵士達は送って行く。
弛まぬ訓練と精鋭と呼ばれる程に鍛え上げられた実力故の自信から来る鋼の精神力、といえばその通りではあるのだろうが、単純に知っていたが為の反応である。
別段、その兵士達が裏切っている内通者の類いである、と言う訳では無い。
ただ単に、大分前から地震もかくや、との勢いにて地揺れがしているのと、巨大過ぎる足音が要塞にまで響いている為に、否応無しに接近を予め把握出来てしまっていたので、地形の向こう側から巨大なハゲ頭が見えたとしても特別驚く事は無く寧ろ、漸く来やがったか、と半ば連中の行軍速度の遅さを揶揄する様な呟きすら出てくる程度には、状況に慣れてしまっていた様子であった。
当然、ソレは見張りに付いていた兵士達だけに限った事では無い。
報告の届けられた司令部も、今でこそ落ち着きを取り戻してはいるが、事が起きだした時には見事なまでの『パニック』に陥り、文字通りに右往左往する羽目になってしまっていたりする。
が、そこは自ら先鋒へと志願した者達。
最初こそ、アレス達へと縋る様な勢いにて混乱していた彼らも、時間が経って情報が出始める頃にはそれぞれで己を取り戻しており、落ち着いた頃には多少の気恥ずかしさを誤魔化しながら、物見の兵士達からの報告を持っている状態となっていたのだ。
受け取った報告のメモ書きを、流し読みするアレス。
そこに書かれていた事は、先に放った決死の任務を帯びていた斥候達が集めて来てくれていたモノとほぼ同じモノであり、当日いきなり叩き付けられるモノとしては、些か衝撃的なモノが書かれていた。
「…………遠目に見えた限りでも、整列して行進し、身の丈にあった武具を纏い、頭数も百は下らない、か。
おまけに、全員が同じ武装では無く、行列の位置によって武装が異なる為に、兵科すらも分けられている可能性が高い、ねぇ。
うん、分かっていた事ではあったけど、やっぱり結構絶望的だね。
今からでも、逃げられたりしないかな?」
読み上げたアレスが、多少戯けた様子を見せながらそう嘯いて見せる。
見知らぬ者が放ったのであれば、士気はガタ落ちし即座に攻撃されるであろう噴飯物のセリフであったが、既にある程度の交流が図られた後であり、かつ彼の人となりに触れている者達ばかりであったこの場に於いて、ソレを心からの言葉である、と認識する者は一人として存在はしていなかった。
しかし、現実的な問題として、未だに地面を揺らし続ける木偶の坊共をどうにかしないとならない、というのは、まだ解決せずに残されている。
既に得られていた情報を元に、どうにかする算段を着けてはいたが、あくまでも『算段』に過ぎない為に、絶対に通用する、とは言い切れないのが現状のもどかしさでもあった。
そうこうしている内に、唐突に地揺れと地鳴りが徐々に収まって来るのが感じられる。
何事か、と思っていると、然程しない内に両方共に完全に止み、ソレから少しして物見の兵士が、今度は先程とは打って変わって慌てた様子にて司令部へと駆け込んで来た。
「ほ、報告します!
現在、敵勢力は遠方にて戦列を一時停止し、その内から一体の一際大きな個体がこちらへと向かって来ております!
様子から、単騎による特攻、では無く、戦前の口上が、もしくは開戦の使者、の様なモノかも思われます!
どうか、対処を!!」
よし、ぶち殺せ!
そう、半ば反射で言葉が口から飛び出しそうになったのを必死に抑えたアレスは、咳払いでどうにか挙動不審な様子を誤魔化して行く。
…………しかし、本当に危ない事になる所であった、とアレスは内心で一人溢す。
これが、単純な『魔物を討伐する依頼』であればそのままノコノコ出て来た阿呆な獲物を狩るだけで済むのだが、今回はそうでは無い。
これは、戦争なのだ。
であれば、ある程度の大まかなルールとなるモノも煩雑ながら自ずと敷かれる事になるし、ソレを破ってしまっては互いに泥沼の潰し合いしか残らない事になってしまう。
そして、この手のルールとして、使者には手を出さない、と言うモノが在る。
突出してきた個体が、功に逸った間抜けであるか、それとも命令を無視して吶喊を仕掛けて来た勇者かであるのならば、そのまま討ち取ってやるのが互いに取っても最上の結果となるのだろうが、コレが何らかの使者であり、その要件を伝えられるよりも先に手を出した、となれば、流石に少々では無いレベルで外聞が悪過ぎる。
更に言うのなら、味方の士気もあまりよろしくはならないだろう。
何せ、自分達の指揮官は勝つ為ならば何でもやるヤツだ、と認識されかねないのだ。
下手をすれば、自分達が巻き添えになる様な作戦を、平気で実行する、とか思われる事になる可能性も在る。
そうなってしまえば、指揮伝達なんて夢のまた夢であるし、勝利の為の命令であったとしても、信頼が無ければ命の危機を前にして兵士達は従う事は当然として、奮い立つ事も出来ないだろうからだ。
が、もしコレが使者の類いで無かった場合、放置するのはそれはソレで不味い事になる。
何せ、ここは『要塞』と銘打っているし、実際の強度としてもかなりのモノである、とは保障出来るが、構造としては即席のモノに近い為に、流石にジャイアント種の魔物に近接して取り付かれ、好き勝手に殴られてもビクともせずに耐え切れる、と断言出来る程に頑強さを確保出来ているとは言い難いからだ。
故に、アレスは指示を出す。
取り敢えず近付いて来るまで手出しはしないが、事前に構築しておいた『戦場予定地』に入られる寸前になったら攻撃を開始しろ、と。
これにより、様々な意味合いにて予防線が張られる事となる。
万が一使者であった場合も、そこで止まればそれで良し、そうでなく無防備に近付いて来るのならば、そのまま討ち取ってしまうのみ。
それに、根本的な話として、使者であるならばそうと分かる様にして来るハズだ。
旗を立てるなり、得物を見える距離で放棄してみたり、といった、誰が見てもそうとしか思えない行為をしていないのであれば、流石に『そう』だと判断するのは難しく、そうした工夫をしなかった相手側の過失となるから判断としては最上のモノと言えるだろう。
…………と、一通り指揮官としての判断を下してみたものの、それらは例の副官が提示してくれたモノと、齎された知識を合わせて判断したモノとなる。
故に、アレスとしては一から自分で考え、判断した訳でも無いしなぁ、との思いが無いでも無かったが、仲間達も例の報告の際に反射で撃滅の指示を飛ばそうとしていた事が見えていた為に、まぁ間違ってはいないだろう、と一人頷いていると、それまで続いていた地響きが唐突に止み、それと同時に要塞の内部に居ても鼓膜を揺さぶられる程の大音量にて、外からの呼び掛けがなされるのであった……。
「我こそは、この『巨神兵団』を率いるスルト=ムスペルヘイムである!
開戦の使者として、こちらへと赴いた!
そちらの大将も、応じて顔を見せる事を要求する!!」