『追放者達』、傀儡騎士団と決着を付ける
取り払われた霧の外装により、周囲へと射し込む様になった陽光を、刃の波濤が反射して煌めく輝きがアレス達へと殺到する。
意思も無く、温度も無い足運びと技術は一糸乱れる事は無く、同時に突き出される数十の穂先は絶死の槍衾と化しており、アレス達をしてそれ以上無防備に進めば命が無い、と判断せざるを得なくさせるだけの迫力を秘めていた。
それに対処するべく、一行との間にガリアンがインターセプトして来て盾を構える。
多数のスキルを発動させた状態の彼の防御はそう易易と抜けるモノでは無く、誘引系のスキルも併用していた結果、突き出された全ての穂先は彼が構えた盾に集中する事となり、多少のノックバックは発生したものの、見事に受け止める事に成功していた。
となれば、当然の様に後に残るのは、槍を突き出した体勢で固まる『傀儡』の群れであり、現状少しでも敵戦力を削りたい彼らがソレを見逃すハズも無く、アレスとヒギンズがガリアンの背後から飛び出して、手にしている刃を振るおうとする。
が、ゴライアスとしても、先の槍衾が受け止められるであろう事を理解していたのか、既に次の手が地響きと共に繰り出されており、槍兵達へと迫ろうとしていたアレス達の頭上へと唐突に影が掛かって行く。
視線のみをそちらへと向ければ、そこには居並ぶ巨体の群れ。
遠目には一応見えてはいたが、隊列の奥の方に居たハズの、『巨人』種の模倣品かと思わんばかりの巨躯を誇る『傀儡』の部隊が、その肩に担いでいた戦鎚を彼らへと目掛けて振り下ろして来ていたのだ。
…………流石に、そこまでサイズが大きくてはゴライアスとしても同時に制御しきれないのか、『巨人』兵の数はそこまで多くは無い。
見える範囲で、の話になるが精々が十居るかどうか程度であり、更に言えば約半数程は予備戦力としてか部隊の中程の位置にて待機している様子が見える為に、彼らへと迫っているのは実としては五にも満たない数であったが、それでもその巨体から放たれる威圧感は半端なモノでは無かったし、彼らへと迫りつつある戦鎚が秘めているであろう威力は、生半なモノでは無いのであろう事が容易に見て取る事が出来ていた。
自身の盾に匹敵する程の面積を持つ戦鎚による、人外の膂力を完全に込められた一撃を受け止める事は、流石のガリアンでも至難に等しい。
やって出来ない事では無いのだろうが、それでも確実性を取るのであれば一体が精々であり、負傷や装備の損耗等を考えなくとも二体が限度であろう、と彼は瞬時に計算する。
そんな彼の脇を、アレス、ヒギンズに続く形で一つの影が駆け抜けて行く。
その影は、止まって防御や回避を選択するよりは、と更に前へと出て槍兵型を駆逐する事を選んだアレスの元へと駆け寄り、彼を目掛けて振り下ろさんとされていた戦鎚の影へと入り込むと、その場で止まって己の得物を背後へと回し、その身に宿る筋力の全てを開放して振り下ろされた鉄塊目掛けて振り上げる!
