暗殺者、決闘する
酒場にてアレスが投げ付けられた手袋を拾ってから数時間の後。
彼の姿は、冒険者ギルドアルゴー支部に併設されている訓練所の真ん中に存在していた。
一応、決闘自体は国に認められた権利であり、立ち会う両者の承諾さえ在れば何処で行っても良い、とされてはいる。
が、だからと言って通りのど真ん中にて破滅的な戦力を持つ冒険者同士が斬り合いをした場合、下手をすれば周囲が更地に変えられてしまう、と言う事態になりかねない。
なので、原則として冒険者が決闘を行う際には、ギルドが管理・確保している場所にて行う、と言うのが通例となっている。
尤も、そう言った煩わしい諸々を厭ってわざと外壁の外に出たり、魔物が現れたりする様な場所にて行う者も少なくは無いので、ギルドが決闘に口出ししてくるもう一つの理由である『高位冒険者の数と所在の把握』が滞る原因の上位に食い込んでしまっているのはここだけの話だ。
そんな訳で、仲間である『追放者達』のメンバー達と共にギルドへと移動し、決闘が開始されるのを待っているアレスなのだが、彼に対して周囲から冷めた様な視線を大量に向けられる事となっていた。
何せ、元々訓練所として使われてもいる場所なだけはあり、人も多く居た最中での決闘云々であったが為に見物人として観戦する気満々な者も多く、賭けすら始まりそうな雰囲気となっているが、アレスへと向けられている視線の大半からは『自業自得だな』と言った愚か者を見下す様な感情が見えている。
…………本来、『Sランク』冒険者とそうでない冒険者とでは、天と地程も戦力に差が出るモノであり、余程相性が良い相手(例えば支援特化(S)とゴリゴリの前衛(A)のマッチング等々)でなければ基本的に勝つ以前に戦いになるかどうかすら危うい。
なので本来ならば『絶対に勝てないSランクに喧嘩を売った馬鹿』を見る目がアスランへと向けられるべき場面であるのだが、ここでアレスの残り続けている風評と、アスラン自身は最近昇り調子であった冒険者である、と言う事実が事態をややこしくしていたりする。
それは即ち、『自身の実力も無いのに組んだ相手の力で分不相応に成り上がった運の良いだけの雑魚』と『高い実力を持つ新進気鋭な売り出し中の若手実力者』との戦いとなる、と周囲からは見なされているのだ。
流石にソレには、自身に関する噂については把握していたアレスも苦笑いを浮かべざるを得なくなったが、それこそが事実である、と認識されてしまっている以上、やはり『常識』としてはそうなってしまう、と言う事なのだろう。
流石に、ソレは冒険者ギルドの方も認識はしているもののアレスの実力と実績は理解しているらしく、決闘の見届人かつ審判として派遣されて来ている職員は、何処か愚か者を見る様な視線をアスランの方へと向けていた。
そんな、当の本人を除いた周囲の反応を、こちらは確実に愚か者を見る視線を向けているセレンを除いた『追放者達』のメンバー達。
アレスの実力を察する事が出来ていないのもそうだが、何故かアレスと相対しているのがアスラン一人では無く『華麗なる猟兵』のメンバー約十名程であり、ソレを誰一人として『不自然な事』として指摘しようとすらしていない事に不信感を通り越して呆れの感情すら抱くに至っている程である。
「……………取り敢えず、聞いておくけど、コレはどう言ったつもりなんだい?
オジサン、何処からどう見ても『尋常な決闘』ってヤツになっている様には、とても見えないんだけどねぇ……」
「何を言っておられる?槍聖殿。
これから我らが相手にするのは、肩書だけとは言え『Sランク』の持ち主なのですよ?
本来、その地位に就けるだけの力量を持っているのならば、まず『Bランク』の私程度では一人で相対する事すら難しい相手なのですから、この程度の事は丁度の良いハンデとして笑って流して頂かないと。
…………それとも、よもや『Sランク』にまで至った者が、その程度の余裕すらも見せられないとは言いますまいな?」
「…………まぁ、リーダー本人が特別不満そうにしていないからオジサンからはこれ以上とやかく言うつもりは無いけど、君らは本当にそれで良いんだね?
