『追放者達』、傀儡騎士の部隊を蹴散らす・3
轟音と共に、巨大化したヴォイテクが落下して来た。
そして、その巨大な尻によって、アレス達へと先制攻撃を仕掛けようとしていた騎士『傀儡』がぺしゃんこにされてしまう。
確かに、強固な装甲と頑丈な骨格を持つ上に、下手に破損した程度では普通に動いて来る『傀儡』はしぶとい。
だが、その許容範囲を超えるだけの質量を以てすれば、こうして一撃で戦闘不能とする事は可能なのであった。
「ボァァァァァァァアアアアアア!?!?!?」
…………とは言え、それも全くの負担も無しに可能である、と言う事では無い。
現に、ソレを行って見せたヴォイテクは、普段は挙げないであろう咆哮を挙げながら、地面にてのた打ち回っているのだから。
と言うよりも、そもそもの話をするのであれば、彼はソレを成そうとして実行した訳では無い。
偶々、ヴォイテク本人の持つ登攀能力によって外壁をよじ登り、その結果として一人遅れてしまったが為に、さてどうするか?と下を覗き込んだらそのまま足を滑らせて落下してしまった、と言うのが真実であったりする。
なので、彼が上げた戦果は偶然といえば偶然の産物であるし、先程挙げた咆哮も、勝ち名乗りの類いでは無く、どちらかと言えば自らの尻が発する激痛に対する悲鳴の類いである。
現に、ヴォイテクは今も地面で丸くなりながら自らの尻を前足にて抑えて呻いており、時折痙攣にしか見えない動作にて身体をビクンビクンさせている為に、セレンが回復魔法の光を宿した手で腰の辺りを労る様に撫で擦っている。
おまけに、尻だけでは無く股間までも強打したのか、無意識的に痙攣じみた動作をする中で、時折腰を振っている様な動作すら混じって見えていた。
そんな、見方によってはコミカルにすら見える彼の惨事に、思わず男性陣は顔を青ざめさせ、心無しか腰が引けていたり内股になったりと、無意識的に自身の股間を保護する様な姿勢へと変化してしまう。
…………とは言え、彼らが現在立っているこの場は戦場。
そして、相手にしているのは痛みも情動も理解する事は無い、冷たい鋼の身体を持つ『傀儡』の騎士達。
故に、そうして隙を晒している彼らの元へと、周囲から続々と集合し、刃を振り翳して襲い掛かって来る。
中には、それまで相手にしていた森人族の精鋭を放置し、彼らの方へと標的を切り替えて襲って来る個体まで居る始末であり、全体を操作しているモノが彼らへと強い敵意を向けているのか、それとも脅威度が高そうなモノから優先して攻撃する様に設定されているのかは不明だが、兎に角彼らを第一の標的として優先して攻撃を仕掛けて来ているのには間違い無いだろう。
しかし、当然の様に瞬発し、反応するだけでなくきっちり反撃まで仕掛けて行く『追放者達』。
彼らはあくまでも共感性の恐怖を抱いただけに過ぎず、その程度の硬直や姿勢のズレは隙にすら当たらない。
更に言えば、この場に居るのはアレス達男性陣だけ、では勿論無い。
現在、ヴォイテクを治療しているセレンを除いた女性陣や従魔達も健在であるのだから、多少気を抜いた様な言動を取っていたとしても、十二分に対応する事は可能となっているのだ。
…………とは言え、相手は彼らが一度は苦戦する事となった推定ゴライアスの配下である『傀儡』の騎士団。
あの時とは状況が違う、とは言え一度は撤退に追い込まれた経験の在る敵と対峙して本気を出し切れるモノでは無い、と言われているのは伊達や酔狂から来る話では無く、実際にそう感じる者が多く居たからだ、と言えるだろう。
尤も、それは彼らにも当て嵌るか?と言われれば、こう答えが返ってくるだろう。
断じて否!と。
男性陣は振られた刃を受け止めると同時に受け流すか弾き返し、相手の体勢を崩してから一刀の下に切り捨てる。
また、彼らの方に向かわなかった個体も、森林狼達が複数体にて受け持ち、得物が振るわれる正面からでは無く、背後や側面から襲い掛かって地面へと引き倒し、手足を引き抜いてしまった。