周囲へと、金属と金属の塊が激突した様な、騒々しいまでの甲高い轟音が響き渡る。
振り下ろされた怪力と、振り上げられた剛力は数瞬の間拮抗する様子を見せていたが、僅かな時間によってその均衡も崩される事となり、巨大な質量を持ったソレは、その持ち主と共に跳ね上げられる結果となった。
当然、そんな常識の慮外に在る行為を成して見せたのは、アレスの仲間であるセレン。
彼女が自らの身体に施した『自己強化』に加え、タチアナによって掛けられた支援術によるバフ効果によってその細腕から繰り出される一撃は、当に大地を砕き海を割る程の威力を秘めており、万全の体勢を整えての迎撃であれば、例え相手が自らの数倍以上にも上る質量の持ち主であったとしても、こうして押し返して見せるだけの力を発揮する事が出来ていたのである。
押し返された巨人兵は、予め刻まれた自動的な行動として崩れた体勢を整えようと片足を後退させる。
が、それが地に付いて根が張るよりも先に無数の影がその足元へと飛び付き、取り付いて妨害するだけでなく、左右に引っ張ってその重心を崩そうとして行く。
当然の様に、周囲の槍兵型達が巨人兵を援護するべく一斉に槍を突き出して行く。
が、巨人兵へと強襲を掛けていた森林狼達が装備している鎧と彼らの分厚い筋肉と毛皮の防御に弾き返される事となり、逆に槍を奪われたり、引き倒されて四肢を捩じ切られたりして少なくない数が撃破される事となる。
そうして巨人兵の重心が崩れたのを見計らったかの様に、轟音と共に駆ける影が一つ。
巨大化し、鎧まで纏って全力を出しつつ、先の失態を取り戻そうとして血気に逸っているヴォイテクが、その巨体と重量とを活かして巨人兵へと突撃の勢いのままに体当たりを敢行し、先のモノよりも遥かに大きな衝突音と共に巨人兵の身体に拉げさせながら押し倒して行く!
重心を崩され、勢いを付けて押し倒された事により、巨人兵は為すすべもなく地面へと引き倒されて行く。
が、それだけの巨体が倒れ込むだけでも、周囲へと展開されていた部隊に対しての影響は小さく無いと言うのにも関わらず、更にヴォイテクの巨体が乗ったままである状態であった為にその破壊力は増大し、加速した落下速度は周囲の部隊が散開して逃げ出す事を許容せず、そのまま頭上に影を落とし、順当に圧し潰す羽目になってしまう。
そうなれば、普通は動揺の一つも走り抜けるモノであるが、そこは流石の『傀儡』の軍勢。
隊列一つ乱す様子も無く、地面を揺らす振動が収まると同時に得物を構え直すと、再び何事も無かったかの様な素振りにて『追放者達』のメンバー達へと目掛けて前進を再開し始める。
おまけに、引き倒された巨人兵以外のモノは特に被害を被った訳では無い為に、その場に留まって他の部隊が合流するのを持ちつつ、彼らへと攻撃を続行。
更に、引き倒された個体に関しても、巻き込まれた槍兵型は戦闘不能状態になっていたが、巨人兵そのものについては多少のダメージを負った、と言う程度であるらしく、従魔達が連携して抑え込んでいなければ、今にも立ち上がって戦線へと復帰しそうな勢いであった。
『追放者達』の戦力を以てしても、かなり『絶望的』と表現するしか無い状況。
唯一、勝ち筋として残されているとすれば、彼らの眼の前に広がる軍勢をたったの一体にて全て統率しているらしいゴライアスを討ち取る事だけ、と言えるだろう。
だが、そんな事は敵方も当然の様に把握している。
ゴライアス本人の戦闘技能の高さもそうだと言えるだろうが、その周辺には常に重装型の近衛が張り付いて周囲を警戒しているし、その近くには長弓を装備した狙撃部隊も配置されている。
安易に距離を詰めようとすればその強弓によって射貫かれ、そうならなかったとしても見るからに屈強な近衛隊に足止めを喰らい、結果巨人兵に踏み潰される事になる。
更に言えば、まだ槍兵型の背後には、あからさまに機動力と突破力に特化しているのであろう騎兵部隊も控えている様子であり、正しく絶望的と言えてしまう戦況となっていたのだ。
そんな盤石と言えるであろう状態で、指揮をする様に指を動かしていたゴライアスが、唐突に背後へと腕を振るう。
すると、その腕は何も無かったハズの空間を薙ぎ払う……事はせず、甲高い金属音と共に『何か』を受け止め、絡め取り、その場に居ないハズの『誰か』をその場へと縫い止めてしまう。
「…………そう。
その、様な、状況で、あれば、お前は、こうする、と思って、いた、ぞ」
そう、呟く様に零された言葉と共に、空中から滲み出る様にして苦々しい表情をしたアレスが、その姿を顕にして行くのであった……。