『追放者達』、傀儡騎士の首魁と再会する
半ば唐突に止む、『傀儡』の騎士達による波状攻撃。
それまで、途絶える事無く延々と続けられて来た猛攻が突如として途絶えた事により、アレス達の周囲には不自然な沈黙が齎される事となったが、彼らは警戒を解いてはいなかった。
…………いや、寧ろ、その状況に対して警戒を強めていた、と言うべきであろうか。
何せ、来るべきモノがまだ来ていなかったのだから。
ざわめく森人族を尻目に、『傀儡』騎士の残骸によって形成された陣地から歩み出るアレス達『追放者達』。
それを、未だに攻撃が止んだ事に安堵するべきか、それとも不自然なまでの沈黙に臆せば良いのか分からずにあたふたするのみであった森人族の指揮官が呼び止めようとしたが、その直後に彼らの視線の先に在るモノに気が付き、唖然として言葉を失う事態となってしまう。
────何時の間にか、霧による偽装と展開が取り払われたその場所に、完全武装にて整列している騎士団が存在していた。
それらの装備は綺羅びやかに陽光を反射し、立てられた槍にはためく肌には、禍々しさと共にどこか覇気の様なモノを感じさせる意匠の紋章が刻まれていた。
装備や体格、兵科といった種類毎に整然と一糸乱れぬ整列を見せているその騎士団は、皆小揺るぎもせずに直立不動を体現して見せていた。
…………いや、より正確に表現するのであれば、彼らは身体が揺らぐ要素を元より持ち合わせていないが故に、そこまでの直立不動を維持する事が出来ていた、と言うべきなのであろう。
何せ、彼らは意思無き『傀儡』の軍勢。
呼吸も無ければ鼓動も無く、また疲労を感じる肉の身体も意思も無い、冷たく固い殺戮人形であるのだから。
そんな、見かけは美しいが冷たく温度の無い軍勢が、まるで小波が割れる様に最奥から左右へと分かれ、その只中を一つの影が進み出て来る。
大きさとしてはそこまで長身と言う訳でも、大柄と言う訳でも無い中肉中背であり、かつ外見として特に挙げられる特徴も無い、強いて挙げるとすれば機械の部品にて構築された素体が剥き出しとなった身体に、喜怒哀楽を示す表情どころか顔すら無いのっぺらぼう。
異形の多い魔物としても異様なその影は、初めて見る者に対しては衝撃と恐怖を撒き散らした様であったが、アレス達は異なる反応を見せていた。
…………そう、それこそ、為されるべき事が成された、と言う様な、まるで当たり前にそこに在るハズのモノが出て来た、とでも言うべき、当然のモノが当然の様にそこに在る、との反応であったのだ。
「…………よう、久しいな木偶野郎。
今日は、以前のうすらデカい相棒は居ないみたいだが、良かったのか?
こうして、わざわざ俺達の前に姿を現したりなんかして、さ」
わざと煽る様にして、アレスが進み出て来たゴライアスへと向けて言葉を放つ。
正直、以前戦った際の感触であったりだとか、種族としての特性だとかを鑑みるに、例え魔族として自意識の類いが在ったとしても、この手の挑発に乗って来る様な相手では無い、とは分かっているが、それでも味方側、主に森人族側の戦力の動揺を少しでも抑える時間を稼ぎ、ついでにここ最近で気になっている情報を少しでも引き出そうと試みる。
そんな彼の思惑を知ってか知らずか、ゴライアスは僅かに身体を揺らす。
目も鼻も口も無い、最早『無貌』としか表現の出来ないその顔からは何も察する事は出来ないが、何となく顔を向けている方向から察するに、彼らが半ば防壁として使っていた『傀儡』の残骸の山へと視線を向けている様にも思えた為に、アレスは故意に露悪的な嘲笑を口元へと浮かべると、近くに在った『傀儡』の残骸の頭を踏み付け、見せ付ける様にして踏み躙って見せる。
「しっかし、お前もアホだなぁ。
一応、俺達がこの辺に居る、って事はとっくに知ってたハズだろう?
なのに、こんな中途半端な連中だけ差し向けて、その挙げ句こうして予想通りに全滅させられてるんだから、世話無いってヤツじゃねぇか?