それで、本当にセレンちゃんが手に入ると思っているのなら、そうすれば良いさ…………出来れば、の話になるけど、ねぇ……」
「ふっ、何を言っておられるかは知りませんが、そもそもこの状況を承諾したのはあちらですよ?
何せ、私が告げた『当事者』と言う単語に反応もせず、訂正の機会も生かさずにいたのですから、自業自得と言うモノでしょう。
それと、ご安心を。私の仲間たる『華麗なる猟兵』のメンバー達はあくまでも『控え』です。
これ程の民衆の前で、万が一にも『未来のSランク』が醜態になりかねない集団リンチなんて、するハズも無いでしょうが、ね」
最後の返答の代わりに肩を竦めて見せるヒギンズに、意味深なつもりなのであろう言葉を以て返したアスランが、チラリとセレンへと視線を向ける。
するとそこでは、少し前までの『雌の顔』全開であった状態から一変して表情の削ぎ落とされた様な真顔となり、アスランへと視線を向けていたらしいセレンのソレと、結果的に両者の視線が絡み合う事となり、やはり自分は聖女本人から求められているのだ、と自己陶酔を強めたアスランは満足そうにしながら、特にやることも無さそうに佇んでいたアレスの方へと向き直って行く。
特に準備運動に費やす事も無く、それでいて周囲から向けられる蔑視や無謀さを嗤う声に反応するでも無く、ただただ指定されている範囲の内側に立っているだけのその姿。
聞き及んでいる限りの実力と、実際に相対して感じる力量からしても、確実に自身が勝つ、と確信していたハズのアスランの背筋に、何故か冷たいモノが伝い降りて行く様な錯覚を覚えると同時に、彼の内心へとその佇まいを見ているだけで言い知れない不安を感じている様な心持ちになってくる。
しかし、ソレは本来有り得てはならない感情と反応。
このアルゴーでかつて無能と誹られ、そして事実力を認められる事の無かった冒険者が、今登り調子だと評判の自分達に最も足りない『力』と『地位』とを持っている聖女を伴ってわざわざ舞い戻って来た、と耳にした瞬間から、ソレを力ずくにでも奪い取り、栄光の階段を駆け上る事こそが彼の望みであり未来計画なのだ。
その前段階に過ぎない、ただの雑魚である邪魔者を排除するだけの事に、躓いてはいられない。
何よりも、貴い血筋を持つ自らの伴侶としても相応しく、何より自身がその圧倒的な美貌に一目惚れしてしまっている聖女本人が、彼に対して望んでくれているのだから、絶対に失敗するハズが無い事を、恙無く終わらせるだけの話でしか無いのだから。
そう自らに言い聞かせ、先程の感覚は錯覚だ、と予感を振り捨てたアスランは、チラリと仲間である『華麗なる猟兵』のメンバーへと視線を向けてから、審判であるギルド職員へと合図を送る。
すると、彼の背後を見ても苦い顔しかしていなかった審判は、アレスが止める事無く開始を促す手振りを見せた事により、何かを諦めた様な溜め息を吐きながら両者に向けて確認の言葉を放つ。
「では、これより『Sランク』『巧妙なる暗殺者』アレスと『Bランク』『華麗なる猟兵』リーダーを務めるアスラン・オレイス=ケルゲレンとの決闘を始める。
今回は、両者のランク差と、参加者当人であるアレスが認めた事により、特例として『華麗なる猟兵』は全員での参加が認められている。
そして、今回の決闘により、アスランが勝った場合には『追放者達』から『聖女』セレンを移籍させる権利を、アレスが勝った場合にはアスランから『最も大事なモノ』を、それぞれが相手に与える事となる。
両者、この条件に相違は無いな?」
「あぁ、それで間違ってはいないな」
「勿論、それで良いとも!
さぁ、私の華麗なる活躍で、彼女を魅了しなくてはならないのだから、早く始めてくれたまえ!」
「…………よろしい。
では、この決闘が降参も認められているモノである、と言うルールを忘れずに、挑む様に!
両者、尋常に立ち会って、勝負!」
そうして、審判が掲げていた腕が宣言と共に振り下ろされる事により、アレスとアスラン達との決闘の火蓋が落ちるのであった……。
地味に主人公に二つ名が……(笑)