『追放者達』、巻き込まれる
国境の関所を守っていたオルグを連れて小人国『ハーフバギンズ』の首都である『ピグマリオン』へとやって来たアレス達『追放者達』は、数日前に護衛輸送の依頼を終わらせて以来、『ピグマリオン』への滞在を続けていた。
そして、その数日が経ったのち、何故か彼らの姿はこの国の王宮へと移動していた。
…………何故、この様な事になっているのか?
それは、全く以て心当たりが無く、かつオルグから届いた手紙にあった通りの場所にて待機していたら唐突にこの場所へと連れて来られた、アレス達全員が共通して思っていた事であったが、その場にその答えを知る物は無く、あれよあれよと言う間に立派な扉の前へと連れてこられる羽目になってしまっていた。
あからさまに特別感を醸し出す扉。
ソレを前にしてアレスは改めて周囲を見回して少しでも情報を得ようとする。
…………が、それも、多くの事を知り得た訳では無い。
精々、彼らへと視線を注いでいる衛兵達の練度の高さと、向けて来ている視線に縋る様な色が見られない、と言う程度の事。
それらを総合的に勘案すると、こうして呼び出された以上は急用なのだろうが、別段その内容が差し迫っていたりする訳では無い事。
また、衛兵達は緊張感は持っているものの、絶望的な状況が近付いている、といった雰囲気は感じられない事からも、少なくとも最早隠蔽の類いが欠片も出来ない様な段階へと至っている、と言う訳では無さそうな点は、多少安心感を持つ事が出来るポイントと呼べるかもしれない。
なんて事をつらつらと考えていると、彼らの入室を告げる声が扉に控える衛兵から発せられる。
当然の様に小人族である衛兵の喉から発せられた、とは思えない様な声量に、思わず驚かされる事となったが、既に入室を促されている以上あまりそうしていては不審がられるから、と取り敢えず前へと歩み出て、開かれた扉を潜って敷かれた絨毯の上を進んで行く。
その先には、当然の様に謁見の間が広がっており、その奥には玉座に座る王と思わしき人物。
当然の様に、その付近に彼らと顔見知りの人物が分かりやすく立っていてくれるのならば話も早かったのだろうが、特にそういった者も見えなかった為に、部屋の半ばまで進んでから立ち止まると、意図的に跪く事無くその場で棒立ちとなる。
これには、中央を囲む形で展開していたらしい、貴族と思われる面々からざわめきが発せられる事となるが、敢えてメンバー全員がソレを無視して膝を折らずに立ったままで佇む。
とは言え、これもある意味当然の対応。
何せ、彼らはその実力にて冒険者ギルドが展開している国に於いては貴族と同等の権限すら持つ最上位の冒険者である『Sランク』の冒険者である。
ソレを、予告も無しに呼び付けておいて、その上で膝を折って頭を垂れる、と要求する事は即ち、人外の域に在る彼らに対して真っ向から喧嘩を売り付ける事になる上に、下手をしなくとも冒険者ギルドその物を敵に回しかねない所業と取られかねない行為である、と言えてしまう訳だ。
であれば、この場では対等に扱うのならばギルドを通しての抗議はしない、と彼らはその振る舞いにて告げている事になる。
その意味を汲んでか、王と思わしき人物の隣にいた宰相の類いと思われる老人(でも小人族なのでやはり小さい)は、多少眉を潜める事となったが特に咎める事も無く、また王本人もそれらに言及する事無しに、アレス達へと向けて言葉を放って行く。
「…………先ず、貴殿らに感謝を。
初対面がこの様な呼び付ける形となってしまった事に申し訳無く思うが、事は急を要するが故に許して欲しい」
「許して欲しい、と言われるのなら、呼び出した理由をお聞かせ願いたい。
どうせ、我々に付いては多少なりとも調べられているのでしょう?
でしたら、自己紹介は後にして、その火急の事態、とやらの説明を願いたいモノですな」
「うむ、それこそ然り。
現在、一刻は黄金に匹敵する程に貴重なモノであり、それと同等に危機は迫りつつあるのが現状である。
では、コレを見て欲しい」
王からの謝罪と共に始まった異例の謁見は、遥かに下の身分のハズのアレスによる返答と要求、との形で更に異例を更新しながら進められる事となった。
が、王本人がソレを咎める事も無く、寧ろ迂遠なやり取りにて時間を取られる事こそが致命的である、との見解を持ち出した事により、周囲は異を唱える事も出来ず、王からの指示によってアレス達の元へと『とある物品』が運ばれて行くのを忌々しげに眺める事しか出来ずにいた。
「…………コレは、一体?」
運ばれて来たモノを見たアレスは、胡乱げな視線を向けながら問いを放つ。
とは言え、それを咎められる者は、世界広しと言えどもそこまで多くは無いだろう、と言える。
何せ、あれだけ時間がない、と言っていた人物がわざわざ運ばせて来たモノは、パッと見た限りでは巻かれた絨毯か何か、にしか見えなかったからだ。
中央付近を紐(縄?)で括られ、丸まった状態である為に表面の柄等は見えていなかったし、材質的にも遠目には布の様に見えていた為に絨毯的な何か、と判断したが、やはり大きさ的にも間違いは無いだろう、と思われた。
訝しむ視線を、玉座に座る王へと向ける。
これが冗談の類いであり、意味もないのに呼び出された挙げ句お貴族様の『お遊び』に突き合わされた、となれば、彼らに対する侮辱に他ならないだけでなく、冒険者自体が、ひいては冒険者ギルドが軽く見られ、侮られる事となる。
別段、アレスとしては、そこまで冒険者ギルド自体には思い入れが在る訳では無い。
が、だからといって、自分達が一応は世話になっている組織が軽んじられて気分が良くなる様な精神をしている訳では無いし、彼らとしても仕事が無くなるのは今後困る事になる為に、場合によっては落とし前を付けなくてはならない為に、鋭い目付きのままで王へと続けて問い掛ける。
「…………敢えて、同じ事を聞きましょう。
コレは、一体、何ですか?
返答次第では、こちらの対応も変わる事を了承した上で、答えて貰えますか?」
「…………確かに、この状態では、我らが貴殿らを侮辱している、と取られてもおかしくは無いだろう。
だが、コレを見せる事こそが、我らの現状を正しく伝える何よりの手段であったのだ、と納得して貰いたい」
「…………あ?
言ってる意味が理解出来ないんだが?
それとも、あれか?
同じ言語を使ってると思わせて、実は全く別の言葉喋ってました、とか言うつもりかね?」
「それならば、どれだけ良かったかな」
そう言って王は一人、手振りで指示を出す。
すると、その動作に従う形にて、進み出て来た従者と思わしき小人族が置かれていた絨毯(推定)の中央の紐を引いて解き、纏められていたソレを広げて内側が見える様に傾けて来る。
『我、魔王陛下に仕えし将が一つ、スルト=ムスペルヘイム。
これより、貴様らの国を完膚無きまでに破壊し、滅ぼさんとする者なり。
抵抗せよ、さもなくば貴様らの在った痕跡、その一つもこの地に残る事は無いと知れ』
…………そう、何かの血で認められたのであろう、赤黒い筆跡が踊るソレは、絨毯等では決して無く、巨大さ故に誤認される事となった、巨人からの『手紙』であったのだった……。