それに、お前さん以前よりも指揮下手になったんじゃないか?
こいつら、何につけても中途半端な動きしかして来なくて、クソつまらなかったんだけど」
「…………その、クソ、つまらない相手に、一度は、逃げ帰るしか、無かったヤツの、言う事、では無いだろう?
てっきり、そのまま、逃げ延びた、と判断して、いたが故に、対策を取らなかった、のは確かに当機、の手落ちでは在るが、その程度を、わざわざ誇られても、流石に苦笑しか、出来ないがな。
それと、こうして、当機が前に、出て来た理由だが、わざわざ説明しなくては、分からないか?」
挑発するアレスの言葉に乗る形で、ゴライアスも言葉を返して来る。
その声色にはやはり色は無く、温度も無い平坦なソレは聞く者に対して不気味な印象を抱かせるだけでなく、どこが、とは説明出来ないが謎の不安感すらも感じさせるモノとなっていた。
そんなゴライアスの言葉に対して、眉を上げるのみで反応するアレス。
先に投げ付けた言葉の返答、と言う意味合いに於いては特に気になる部分は無かったが、最後の『自分が出て来た意味が分からないか?』との問い掛けに対しては反応せざるを得なかった、と言うのが正直な話と言うヤツだろう。
全体の指揮を執るモノが前へと出てくる。
そんなモノ、既に戦況を支配し、後は相手を圧し潰す作業が残っている場合のみ、であると相場が決まっている。
ならば、余程の自信が己に在り、既に盤面は制した、との宣言を下しに来た、と言う事なのだろうが、現状としてはそこまで『詰み』に近しい状態であろうか?とアレスは思考する。
確かに、ゴライアスの背後に控える騎士団は、それまで相手にしてきた騎士型の『傀儡』とは種類が異なる様であるし、見るからに精強なのだろう、と言う雰囲気も伝わって来ている。
合わせて言うのであれば、その数もこれまでとは一線を画している。
これまでは、多くとも数十単位での群れとなっていたが、今ゴライアスが率いている軍勢は少なくとも百は軽く超えており、下手をすれば数百にまで届くのではないだろうか?と予感させるだけの数と迫力を誇っていた。
…………だが、それらを前にしても、アレスとしてはその物言いに違和感を覚えていた。
まるで、何かしらの重要なモノを致命的な状態で見落としてしまっており、既に取り返しの付かない地点まで事が進んでしまっている、そんな予感を覚えてしまってさえいたのだ。
それは、確実に目の前にて広がる軍勢によって齎されたモノでは無い。
確実に、何らかの対処を必要とするモノであり、放置すれば必ず自分達の命を脅かすであろう、そんなモノがどこかに潜んでいる、だなんて言う半ば妄想じみた確信すら覚える程であった。
…………しかし、だからと言ってアレス達にこの場を後にする、と言う選択肢は当然無い。
もう戦端は開かれてしまっている、と言うのもそうだが、彼らがここで離脱してしまえば、彼らが背後にしている街は確実にゴライアスの手によって更地にされ、カリンを含む住人達は皆殺しの憂き目に遭うのは間違い無いし、そもそもゴライアスがアレス達が離脱するのをわざと見逃すハズも無い。
ならば、徹底的に戦うのみ。
どうせ逃れる道は無いのだから、如何なる策や手段を仕掛けられていたとしてもソレを喰い破り、打ち砕き、指揮官たるゴライアスの喉元へと喰らいついて撃破する、それこそが彼らが生き残る唯一にして絶対の道筋である、と決めたのだ。
自然とその覚悟がアレスから居並ぶ仲間達へと伝播し、その表情と眼光が変化して行く。
それらの変化を敏感に察知したらしいゴライアスが、何故かそれだけは絶妙に人間臭く肩を竦めると、その場で踵を返して自陣の奥へと戻って行こうとする。
ソレをむざむざ目の前でさせてなるものか!とアレス達が瞬発して追撃しようとするが、背を向けたまま振られたゴライアスの右腕の動きと連動する形で左右から展開された『傀儡』の部隊によって裂け目が瞬時に閉じられ、同時に陽光を反射する刃が彼らへと向けて殺到し始めるのであった……。