『追放者達』、軍議に混ざる
自称『高位貴族』達が退出してから、話はスムーズに流れて行った。
結果から言えば、大まかな段取りとして、先鋒を立候補した戦士達に任せ、その先鋒の指揮はアレス達が取り、適宜本人達も前線へと赴く、といったモノとなった。
彼らは、一部隊として戦略に落とし込み、運用するには戦力が突出し過ぎている。
あくまでも、軍として戦力を運用する場合、ある程度は均一な部隊でないと戦略が立て難いと言うのは、何処の世界でも同じ悩みと言えるかも知れない。
しかし、彼らを決戦用の戦力、として後方にて温存させておくのも、また勿体無さすぎる。
一人一人の戦力は、それこそ兵士とでは比べ物にならないレベルであり、バラバラに運用するのであれば、それぞれで特殊な立ち回りを要求する事となるであろうが、一応それなりに有用そうな見通しも立ってはいた。
だが、それだといざという時に動きが取りづらい。
彼らが相手にするべき、と全員一致で意見が揃った、と言うよりもアレス達でなければそもそも相手に出来ないだろう、と思われる、敵将たるスルトが前へと出て来た際に、各方面にて散ってしまっていては、再集結するまでにどれだけの時間と戦力の摩耗が起きるのかも分からないし、性格的にも無いとは思われるが、各個撃破を狙われる可能性も無い訳では無かったからだ。
故に、アレス達は先鋒へと大まかな指示を出しつつ、彼らと共に敵陣へと斬り込んで行く指揮官として任命される形となった。
勿論、細かい指揮は指揮官補佐、として付く専門家の者達が執る事になっているので、彼らが不得手で未経験な事を強要される事態にはならないし、彼らの主目的である『スルトの撃破』だけで無く、敵方の主力級個体を発見し次第撃破に向かう、と言うのも彼らに与えられた仕事の一つ、と言う事になっていた。
そうしてアレス達のポジションが確定するのと同時進行にて、実際に戦闘が行われるであろう場所の選定や、日時までに揃えられる戦力の推定もなされて行く。
そう、アレス達が見せられた紙面には書かれていなかったが、スルトから送られて来た書状は他にも存在し、具体的な日時と進行予定のルートが認められていたモノも在ったのだとか。
流石というか、何と言うか。
一応、過去に接触した事の在るアレス達、正確に言えばヒギンズ、ガリアン、セレンの三人となるが、彼らから聞き及んだ限りの性格と立ち振る舞いから、そういう正々堂々とした事をしそうだ、と思うアレス達。
それと同時に。
抵抗するのならすれば良い、が、それらの無駄な抵抗は我々が真正面から踏み潰して蹂躙してやるから覚悟を決めておけ。
そういった、傲慢さを隠そうともしない、一方的な宣言。
両極端なまでの二面性すら感じられるその振る舞いに、やはり魔族との相互理解は無理そうだ、とアレス達は現実を再確認する事となったのだった。
尤も、それはアレス達に限った事では無く。
律儀に相手から伝えられて来たそれらを耳にしたアレス達が、微妙そうな顔をしたオブシダン王へと問われる事に。
顔に出ていた事を反省しながらも、一度は士気に関わる事だから、と断りを入れた彼らにそれでも気になったのなら、と促されて説明する羽目に。
結果は、ご察し、としか言いようが無いモノとなっていたが、士気の方は不思議と思っていた程に落ち込む様な事にはならず、寧ろ一部に関しては上がる様子を見せている程であった。
一応は同じ言葉を話し、感情や立場を理解出来ていながらも、ソレを尊重する事無く踏み躙るのを当然としている存在。
そんなモノが相手なのだと分かったのだから、分かってしまったのだからもっと怖じ気付くモノでは無いのだろうか?と不思議そうに首を傾げる羽目になったアレスであったが、そんな存在を前にして一度は撃退出来た冒険者達が味方なのだからどうにでもなる!と認識されたらしい、と漏れ聞こえた会話から判断したらしく、それはそれで、とまた微妙そうな顔をする羽目になるのであった。
「…………まぁ、それはそうとして、取り敢えず連中が律儀に教えてくれてた通りに進んでくると仮定して、陣を敷いたり派手に戦闘したりしても影響が最小限になりそうなのが……?
