『追放者達』、切り抜ける
取り敢えず、霧の中から脱出する。
そう方針を決めたアレス達であったが、どうやら相手はソレを安々とさせてくれるつもりが無いらしく、周囲から続々と反応が彼らの元へと近付いて来ていた。
「…………くそっ!
感付かれたみたいだ!
幸い、今進んでる方向から来るのはほぼいないみたいだが、それでも後ろから追い掛けて来る連中を全部振り切るのは無理だと思ってくれ!
そら、来るぞ!!」
アレスが吐き捨てる様に毒づくと同時に、彼らの背後から狭る気配が大きくなる。
流石に、本職に片足突っ込んでいる斥候であるアレス程ではなかったが、それでも相手に隠れるつもりが無く、同時に殺意を剥き出しにした状態にて真っ直ぐに突っ込んで来られれば、その気配を察する事は難しい事では無く、彼らは自分達が確実に追われている事、そしてこのままでは追い付かれる事も同時に悟る事となった。
そして、アレスの言葉と同時に、背後に迫っていた気配が橇の左右へと展開される。
左右から忙しなく聞こえて来る重々しくも連続して聞こえる足音はどうやらまだそれぞれ一組ずつであり、至近距離へと至り、既に射程内へと収めたからか、他の個体が援軍として到達する前に攻撃を仕掛けてしまおう、と言う魂胆だろうか。
確かに、この場合、相手の戦力がどれ程あるのか不明である以上、足を止めてしまうのはアレス達の敗北を意味する。
ソレは同時に、幾らでも後から数による展開・制圧が可能である敵方からすれば、少しでも足止めして速度を落とさせるだけで盤面は優位に傾くし、何なら一度で良いから足を止めさせてしまえば、それでほぼ詰みまで持っていけるのだろうから、ここで仕掛けない手は無い、と言う事だろう。
特に何かの合図を飛ばすでも無く、同時に構えて左右から攻撃を仕掛けて来る『機巧騎士団』と思われる『傀儡』。
手にしていた得物は、片や長大な突撃槍、片や大ぶりなバトルアックスと、長さも使い方も異なる武器を、同じタイミングで命中する様に振るう様は、流石は指揮官機が全てを操作しているが故に実現出来た事だ、と感心したくもなるが、ソレを仕掛けられた方として溜まったモノでは無い為に、慌てて迎撃に入る『追放者達』のメンバー達。
攻撃の矛先は、当然の様にアレス達橇に乗っている人間、では無く、橇を挽いている従魔達。
ある程度は自由に動け、場合によっては防御だけでなく反撃まで出来るアレス達では無く、橇に繋がれている以上は自由に回避する事も出来ず、ダメージを負えばその分速度も落ちる従魔達の事を優先的に狙うのは当然といえば当然であったが、これまでの相手とは異なり戦術的に『詰み』を狙ってくるその手筋に、得物を差し込んで命綱たる従魔達を守った彼らの背筋は、思わず凍える思いになってしまっていた。
「くそっ!?
悪辣なんてもんじゃねぇぞ!?
なんてえげつない手筋してくれやがる!?!?」
「だが、有効ではあるのである!
なれば、狙わぬ道理は無い、と言うことであろうよ!」
「ですが、それでも最低限通すべき仁義と言うモノは在るハズでは!?
流石に、これは!!」
「ソレを言えるのは、あくまでも相手が同じ人間なら、って事でしょうよ!
奴らにとってはアタシ達が排除するべき敵であると同時に、平等に扱いを求める様な相手じゃない、って事でしょ!!」
「なのです!?
どっちでも、何でも良いのですが、取り敢えずこの子達をちゃんと守って欲しいのですよ!?
