『追放者達』、頭を抱える
『我、魔王陛下に仕えし将の一つ、スルト=ムスペルヘイムなり。
これより、貴様らの国を完膚無きまでに破壊し、滅ぼさんとする者なり。
抵抗せよ、さもなくば貴様らの在った痕跡、その一つもこの地に残る事は無いと知れ』
太く、大きく、それでいて書き慣れていなかったのであろう、乱雑な筆跡。
何かしらの血液をベースに作られたのであろう赤黒いインクによって記されたソレに、加えられている名前は、アレス達にとって身に覚えが有り過ぎるモノとなっていた。
「…………?…………!?」
思わず、無言のままで二度見するアレス。
その後、目頭を揉み、あたかも『目の疲れから来る幻覚』だと言わんばかりの様子にて再び視線を向け、一縷の望みに賭ける形で三度見を慣行する。
…………だが、願い虚しくその文面に一切の変化は無く、寧ろ事実として確定してしまう事となる。
それにより、今度は頭痛を感じ始めたらしく、こめかみから額に掛けて片手で覆い、揉み解す様にしながら仲間達へと声を掛けて行く。
「………………なぁ、どうにも、今日は調子が悪いみたいだ。
最悪の事態が、何でか自分から俺達の方に突っ込んで来る、って幻覚が見えるんだ。
これは、アレか?
昨日、ノリで食ってみたキノコの毒が、今になって効いてきた感じかね?」
「…………案ずるな、リーダー。
当方にも、その幻覚はバッチリ見えているのであるよ。
流石に、何処の何、とも知れないキノコと酒のチャンポンは不味かった様子であるな。
当方も、二日酔いとは別の頭痛がし始めたが故に、ここは何も見なかった事にして宿に戻るとするのであるよ」
「そうですね。
私にも、何故か幻覚が見えている気がするので、ここは宿に戻ってアレス様の人肌で互いを温めあって毒を抜くのがよろしいかと思います。
ついでに、そろそろここでの滞在も切り上げて他所に移る事も考えてみてはどうでしょう?」
「そうね!それが良さそうね!
アタシも、なんだが頭痛がする気がするから、ここはそれぞれのパートナーでしっぽりと愉しんでから、いい加減移動する事にするわよ!
オルグには悪いけど、何時までも呼ばない向こうが悪いんだし、ね!そうよね!?」
「………………あの、流石に、他の方々が注目している時に、大声でする会話では無い、と思うのですよ?
パートナーとの戯れ云々に関しては、ボクとしても吝かでは無いのですが、ちょっとタイミングが悪いと言うか、その前に片付けないと不味い問題が在ると言うか……」
「まぁ、アレだよリーダー。
現実逃避したくなる気持ちは分かるし、実際急にこんな事言われたらトンズラして恋人とイチャイチャしたくなるのも、オジサンも男だから理解出来るよ?
でも、流石にコレはちょ〜っと無理じゃないかなぁ?
だって、オジサン達が断ったら、多分この国無くなっちゃうよ?ほぼ確実に、ねぇ?」
「んなの分かってるよ!?
てかなんでだよ!?
こういう面倒で死にそうなのが嫌だったから、時期と勇者サマ(笑)に託つけてトンズラしてきたって言うのに、向かう先々で遭遇する羽目になるんだよ!?
