『追放者達』、打ち合わせる
あれから、セレンとカリンとの二人での話し合い、は結局行われる事は無かった。
正確に言えば、アレス達が認識する形で行われる事は無かった、と言うべきなのだろう。
何せ、タチアナとナタリアがカリンの母性に敗北し、アレスがセレンによって埋め落とされる事になった段階で、既に彼らの認識としては『二人+α』と言う形になっており、それ以降彼らが知る限りに於いて、二人きりにて会話を、と言う場面が無かったからだ。
とは言え、ソレが何かしらの不都合を齎している、といった風には、アレス達には見えてはいなかった。
寧ろ、直接的に二人きりにするよりも、双方にとって話を振りやすく、それでいて広げやすいセレンの仲間が共に居る事がカリンの助けにもなったらしく、二人は積極的に他のメンバー達を交えて会話を繰り広げていた。
カリンからは、セレンの幼少期から成人に至るまでの嬉し恥ずかしなアレコレを暴露され、当の本人は顔を赤らめて沈黙するに至り。
アレス達からは、彼女と仲間となってから過ごした冒険の日々と、こうしてこの国を訪れる事に決めた経緯を面白おかしく、それでいて臨場感を味わえる様に、と総掛かりにて話を膨らませ、カリン相手に時に手に汗握らせ、時に喝采を叫ばせる程に盛り上がりを見せる事となっていた。
そうこうしている内に、幾分か季節は進んだとは言え未だ冬季に在る時分故、既に陽も沈み周囲は薄暗闇へと支配される状態となっていた。
流石に、事前連絡も無くこうして押し掛けたのだから、と家を辞してテントを張ろうとするアレス達を、せめて夕食だけでも!と引き留めるカリンとの間にて一悶着(?)が発生したが、無事に団欒も一段落し、彼らは現在大型のテントに集合して額を突き合わせていた。
恋人同士の触れ合いも、母娘での語らいや秘伝のアレコレやらを放り投げて全員で集まっている理由はただ一つ。
この国に迫っている危機を恐らくは正確に把握している者達として、今後どういった行動を取るべきか、を話し合うためだ。
一応、彼らは国を管理する側の体制へと、事を訴えてある。
証拠も持ち込み、現状国内に蔓延る怪事にも道筋を立てた説明が為されるであろう状況も説明したが、実際に受けた対応から察するに、恐らくまともな対策を立てる事すらもしないだろう、とは予測出来ていた。
じゃあ、そのまま放置して見て見ぬふりをするか?と問われれば、彼らは苦い顔をして『NO』と答えざるを得ないだろう。
何せ、彼らは『Sランク冒険者』。
目の前にて被害に遭うと分かっている者が居るのであれば、ソレが自らドラゴンの口に飛び込む愚か者であるならば話は別だが、そうではない、ただ単に巻き込まれてしまう無辜の住人達が居るのであれば、ソレを助けないでいる、と言う選択を選ぶ事は出来ないだろう。
では、半ば勝手に元凶と見られるゴライアスを探し出して討伐、ないし撃退するのか?
しかし、ソレをするのは彼らをしても容易な事では無いし、何より依頼も報酬も無い状態でその様な事をしてしまっては、況してや冒険者としての最上位に位置する彼らがその様な事をしてしまっては、冒険者とは無報酬で扱き使って良く、自分達で積極的に問題を解決させて然るべき存在である、と認識されてしまう可能性が高い為に、それはそれで問題が出て来てしまう。
「…………そんな訳で、割りと現状詰んでる臭いんだけど、どうするよ?」
「…………うぅむ、当方らの矜持を曲げるか、他の冒険者達の認識を歪める可能性を高めるか、二つに一つ、であるか……」
「……これが、まだ正式に依頼を受けている状況であるか、せめてギルドがここにも設立されていれば話も変わったのでしょうが……」
「もう全部知らん!でドロンしちゃえないのがキッツイわよねぇ」
「なのです!
