『追放者達』、聖女の実家に向かう
方針を定めたアレス達の行動は、『素早い』の一言に尽きた。
何せ、諸々の必要とされていた事を片付けるのに数刻も必要とせず、例の嫌味な上役が彼らが万が一逃走を選んだ際に、と準備しようとしていた監視役達が彼らを見付けるよりも先に、街から出立する事に成功していたのだから。
勿論、無策のままに飛び出して、後の事は知った事では無い、最早野となれ山となれ、と半ば自棄になりつつ只管に道を直進している、と言う訳では無い。
当然、目的地としているセレンの実家のあった街の情報は仕入れているし、そちらに伺う際に渡すべく手土産の類も完備しており、残すは道中にて再度連中に絡まれずに通り抜けられるだけの幸運さえ在れば良い、と言える状態となっていたのだ。
その上で、彼らは『意趣返し』を決して忘れない。
自分達の言葉を信じなかった、と言うだけならばまだしも、使い捨ての駒として対価も無く使い潰そうと企んでいたり、ましては良いように使ってやろう、だなんて企まれていた様な状況に我慢が出来れば、そもそも彼らはこうして一つのパーティーとして集う事は無かったハズであるが故に、当たり前の様に仕掛けを施してあった。
とは言っても、別段街一つ吹き飛ばす様な術式や罠を仕込んでおいた、と言う訳では無い。
精々、彼らが後にした街にて唯一の外国人向けの宿に、探しに来た者が居たら渡してくれ、と手紙を託しており、その中には
『利用されると本気で思ったのかよお馬鹿さん。
ねぇ、今、この手紙を読んでどんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?(笑)』
と煽り文句を全力で綴っており、その片隅には踊る熊の落書きまで拵えてあるのだからその破壊力は抜群だ、と言えるだろう。きっと。
本音を言えば、ソレを見た瞬間に例のいけ好かない野郎のメガネが爆ぜ割れる様な呪いを仕込んでやりたい、とアレスは考えていた。
それに加えて、セレンはセレンで厭らしい視線を向けてくれていた事に気付いていたので、キレイに撫で付けてられていたあの長髪が手紙を開くと同時に発生した爆発により、他の街にて流行っていたアフロヘアーの如く真っ黒でチリチリなボンバーヘッ!になったらさぞ面白いだろう、と二人揃って術式を組み込む事を真剣に考えていた程だ。
が、そんな愉か……愉え……ユニークな術式を汎用のモノとして開発している者も居らず、また二人揃ってその方面での開発者としての技量が在るハズも無かった為に、泣く泣く断念。
結果、これでもかと読んだ相手を煽りまくる文言を盛り込み、最早気合のみにて相手のメガネを叩き割る事すら可能とし、最終的には上がり過ぎた血圧にて月間を破裂されて死に至らしめる、効果があったら良いなぁ、と言う夢(?)の詰まった手紙が出来上がった訳なのだ。
まぁ、とは言え、そうした呪詛塗れの手紙も、何も起きなければ無用の長物。
ある程度金銭を支払って保管して貰っているが、彼らが想定した最悪の状態が発生しなければ、誰に読まれる事も無く、行き着く末路は屑籠の中か暖炉の穂口のいずれかか、といった所だろう。
そうして、ある程度の意趣返しは仕掛けてあるアレス達一行は、一路セレンの実家を目指して突き進んで行く。
当然の様に、道として整えられていたとしても飛び出してくる魔物は、これまでの道中と同じ様に鎧袖一触にて蹴散らしつつ、例の霧に再び囚われない様に、と周囲への警戒を濃くしながら進む。
そのお陰、と呼ぶべきかは不明だが、彼らは数度霧に遭遇する直前にて、そこに突入する事を回避出来ていた。
とは言え、本当に直前で回避出来た、と言うだけであり、慌てて道を引き返した事や、どうにかやり過ごすべく道から外れてみたり、と色々な手段を講じる事になった為に、彼らの足を以ってしても、通常の手段にて移動した際とほぼ変わらない程度の時間を要する事となってしまった。