アレか?このメンバーの内の誰かが、何かしらの呪いでも受けてるっていうのか!?!?」
半ば発狂した様なアレスの言葉を皮切りに、それぞれの様子にて頭を抱える『追放者達』のメンバー一同。
どうか幻覚の類いであって欲しかった、と願っていた者達からは悲哀が、そうでは無かった者達からは激戦の予感に苦笑している様子が見て取れたが、その中で最も悲嘆にくれている、と言えたのはやはり人目も憚らずに床へと膝を突いて慟哭しているアレスと、その肩を撫でて宥めているセレンの二人であろうか。
そんな彼らを、様々な感情の入り混じった視線にて眺める周囲の貴族達。
本当に役に立つのか?と訝しみ、値踏みする視線や、この程度で嘆きにくれるなぞ!と謎の憤慨を滲ませる視線、『Sランク冒険者』と言えども大した事は無い、寧ろ我々の方が上なのは間違い無い、と何故か見下す視線に加え、若干ではあったが彼らを労り、心配する様な視線も混じってはいた。
中には視線だけでなく、実際に囀る愚か者もそれなりに。
どうやら、彼らとしてはアレス達が依頼を断る、と言う選択肢を持っている事に気が付いていないのか、はたまた最初からその選択肢の存在を無視しているのかは不明だが、彼らをどう使うのか、しか頭に無い様子である。
中には、未だに戦ってすらいないのに、勝った後の事をニヤニヤしながら話している者も居る始末。
しかも、その中にはアレス達のその後の扱いも混じっており、下卑た視線と言葉により、女性陣を自分達に差し出させるのは当然として、これまでに得たであろう数々の財宝や珍品を差し出させる為にどう難癖を付けるのか、すらも話し合っている様子であった。
それらの言葉が、特に聴力を強化している訳でも無い状態にも関わらず、彼らの耳へと飛び込んで来る。
そんな状況に、本心から嘆いていたのは間違い無いが、故意的にかなり大袈裟に騒いで見せたアレスとしては願ったり叶ったりの状況になってきた、との思いと共に、フツフツと怒りの感情が湧き上がって来たのであった。
…………コイツラは、一体何を根拠に騒いでやがるのだろうか?
国王がこうして呼び出した、と言う事は、確実に自分達が参戦しないとスルトによる国土蹂躙が避けられない事実となる、と判断される程度には、保有戦力に自信がないと言う事では無いのか?
ソレを、外部からの助っ人にして、救いの目である俺達を嘲笑い、見下す?
確実に、助けて欲しいです、と懇願するべき立場に居る連中のする事では無いし、して良い事でも無いよなぁ??
半ば、現状況を引き出す為に一芝居打った様なモノである。
が、国の危機に対してここまで意識が低いとなれば、最早抵抗なんて出来るハズも無いだろう。
本当は違うかも知れないが、彼らは知っている。
意識の統一が出来ていないのならば勝手をする者が必ず現れ、勝手をする者が現れれば戦線は乱れ、戦力は千々に分散して運用され、結果的にはどれだけ優位であったとしても呆気なく敗れる事になるであろう、と。
そうして、アレス達が刹那の見切りを付けようとしていた正にその時。
それまで、場を宥める訳でも、アレス達へと釈明をするでも無く黙りを決め込んでいた王が、彼らを嘲っていた周囲の貴族へと向けて声を放った。
「…………ほう?
それは、中々に勇ましい事であるな?
大いに結構!
では、国を挙げての総力戦は、この『ハーフバギンズ』が残るかどうかの大戦の最先鋒はそこなゲイロンド卿に任せるとしようか!」
「「「「「………………は?」」」」」
「確か、貴卿は己の武勇を、彼ら『Sランク冒険者』を超えたモノである、とこの謁見の場で高らかに謳ったハズであろう?
なれば、その貴卿を最先鋒に置き、いの一番に突撃を掛け、敵の数を減らして貰うのが最も良い戦術である、と言えるであろう?」
「…………お、王よ!?
何を、馬鹿な事を!?
その様な事をしてしまえば、我が身が無事ではいられないのは明白ではないか!?
貴方は、私に死ねと言われるつもりか!?」
「…………?何故、であるかな?
貴卿は、自ら口にしていたハズであろう?
彼ら『程度』であれば、自身の武勇は既に超えているのは間違い無いだろう、と。
なれば、この国難に対し、藁にも縋る想いにて、断腸の行いにてこうして呼び立てる事になってしまった彼らに頼るよりも、内々にて処理できるのであればそれに越した事はあるまいし、その様な荒っぽい傭兵をされたとしても、無事に帰って来る事は難しくはあるまいよ。
…………それとも、よもやそなた、自らの武勇を誇張し、剰えこうして余が直々に助力を頼み込んで協力してして頂こうとしている彼らを、何の根拠も無いままに見下し、貶めようとしていた、等と抜かしよるつもりではあるまいな?
そこなゲイロンド卿と同じ様に囀っていた、コーマック伯とアビエシェフ候も、同じ事を言い訳とするつもりは、よもや有りはせぬであろうな?」
小さな身体にて眼光鋭くギロリと睨み付けた王の視線により、それまで自分勝手に囀っていた宮廷雀達は押し黙り、既に言質を取られてしまった主たる者達は、顔色を青褪めさせてただただ震える事となるのであった……。