『追放者達』、『霧の中の化け物』と交戦する
突如として現れた、騎士鎧を纏ったナニカはアレス達の攻撃を受けて沈黙した。
ヒギンズに胸を穿かれただけでは倒れず、頭を潰され、四肢をもがれ、その上で体内を掻き回されて漸くその活動を停止させたソレは、確実に魔物として見ても『生物』の範疇には入っておらず、異様なまでの耐久力を誇っていた。
止めの一撃を放ったアレスが、顔を顰めながら突き立てていた得物を引き抜く。
当然の様にその刃が血に塗れていると言う様な事は無く、引き抜く際に発せられた音は、肉と骨とを持つモノが奏でる水っぽいソレでは無く、甲高く硬い金属同士が擦れあう際に発せられるモノとなっていた。
それだけでもほぼ確定であったのだが、確信が欲しかったのかアレスはソレの頭部へと手を掛ける。
より正確に言えば、ガリアンが体重と腕力とに物を言わせて叩き潰した、頭部の残骸にへばり付いていた兜の名残り、となるのだろうが、防具としての役割は放棄していても、未だに顔を隠す仮面としては機能していたソレを無理矢理に引き剥がすと、彼の口からうめき声の様な音が漏れ出す事となった。
「…………うわぁ、マジかよ……。
いつぞやの、嫌な予感がバッチリ命中しやがった」
その声に従う形でメンバー一同がソレへと視線を向ける。
するとそこには、皆が一様に想像していた通りに、肉と骨との血に塗れた骸、では無く、人を模した形態をした金属と鉱物によって形作られたモノの残骸、が存在していた。
「…………やはり、『傀儡』の類いであったか。
道理で、頭蓋を叩き潰した、にしても手応えが硬い訳であるが、コレはいったい……?」
「そう、ですね……。
今まで遭遇した『傀儡』は大概、人の姿を模してはいても、そこからは外れた異形をしていたと記憶しております。
ですが、コレは、その…………」
「割りと、人に近い形してる、わよね。
以前闘ったアレが、分離して襲い掛かって来た時のヤツも近かったといえば近かったけど、ソレよりもこっちの方が人っぽい形してる気がするわ」
「なのです!
でも、ご丁寧に急所たる核の位置は、定番から外してくれてるみたいなので、何処にあるのか分からなくなっているのです!
少なくとも、胸と頭には無い事は間違い無いのです?」
「ここまでのモノが出てくるのは、流石にオジサンも想定外だったけど、でもこれでほぼ確定と見ても良いんじゃないかなぁ?
魔力の探知を阻む霧に、その中で襲い掛かって来る『傀儡』と来ればやっぱり、アイツがこの辺に来てる、って事でしょぅ?
まぁ、以前とは使ってる『傀儡』が違うみたいだけど、その辺に関しては知り用が無いからどうにもならないかもしれないけど、ねぇ〜」
彼らの脳裏に、一つの姿が思い浮かばれる。
シルエットとしては、彼らもよく知る『人間』のソレとほぼ同等のモノであったが、その身体は金属によって造られた無機質なパーツによって構成され、声を発する機能はあってもそこに温かみや感情を感じ取る事は出来ない、平坦なモノを放つのみであった一体の『魔族』、ゴライアス=マリオネッターを想像していた。
以前、スルト=ムスペルヘイムと名乗るジャイアントと共に襲撃を仕掛けて来た事が在るゴライアス。
当時は、半ば無理矢理戦力を分けて対応に当たり、半ば時間を稼ぐ事に主眼を置く事でどうにか撤退させる事に成功していたのだが、彼らとはその件以前からも因縁があったらしく、バッチリ殺害予告まで受けている始末であったのだ。
そんなゴライアスが使役、と言う形にて使っていたのが、自身の同族である騎士姿をした『傀儡』である『機巧騎士団』と呼ばれていた軍勢。
文字の通りに、全てが『傀儡』であり、指揮官機たるゴライアスの命によって全体が一つとなって個体の死すら恐れずに行動する、正に理想的な軍勢と呼ぶに相応しい存在であった。
自ら発生させた、魔力の探知や視認を阻む霧に姿を隠し、数と連携の力を以てして確実に相手を葬り去る。
恥も外聞も無く、その上で卑怯外道すらも容認して確実に勝ちをもぎ取りに行くその姿勢は、正にかつての大戦を生き抜いて来た将のソレであり、勝って生き残らなければ何事にも意味は無い、と言わんばかりの気迫を、アレス達は無機質な顔と言葉数少ない口調から感じ取る事が出来ていた程であった。
幸いにして、かつて受けた襲撃は、メンバーの誰も欠ける事無く切り抜ける事に成功していた。
特に、ゴライアスに関しては半ば撃破に至る寸前まで行けていた為に、逃走を許していたとは言え判定で言えば『勝利』と言えなくも無かっただろう。
そんな経緯から、彼らが目にしているソレが、その際に交戦した『機巧騎士団』のモノと酷似している、と思われたのだ。
実際に、周囲には魔力探知を阻害する霧が立ち込めている上に、気配を殺して背後からの強襲を図る、だなんて手段を真っ先に取る様な所からは、正しくゴライアスの戦術の面影を受けている様にしかアレス達には感じられなかった。
…………しかし、疑問点も幾つか在る。
一つは、今彼らが目の前にしている『傀儡』(元)が、以前彼らがゴライアスと闘った際のモノとは違う様に思える点だ。
確かに、以前の時も騎士の姿を模した『傀儡』であったのは間違い無い。
だが、その時は騎士鎧のが直接動いている様な外見のモノであったのだが、今回は騎士鎧を纏った『傀儡』と言った風にも思えるモノとなっているし、鎧のデザインも大まかな所としては同じ様に見えるが、細部を見れば別の作者によるモノだ、と一目で見て取れた。
二つ目を挙げるとすれば、その挙動だろうか。
何せ、先程襲い掛かって来たのは、奇襲を仕掛けて来たとは言え、たったの一体のみであったのだから。
アレス達に感付いたのがその一体のみであった、と言う事はほぼあり得ない。
彼らの想定の通りであれば、この立ち込める霧に触れている時点で彼らが何人で何処に居るのか、程度であれば即座に指揮官機であるゴライアスにまで伝わる為に、そこから気付かれない様に複数体で周りを囲み、同時に攻撃して確実に数を減らそうと試みて来るハズである。
にも関わらず、単独で突っ込んで来て撃破され、その後の追撃の気配は今の所無い。
てっきり、疲弊させる為に絶え間無く波状攻撃でも仕掛けて来るのか?と警戒するものの、その様子も素振りも見せて来ないのだ。
では、この場にゴライアスは来て居らず、配下的な個体に指揮を任せているのだろうか?とも考えられた。
だが、こうして霧が発生させられている以上、やはりゴライアス本人が出張って来ている事になるのだろうが、そうするとこの様な雑な指揮が考えられなくなる。
コレは、一体どういう事だ?
アレス達は揃って首を傾げる事になる。
が、取り敢えずはこの霧から脱出し、その上で現在地を探らなければならない、との結論に居たり、また相手が仕掛けて来ないのならば、と戦闘を避ける意味合いも兼ねて、アレスが先の個体の他に探知していた反応から遠ざかる形にて、その場から急いで移動を開始するのであった……。