進化して普通の子達よりは頑丈になれたとは言っても、それでもこの子達が倒れたらボク達は全員おしまいなのです!?」
「まぁ、だろうねぇ。
だから、先日の情けない姿を払拭する為にも、オジサンちょ〜っと頑張って見せちゃおうかなぁ!!」
勿論、アレス達もただ一方的に攻撃させているだけ、と言う訳では無い。
寧ろ、霧の最中からその姿が垣間見えれば率先して牽制も兼ねた攻撃を放ち、接近してきた個体には容赦無い猛攻を浴びせ掛けて行く。
主に、間合いの広いヒギンズとアレス、そして相手の妨害役を担えるタチアナが、積極的に近付いて来た個体への攻撃担当を。
残るメンバーの内、攻撃担当の網をすり抜けて来た個体からの攻撃を防ぐ役割をガリアンが担い、既に受けてしまった攻撃によるダメージや、ほぼ全力疾走に近い形で駆り立てているために否応無しに蓄積する従魔達の疲労を回復させる役割をセレンが、指示や操舵や鼓舞をナタリアが分担して、どうにかこうにか攻撃を凌いで行く。
…………これが、単純に相手を殲滅せよ、と言う事であれば、彼らもここまで苦労する事も無かっただろう。
一体一体は、下手な太刀筋では逆に得物を破壊されかねない硬度と熟練の戦士に匹敵する技巧を兼ね備えている強敵ではあったが、連携させる間もなく撃破してしまえば数の強みを生かされる事も無く、その数を大きく減らす事も彼らにとっては不可能な事では無かっただろう。
だが、ソレが出来たとてどれだけの意味が在るのか、それが分からない以上、打って出るのは危険に過ぎる。
まだ、本隊と呼ぶのに相応しいだけの規模と強度を持った部隊が控えているかも知れないし、いつぞや坑道の奥にて闘った様な『傀儡』の個体にて編成された部隊がこの霧の奥にて待ち構えている可能性だって在る。
更に言うのなら、ここにゴライアス本人が来ている可能性だってまだ否定出来ていないのだ。
ならば、全滅させられる可能性を呑み込んで攻勢に打って出るよりも、確実に情報を持ち帰り、事態を伝えて国に態勢を整えさせ、その上で依頼されたのならば全力で応える。
その為には、先ずこの場から離脱しなくてはならない。
それが、彼らが形振り構わず逃走の一手を打った理由であった。
突然、相手方もソレを理解しているらしく、追撃は激しさを増して行く。
群体としての目的さえ達成出来ればそれで良い、と言わんばかりの形振り構わなさで、少数の個体を到着した順にぶつけて対処させ、速度が落ちればさらなる数をぶつけて磨り潰せればそれで良し、足が鈍るだけでも追加で戦力をぶつけられるのだからソレはそれで良し、との考えが透けて見える戦法は、自意識無き『傀儡』故に取れる無機的なモノであった。
ヒギンズが穿き、アレスが括り、燃やし、凍てつかせ、タチアナが速度や硬度を低下させて一度に掛かられる数を調整する。
必死に抵抗し、時折橇や従魔達に攻撃を届かされながらも逃げ続け、只管に走っていると、不意に追加の『傀儡』が霧の中から飛び出して来なくなった事に気が付く。
慌ててアレスが周囲を探ると、それまで執拗に彼らを追跡してきていた反応や気配が、急速に彼らの周囲から離れて行き、彼らが元いた地点の方へと戻って行くのが感じ取れた。
それと同時に、一人御者席にて視界が悪い中集中し、乱立する木々に激突しないように精神を削り続けていたナタリアが、前方の様子が変化して来た事に歓声を挙げた。
「あ、あぁ!?
皆、見るのです!
霧が、霧が晴れて来たのですよ!!」
その言葉とほぼ同時に、それまで白く濁っていた視界が急速に晴れ渡り、透明さを一気に増して行く事になる。
即ち、ソレは今回の戦闘の終焉を意味しており、彼らの生還を祝福する証明に他ならず、アレス達はその事実に柄にも無く諸手を上げて歓声を挙げるのであった……。