『追放者達』、対面する
再会の抱擁を交わす母娘を遠目に見詰めるアレス達。
その反応は、仲間やパートナーの願いが果たされた、との事から来る安堵や喜びとは別の感情として、真っ二つに反応が別れる事となっていた。
片や、アレスやタチアナ、ガリアンが含まれる無反応組。
孤児であったり、自意識が芽生えた頃には既にスラムに居たりした二人にとって『母親』の存在とはそもそも『ナニソレ美味しいの?』と言った感じであり、正直に言ってしまえばそこまで大袈裟に反応する程の事か?と言うのが本音であった。
また、同時に親がアレであったガリアンとしても、こうして感動の再会を果たせたのは一般的に尊い事なのだろうし自身も感じ入るモノが無い訳では無い。
だが、そこまで涙を流し、互いの無事を祝い合う様な家族歓迎が個人的に理解出来る範疇にあまり無かった為に、分類としては先の二人と似たようなモノとなってしまっていたのだ。
対する二人、ナタリアとヒギンズは、片や滂沱の涙を滝の様に流し、片や滲んで来た涙を指で弾いて誤魔化しているが、確かにそれらは喜びの涙である、と言えるモノであった。
二人は、他の三人とは異なり、家庭関係に問題が在った訳でも、そもそも親の存在を知らずに育ってきた訳でも無かったが故に、セレンの現状を自らと照らし合わせる形にて認識し、ソレに釣られる形で感動を味わう事となったのだろう。
とは言え、二人共にもう良い歳になった大人である。
ナタリアに関して言えば一応実家はまだ在るハズだが、永らく連絡も取り合ってはいなかった為に現状どうなっているかは分からないし、ヒギンズに至ってはそもそもまだ両親が存命で居るのかすらも分からず、それでいて本人は既に中年に差し掛かっているにも関わらず未だに危険な冒険者を続けている為に、本格的に親不孝者の誹りを受けたとしても仕方無い状態にあったりする。
そして、それらの事情を、軽くとは言え聞いていたアレス達は、若干ながらも白い目を二人へと向けて行く。
そこまでして、感動的な母娘の再会、を目にしたいのなら、自分達でやれば良いんじゃないか?とそれらの視線は訴え掛けて来ていたが、しかし二人は敢えて『ソレはソレ』として故意的に無視する形でセレンとカリンが二人で抱き合う姿を眺めていたのだった。
そうこうしている内に、抱き合う二人の姿に変化が見られた。
徐ろに抱擁を解いたかと思うと、その場で反転して家の中には向かわず、アレス達が待機している方へと向かって進み始めたのだ。
これには、流石に首を傾げる事になるアレス達。
てっきり、二人のみにて交わしたい込み入った話があるだろうから、最初は自分達は居ない方が良いだろう、と気を利かせて離れて待機しており、それが終わってからこちらを呼びに来る予定となっていたハズなのに、何故?
そんな彼らの思いとは裏腹に、軽い足取りにて近付いて来るヘイズ母娘。
その目元は僅かながらではあったが赤く染まっており、互いに涙を流していた事の証左となっていたが、その口元には相反する様に微笑みが浮かべられており、どうやら喧嘩別れになる様な事も無く、当初の予定通りに事が進んだらしい事が見て取れた。
…………が、故にアレス達の首の角度はより深まって行く。
上手く行ったのであれば、尚の事こうしてこちらに来るには早すぎる事になるし、段取りとしてはもっと二人で話し合ってから、と言う事であったハズなのに、何故このタイミングでこちらに来るのだろうか?と疑問は深まるばかりであった。
そんな彼らの下へと、森人族の母娘が到着する。
既に涙は止まっており、頬が濡れている様子も見えず、先程は遠目に見えていた目元の赤らみも、セレンが回復魔法によって治したのか、至近距離に来ても分からない様な状態になっており、ただただ美人で豊満な森人族の美女が二人、並んで居る様にしか彼らには見えていなかった。
体型から顔立ちまでそっくりな二人が並んでいると、本当に画になる光景となる。
が、約二名程が拳を食い縛り、血の涙を流しながら歯軋りをして殺意と憎悪を抑え込み、豊かな土壌を持つ畑を築くには先ず血統こそが重要なのか!と地団駄を踏みかねない勢いにて悔しがっていた。
そんなタチアナとナタリアの両名を不思議そうに眺めていたセレンとカリン。
だが、ソレはソレ、として気にしない方向にしたらしく、アレス達へと向き直り、こうして予定外に寄って来た理由を口にする。
「…………その、申し訳ございません。
もう少し後で、との予定だったのは承知していますし、母にもそう伝えたのですが、先に挨拶だけでも、と聞かなくて……」
「まぁ!
