嘲笑する策謀家気取りと困惑する『追放者達』
・視点︰???
肩を落とし、すごすごと部屋を出て行く下等生物達を眺め、鼻を鳴らしながら嘲笑を浮かべた『ヴィンセント』は、ズレつつあった眼鏡を直しつつ上機嫌そうに長く伸ばされた銀髪を手で払って行く。
そんな彼へと、同じく部屋に残っていた、彼らの初期対応から案内までを行っていた女性の森人族が声を掛けて来る。
「…………その、ヴィンセント主任。
先程の件なのですが、本当にアレでよろしかったのでしょうか……?」
「アレで、とは、どれの事を指して言っているのですか?
私の対応に、何か問題点でも有りましたか?」
背後に控えていた女性から声を掛けられたヴィンセントであったが、そちらへと振り向く事無く懐からハンカチを再び取り出し、眼鏡のグラスを拭き始める。
彼のその様な対応は普段からのモノであったからか、女性は特に気を悪くする素振りも見せず、慣れきったモノとして扱いながらも言葉を続けて行く。
「…………仮に、もし仮に彼らが訴え掛けた事が真実であれば、流石に危険度としては無視出来ないのではないでしょうか?
未だに国交を鎖している我が国ですが、昨今近隣を悩ませ、実際に被害を出していると聞く『魔族』への対応を誤るのは、外聞的にもあまり良いとは思えませんし、何より伝え聞く通りの力を持っているとなりますと、下手をすれば国の存続が……」
「…………確かに、仮定の話としまして、実際にその『魔族』とやらがこの国の内部へと浸透し、破壊工作を仕掛けて来ている、としたとしましょうか。
ですが、ソレの何が問題に?」
「…………いや、え?
その、問題しか無い、と思うのですが……」
「……………………はぁ、良いですか?
我々は、誇り高き森人族です。
その数こそ、外界の下等生物達に押されてはいますが、それ以外の面に於いて、我々が負けている部分は欠片もありません。
つまり、彼らが対処困難であり、国の難事である、と騒いでいたとしても、ソレはあくまでも下等生物達にとってはの事であり、我々からすればソレは大した事では無い、と言う事ですよ」
「……ですが、彼らは『Sランク冒険者』と名乗っておりました。
ソレは、外界に於いては絶対的な実力と信頼性を証明する肩書であり、そうそう使えるモノでも無いと聞いておりますが……」
「それこそ、権威を笠に使いたかった、彼らの悪知恵、と言うヤツでしょうね。
そもそも、その様な肩書と実力が在る程に、大きな魔力を抱えている様には私には『視え』無かったですからね。
大方、騒ぎを起こして外界から例の『冒険者ギルド』とやらを呼び込ませる事と引き換えに、ランクとやらの上昇を約束されていたのでしょう。
まったく、狡い考え、とはこの事ですよ」
「……………………」
「それに、万が一にも無い可能性ですが、仮に彼らの言っていた事が本当だったとしても、我々森人族であれば幾らでも対処の仕様は在る、と言うモノです。
貴女も知っての通りに、私達は産まれながらにして大きな魔力を持ち、スキルのランクにはあまり意義は無いですが、簡単にでも戦闘の訓練を受ければ総じて『魔導級』にまで到れる程の資質を国民全体が持ち合わせている上に、さらなる高みへと至っている精鋭が多数揃っているのです。
ならば、昔話に語られる程度でしか無い魔族など、仮に居たとしても我々のみで軽く討ち取れて当然、そうなれば私の手柄にもなる、と言うモノですよ」
そう言い切ったヴィンセントは、徐ろに立ち上がると、部屋に据えられた窓へと歩み寄る。
そこからは、先程部屋を出て行った下等生物たる冒険者一同が建物から退出した様子が一望出来ており、心無しか重く鈍くなった様にも見えるその足取りは、彼らの企みが頓挫した事を如実に現しているようで彼の胸の内は爽快感にすら満ち溢れていた。
一つ、残念な点を挙げるとすれば、あの一行に混じっていた森人族の女、だろうか。
あれだけの上玉は国を探してもそうそう見付かる事は無いだろうと思われるし、大方リーダーである憎々しい人間にでも騙されているのだろう、あの若さではそれも仕方無いから後で呼び出して『教育』してやるのも良さそうだ、とヴィンセントはアレコレと一人頭の中にて考えを巡らせて行くのであった……。
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「………………そろそろ、大丈夫そうか?」
役所に背中を向ける形のまま、アレスは小声で呟きを零す。
それに連動する形にて、密かに耳をそちらへと向けてピクピクと動かしていたガリアンが、こちらも声を潜めて返答をする。
「…………うむ、取り敢えず、追跡の類はされていない様であるな。
それと、当方の分かる範囲では、事を自らの手柄として広めようとしている、と言った動きも感じられないのであるよ」
「一応、オジサンも分かる範囲では、まだこっち見てるみたいだけど、それだけっぽいんだよねぇ。
追っ手の類いを差し向けて来てる訳でも、尾行されてる訳でも無さそうだから、取り敢えずは安心しても良さそう、かなぁ?」
「でも、見られてるんだったら、もっと離れた方が良くない?