この地図の、この辺り、って事でよろしいか?」
「うむ、そうなるな。
因みに、ここの除けばほぼ他は無いと言える。
一応、派手に暴れられて他に影響が少ない、と言う程度で探すのならば他にもいくつか候補は出せるが、そのどれもが向こうの提示したルートからは外れているからな。
恐らくは、向こう側としてもここで一当てするつもりでいたのであろうよ」
気を取り直して地図を覗き込んだアレスの声に、彼の隣に入り込んでいた人影が応える。
元々、謁見の間としてテーブルの類いは一切無かった部屋の中へと、急遽運び込まれたそこに広げられているのは文字通りの『詳細な地図』であり、基本的には他国人には勿論の事として、余程の地位の在る者か、もしくは余程の事態にならない限りは基本的に誰にも開示される事は無い様な代物であった。
当然、機密の塊、と評する事の出来るモノ。
欠片でも情報を外に漏らせば死んでも仕留める気概で襲ってくる襲撃者に一生狙われる羽目になるが、欲する所ではその欠片であったとしても巨万の富を右から左へと渡して来る程度には、価値の在るモノでもあった。
ソレを、真上から覗き込むアレスの隣で、短い指でそこかしこを指しながら解説する小柄な影。
髭を伸ばし、顔にシワの類いが浮かんでいる事からも、確実に中年期以降であろうその小人族は、アレスの補佐として付けられた実質的な指揮官であり、本来の役職としては軍師等に当たるらしいのだが、そんな彼は機密であろうと無かろうと、惜しみ無く開示しながらアレスへと展開可能な作戦を提示して行く。
「ここの丘であれば、通常であれば回り込みに最適なのですが、今回の相手は背丈が高過ぎるので、必然的に視界も広く、恐らくは行程の半分も行かない内に見付かる羽目になるかと。
伏兵を置くのであれば、こちらの林か、そちらの谷になりそうですね」
「でも、それだとちょっと危ういのでは?
この林の密度がどれ程かは見たこと無いから分からないけど、林程度なら上から見たら見えそうだし、こっちの谷に隠れて、って事ならちょっと距離が有り過ぎるんじゃないかな?
伏せさせるにしても、見付からないか時間が掛かり過ぎるか、の二択だったら、ぶっちゃけ敵方に早く遠くから見付かる関係上、置かずに通常の部隊として運用した方が良いでは?」
「では、その様に。
しかし、それだと真正面からぶつかり合うのみになってしまいますし、何かしらこちらから仕掛けた方がよろしいか、とは思いますが」
「なら身の軽い工兵とかを先に派遣して、何かしら仕掛けでも作っておけば良いんじゃないか?
まぁ、どうせその程度の事なんて、疾うの昔にやってるだろうけど、孤児上がりの俺のオツムだとこれ以上の作戦案は出せないからな。
これ以上は期待しないでくれい」
「いえ、十二分です。
実際、私に任せられるよりも前は、罠無し、林と谷に伏兵、正面は薄めで時間稼ぎ、といった様な陣形になる予定だった様ですからな。
それだけ現実的な案を出して頂けるのでしたら、もうそれだけでも『御の字』なのですよ」
そう言って、軍師のおじさんは肩を竦める。
口元はヒゲに覆われていて見難かったが、皮肉そうに歪められた口端は上向いており、かつての自分のポジションに居た者の無能さと、ソレに舐めさせられていた塗炭の苦みを思い出して込み上げるモノが在ったのか、手にしていた駒を荒々しく盤面へと変わっていた地図へと振り下ろして行くのであった……。