そんな、以前とは打って変わって相手を圧倒しているアレス達だが、それはある意味当然の話。
何せ、前回はほぼ偶発的な遭遇であり、彼らも表面上はそうでは無かったとは言え大なり小なり精神的に動揺している状態となっていた。
また、前の時は目的も情報の入手具合も大きく異なっていた。
前回はあくまでも危機を周囲へと広く知らせる事が大前提であり、絶対的な条件であった為に、どうにかして逃げ延び、生き残る事こそが最重要であった。
しかし、今回は違う。
前回得た残骸や戦闘経験から、敵の攻撃範囲や硬さ等は既に把握出来ているし、先が見えない逃避行、では無く出て来る敵を倒し尽くせばソレで良いのだから、アレス達としてはそちらの方が精神的に楽であったのだ。
そも、彼らはこれまで敵を打ち倒し、撤退に追い詰める事はあっても、例のダンジョンでの一件以外は基本的に撤退を選択させられる事態にはなって来なかった。
故に、と言う訳でも無いのだろうが、ひたすらに逃げの一手を選択し、かつ相手側に好き勝手追撃を許し、敵の攻撃を一方的に耐え凌ぎながら逃走を選択させられた、と言う事実は彼らに圧倒的なまでのストレスを与える事となっていた。
その為、と言う訳でも無いのだろうが、彼らはその際の鬱憤を振り払う様に、周囲へと向けて大暴れを始めた。
ガリアンが最前列にて攻撃を受け止めてから確実に反撃し、戦線に復帰したヴォイテクとセレンが物理的に殴り飛ばして拉げさせ、タチアナが各種妨害術にて急速に能力を下降させて動作を妨げ、ナタリアが従魔達に的確な指示を出して翻弄しながら集団戦を仕掛け、ヒギンズが確実に正確な一撃にて撃破して数を減らし、意思が逸れた個体からアレスが背後から襲い、その上で周囲へと高火力広範囲の魔法をばら撒いて確実にダメージを与えて行く。
そうして大暴れしているからか、もしくはアレスが『魔奥級』の魔法を連発しているからかは不明だが、いつからか彼らの周囲に居るのは敵対関係に在る『傀儡』のみとなっていた。
派手に注目を集める様にも振る舞っていた影響か、少し前まではまだ近くに在った森人族のモノと思われる気配の類いも別の場所へと動いており、また彼らの戦闘の余波によって部分的にとは言え霧が吹き飛ばされる状態となっているからか、外壁の上から矢や魔法による森人族の援護が差し向けられる様になってきていた。
チラリとそちらへと視線を向ければ、先程伝言をした指揮官と思わしき森人族が、自身も矢を放ちながら指示を飛ばしているらしい姿が確認出来た。
その振る舞いからは、それまで見えていなかった希望が見えて来た、と言葉は無くとも語っている様であり、そこに他種族に対する侮蔑や蟠りの類いは込められていない様にも見て取れた。
尤も、ただ単に今は必死になっているだけ、と言う可能性も高い。
そんな事を気にしている暇が無い状況故にこうなっているだけ、と言う訳であり、事が終わった途端に侮辱の言葉を投げ付けて来る、と言う可能性は否定出来ないが、そういう風には見えない様にも思えた為に、クタクタな状態のままで追い払われる、だなんて事態にはならないだろう、とアレスは一人胸中にて溢して行く。
そうして、暫しの間、それまでの戦況をひっくり返す勢いにてアレス達が大暴れし、森人族の部隊が援護する形が続けられて行く。
彼らの周囲には、いつしか破壊された『傀儡』の残骸が山の様に折り重なり、ソレが防壁の様な役割を果たす事によって『傀儡』が攻撃して来れる場所が限られる事となり、更に撃破効率を高める事となっていた。
………このまま行けば、もしかしなくてもどうにかなるんじゃないか!?
そんな空気が森人族の部隊の間だけでなく、アレス達の中でも流れ始めたのだが、その次の瞬間には唐突に『傀儡』による攻撃が不自然な迄に途切れただけでなく、それまでは感じる事の無かった強大な気配が突如として発生した事に、否応無しに気付かされる事となるのであった……。