おまけに、例の『傀儡』達はある程度自律行動をしているのか、それとも本当にゴライアスとは別物なのかは不明だが、極少数とは言え霧の中から出て活動して居る個体と遭遇する事もあった。
初遭遇の際には、流石にアレスも自らの感覚と目を疑う様な心持ちとなってしまったが、そういった個体は『はぐれ』なのか他の個体と連携したり、また撃破直前まで行っても他の個体が合流してきたり、といった事が見受けられなかった為に、疑似餌として周囲を彷徨っていた、と言う訳でも無さそうなのが不思議な点でもあったのだが。
それが幾度か続き、ある程度慣れも出て来た辺りで、やはり彼らは首を傾げる事になる。
流石に、撃破された事が全く伝わらず、謎の失踪を遂げている、と伝わっているハズも無く、最初こそ警戒心を剥き出しにしていた彼らだったが、意図しての行いでは無いとは言え情報封鎖じみた事を行っている風な状態になっている事態に、アレス達でも楽観的に見る事が難しくなっており、何故こんな事になっているのだろうか?と首を傾げる状態になってしまっていたのだ。
尤も、現時点では判断するに至る材料が欠片も足りていない。
せめて、ゴライアス本人と遭遇するか、もしくはその下、に居ると推定されている指揮官機級の個体を見付ける事が出来れば事の解明にも役立つのだろうが、そもそも居るのかどうかすらも分からない相手を探し回る程にアレス達も暇では無いし、何よりソレをする理由が無い為に、半ば無視する形で道程を優先させる事になっていた。
そうして、セレンの実家の在る街へと到達する事に成功した一行。
かつて、半ば無理矢理に連れ出される様な形にて発つ事になってしまっていた彼女としては、懐かしさとしても半端では無かったらしく、周囲の情景が覚えの在るモノへと変化するに従って、普段は何事に対しても落ち着きを見せていたハズのセレンの様子も、何処かソワソワしたモノへと変化していた程であった。
街へと入り、セレンの実家へと目指して移動する一行。
森人族の感覚からしても、かなりの久方振りとなるであろう実家に緊張しているからか、それとも何かしらの込み上げるモノを無視出来ずに抑え込んでいるからかは不明だが、道順を指示する以外に口を開く事も少なくなって行く。
が、やはり不安は不安であったのか。
街へと踏み入った時から抱き込んでいたアレスの腕をより強く抱き締め、まるで自らが縋る絶対的な命綱である、と言わんばかりの風情で胸元へと抱き込んでいるその姿は、幼子が今にも泣き出しそうになりながらも、必死にお気に入りの毛布を握り締めて堪えているかの様にも見えていた。
そうして進む事暫し。
彼らは、とあるツリーハウスの前へと到着していた。
街の中央部から、やや離れた場所に生えている、大木、と呼んで差し支えのないであろうソレ。
その中程に設えられた家屋を、セレンは懐かしさと郷愁との感情が滲み出ている眼差しにて、無言のままにて見上げ続けていた。
…………一行の誰もが、声を出さずに沈黙のままに見守って行く。
本当は、一声掛けて背中を押してやるモノなのだろうが、それすらも憚られる雰囲気をセレンは放っており、やはりこの場は彼女本人の覚悟と決意によってなされるべき事である、と揃って判断したと言う事なのだろう。
そうこうしている内に、セレンが徐ろに設置されて居る階段へを登って行く。
ゆっくり、ゆっくりとした足取りであり、そこには確かに迷いが伺える足取りであったが、それでも確かな決意の元に踏み出された歩みは止まる事は無く、そう長いモノでも無かった階段は、アッサリと踏破される事となった。
扉の前まで到達し、一つ深呼吸をするセレン。
そして、遠目に見ても迷いを捨てた目をした彼女が、力強くその扉を叩き、内部へと呼び掛けると、ソレへと応える声が中から響き、然程しない内に開かれる事となるのであった……。