貴方達が、娘と、セレンと共にいらっしゃって下さった方々ですね!
これまでも、この娘の事を助けて頂き、本当にありがとうございますございます。
ここまで、娘が無事に来れたのも、貴方達がセレンを助け、共に冒険を乗り越えて来れたから、と聞きました。
この娘の親として、本当に感謝しております」
「…………い、いえ、我々こそ、セレン、さんには、大変助けられておりますので、お気になさらず。
それに、我々とセレン、さんとは仲間ですので、助け合い支え合うのは、当然の事かと」
「まぁ!まぁまぁまぁ!
そこまで言って頂けるだなんて、母として鼻が高い思いだわぁ。
…………でも、分かってるの、私にそんな事を言える資格なんて無いんだって。
だって、当時はちゃんと影響力の在った教会に無理矢理に引き離されたとは言っても、別に会いに行けない訳じゃなかったのに、それすらも出来なかった、してあげられなかったのだから、そんな私が、こうして会いに来てくれたから、って、そんな事を言う資格なんて無いって事は分かってるの。
でも、せめて、せめてこうして会えている限りは……」
一人、唐突に暗い雰囲気を醸し出すセレンの母。
かつて、自らの娘を引き止める事も出来ず、助ける事も出来ずに目の前にて連れて行かれる様な事態となった事への悔恨が、こうして再会したら事によって再噴出する結果に繋がったのだろうが、アレス達からすれば割りとどうでも良い話であり、今が良ければ結果良しでは?と内心で首を傾げる羽目になる。
しかし、それでは過去の吐露にはなったとしても、こうして合流してきた理由の説明にはまるでなっていない。
それはそれでどうなのだろうか?と思っていると、その視線に気付いたからか、それまで暗くしていた表情を明るく一変させると、両手を合わせて再びセレンの母が口を開いて行く。
「…………あ、ごめんなさいねぇ?
こんな、おばさんの愚痴を聞かせちゃって。
それで、この娘からも、先ずは私達二人で話を、って段取りだとは聞いていたのだけど、どうしても気になる事が出来てしまって、こうして先に聞きに来たのよぉ」
「………は、はぁ。
そう、でしたか。
それで、聞きたかった事、とは?
別段、セレン、さんに聞かれても良かったと思うのですが……?」
「あぁ、いやぁ、ね?
この娘ったら、生涯を共にすると誓った相手はもう居る、とは言っても、具体的に誰がそうなのかは教えてくれないのよぉ。
私の勘と、この娘の性格からして、多分お仲間の内の誰か、だとは思うのだけど、どなたが娘のお相手なのかしら?」
「…………そう、思われる根拠は?」
「あら?
だって、もし仮にあの娘が特定の『良い人』が出来たとしたら、自分が疑うのも疑われるのも嫌だろうし、その方と離れて倒れるのは厭うと思うから、多分その時点で一回冒険者は辞めてしまうと思うのよねぇ。
それか、同業の方だったら、その方とパーティーを組むか、って感じかしらぁ?
まぁ、かなりの時間離れてしまっていたから、どこまで理解出来ているかは分からないけど、そこまで大きくは外して無いんじゃないかしらぁ?
…………あ、もしかして、そのお相手って、女の子だったりするの?
まぁ、私は別段どんな方とでも気にはしないから、早く紹介して欲しいわぁ」
…………流石は母親、とでも呼ぶべき勢いに、数多の戦場にて生き残って来た『追放者達』のメンバー達が、アレスを含めて全員圧されて行く。
その圧力に逆らう事が出来ず、結局アレス自らがその対象者である、と暴露させられる事になったのは、これから少しばかり経っての頃の事であった……。