あのいけ好かないメガネ森人族のヤロウが、陰険な性格の通りに遠くまでよく見えるスキルとか持ってたら、覗かれてヤバい事になるんじゃないの?」
「それは、有りそうなのです!
森人族といえば、魔法だけでなく弓の名手としても有名なのです!
なら、遠目に見える唇を読む位は、出来るかも知れないのです?」
「流石にそれは、少々考え辛いかと……。
いや、でも、あそこまで露骨に他種族の事を下に見ている方ですので、強ち否定出来なくも……?」
「別段、ソレを基本で持ってる、って事は?」
「いえ、ソレは無いですね。
そもそも、あの方の様な世代の人々は、実際に他国と戦って国を鎖した世代となりますので、あれだけ他種族に対して高圧的になるのは理解出来ますが、同時にその見下している他種族の情報を探ろう、とする事自体を『高貴なる森人族がするべき事では無い』と考えている様なので、その手の覗き見系のスキルは発現していないか、もしくはしていても使わない可能性が高いかと」
「ふぅむ?
であるならば、取り敢えずは大丈夫、か?」
「まぁ、別に見られても気にする様な事でも無いけどな。
で、単刀直入に聞くけど、このまま放置して俺達が関わらずに済みそうな確率ってどんなモノだと思う?」
そう問われたセレンは、一人腕を組んで考えを巡らせる。
彼女が持つ情報は比較的古いモノとなるのは間違い無いが、それでも国に於いても種族に於いても実情を知る彼女以外に、現在の状況判断を誤らずに行える者は他にない為に、アレス達は黙って彼女の様子を見守って行く。
そして、僅かな時間を経て徐ろに組んでいた腕を解いた彼女は、同時に閉ざしていた瞳も開き、アレスへと向けて真っ直ぐに視線を飛ばしながら一言
「恐らくは、無理でしょうね」
と結論を述べる。
「確かに、種族的には魔力も多く、基礎的な訓練のみでも魔導級の魔法を扱える様になる上に、必中に近しい精度で弓を操る事も、私達には出来ます。
なので、戦力的に見れば同等か、もしくは彼のゴライアス以外の幹部が参戦しない限りは優勢を保てる可能性は在るでしょう。
…………ですが、それはあくまでも敵が真正面から来てくれて、かつこちらが隠れられる様な状態、に限った話です。
そして、今回は寧ろ、敵方こそがそれらの戦法を行い、確実に戦力や国力を削りに来ています。
敵が見えもしない、感知も出来ない、その上でいつの間にか近付かれてしまっている、だなんて事は、森人族の戦い方からすれば、最悪と言えるでしょうからね」
そう告げたセレンの目は、痛々しいまでに無力感を味わっている事と同時に、何故ソレを理解していてあそこまで余裕を見せられていたのだろうか?と例の上役に対する困惑に満ちたモノとなっているのであった……。
ヴィンセントのイメージキャラクター=スネ◯ル