カリンさんの無事や今後が気になってしまう、と言うのもそうなのですが、例の嫌味なメガネにも目を付けられている、と思うと思い切った手に出られないのが余計に面倒なのですよ……」
「一層の事、彼女には事情を話してオジサン達に着いてきて貰う、とかどうかなぁ?
ほら、オジサン達は仕事でパーティーハウスとかも空けがちだから、そのハウスキーパーとして住み込みで働いて貰う、とかの立場なら用意出来なくは無いんじゃないかなぁ?」
「…………確かに、職と住居とを確約出来るのであれば、後は柔軟な思考力さえ在れば頷かせる事も出来る、かも知れません。
……ですが、母がここを離れる事は無いでしょう。
恐らく、と付く事になりますが」
「………………親父さんの事、か?」
「……はい。
父が眠るこの地を、母が自らの意思以外で離れるとは、私には思えないのです……」
セレンがテントの外へと視線を向ける。
その先には、不思議な青緑色の光を仄かに放つ一本の樹木が聳えていた。
永い寿命を持つ森人族であったとしても、その命には限りが在る。
当然、寿命が尽きる事も在るし、外的な要因として魔物に襲われたり、事故に遭う等してその命を散らす者は少ないながらも必ず発生する。
そんな彼らを埋葬し、同時に墓守として見守るのが先の樹木であるのだとか。
その木の根本に遺体を安置すると、木から根が伸びてきて遺体を中へと取り込み、周囲へと淡い光を放つソレは、必ず街一つにつき一本は生えているのだそうな。
一見、魔物の類いか、もしくは一方的に遺体が捕食されているだけ、とも見えるがそうでも無いらしい。
保有する魔力の多い森人族の遺体は周囲から死霊系統の魔物を惹き付ける力が強く、それでいて自然に朽ちるには時間が掛かり過ぎる為に、埋葬するにはその木の力を借りる他に無く、また木が放つ光にはアンデットを遠ざける力まで在るとの事であり、傍から見ればかなり奇妙だがきちんと共生関係が成り立っている様子でもあった。
そして、この街の木には、彼女の、セレンの父親であり、カリンの伴侶であった男性も同化している、と言う事である。
森人族の出身では無く、他の種族の出であったらしい彼は、まだ他国との交流が細々とあった時代にカリンと結ばれてセレンを設けていたらしく、前回カリンが口にしていた森人族の秘薬によって寿命を伸ばしていた。
が、セレンが成人を迎え、教会に半ば連れ去られる形で唐突に別れを経験する羽目になり、更にソレを契機として国交が断絶し、周囲からも厳しい視線を向けられる様になってしまった彼は、生きて行く気力を喪って重い病を患う事になり、壮絶な闘病の果てに儚くなってしまったのだとか。
その頃には、彼個人に対しては周囲も認識を改める事となって必死に助けようとしていたらしいのだが、その甲斐も無く亡くなってしまい、また秘薬を接種してから長く経っていた為か体質が森人族に近いモノとなっていた為に、木への埋葬が敢行された、との事であった。
よって、その木が在るこの街を、最愛の夫であった人を彼女が置いて出て行く、なんて事は出来ないだろう、とセレンは考えていたのであった。
仲間の母親であり、かつアレスの義母になる可能性が高い彼女を、戦場となる可能性が高い場所に置いて行く理由にも行かず、ではどうするべきか?と議題は最初に回帰してしまい、その後も打ち合わせは続けられたものの、結局明確な方針を定められずに深夜を回ってしまった為に、この日はそれでお開きとなるのであった……。
因みに余談だが、森人族が子供を作る場合、相手が同族であろうが無かろうが、基本的に産まれて来るのは『森人族』である。
その為に、種族が混合したハーフは存在しないし、能力や寿命的にも交じる事は無いので、秘薬によって体質を変化させる前に産まれた子供でも寿命の差で悲しい別れを……と言う事が無いのは一つの救いかも知れない。