『追放者達』、不穏な噂話を耳にする
「霧の中の化け物……?」
「そうさ。
かなりヤバいヤツで、遭遇したら殆ど逃げ帰る事すら出来ない、って噂になってるんだよ」
星樹国現地の森人族達と交流を深める内に、その様な噂話がアレス達一行の耳へと飛び込んで来た。
訝しむ様に返事をするアレスに対して、ツーブロックの進化系みたいなソフトモヒカンな髪型をした森人族の若者(外見にて推定)は、両手を胸まで上げてからダラリと垂らし、まるでソレこそが『恐ろしいモノ』であるかのように語り掛けて来た。
「実際に俺が見た訳じゃないからハッキリとは分からないが、普段は霧が出る様な場所・時間じゃないのに唐突に霧に包まれ、その中に居る化け物に襲われるらしいんだよ。
相手も自分も霧の中で、どうにか脱出出来れば助かるらしいけど、ソレが出来ないと……ってね」
「…………いや、ソレただ単に魔物が霧を発生させてるだけじゃないのか?
そんで、その中で獲物の位置が分かるスキルとかを使えるから一方的に攻撃出来てる、って事だろう?」
さも恐ろしい超常現象が発生した!と言わんばかりの語り口であった為に黙って聞いていたアレスであったが、半ば呆れた様な口調にて、現実的な指摘を入れて行く。
この地方に居るかは不明だが、実際に魔力によって霧を発生させる魔物は存在しているし、その手の魔物は得てして自ら整えた環境を利用する為のスキルも併せ持っているモノと相場は決まっているので、まず先にソレを疑えよ、と思っての指摘であった。
しかし、その森人族の若者はニヤリとした笑みを崩さない。
まるで、そうした指摘を受ける事を当然として捉え、更にはソレに対する反論まで持ち合わせている、と言わんばかりの余裕振りであった。
「…………と、思うだろう?
当然さ、俺達もそう思ってたんだよ。
でも、調べて見て分かった事らしいんだが、この辺りには本来そういう事をする魔物は出て来ないんだってさ。
実際、俺もここ百年位は見た事も聞いた事も無い事態だし、ソレが起き始めたのも確か……去年、にはまだ起きてなかったとは思うけど、それでもそれより後には間違い無いからな。
だから、霧が突然立ち込めて来たら気を付けた方が良いぞ、って話だよ。
まぁ、冒険者の君達には、言わなくても大丈夫かも知れない事だけどね」
「いや、なんで聞いた時期が年単位でアヤフヤなんだよ」
「仕方無いだろう?
俺は森人族だぞ?
どれだけ長く生きると思ってるんだ?
俺達に取っちゃ、一年や二年は割りと誤差の範囲内だぞ?」
「……おぉう、出たよ長命種特有の時間感覚。
まぁ、でもそういう事なら覚えておくよ。
その手の情報は、知ってるだけでも大分違うからな。
因みに、その化け物って具体的にどんな事をしてくる、とかは聞いてないか?
どんな姿形をしている、とかでも良いけど」
「悪いけど、この話に関して俺が知ってる事はコレだけだよ。
実際に、街の外に出て魔物を狩って来る班の連中ならもっと詳しく知ってるかも知れないけど、俺は街の外に出る仕事は振られて無いからね。
でも、気を付けた方が良い。
実際に何人もソレで行方不明になって犠牲者が出てるみたいだし、死人も出てるって話も聞くから」
「了解。
まぁ、俺達だって別段依頼されてここに来てる訳じゃないからな。
自分達でわざわざ突っ込んで行くつもりは無いよ。
精々、気を付けて進むさ」
そう言って、自称内職班の若者と別れるアレス。
森人族は他の国の様に個々人で職業を決めてアレコレとするのでは無く、街単位で大雑把に外に出る『狩猟班』と中で作業する『内職班』に別れ、その日その日でそれぞれの作業に割り振られる、といった構造になっているのだとか。
昨日は籠を編んだ者が、今日は布を織り、明日は木々の剪定を行う、といった具合に、日によって作業が異なるのが彼らにとっての普通らしい。
なので、彼ら的には毎日同じ事ばかりしていて飽きないのか?と問われすらする程度には、不思議な事をしている、と認識されている様子だ。
「…………ちっ、またか」
そうして、若者と別れた途端に離れた場所から向けられる、排他的な視線をアレスは感じ取る事になり、思わず舌打ちが零れ落ちる。
他のメンバーの方へと向かいながらチラリと横目で確認すれば、その先には比較的歳を重ねた雰囲気の森人族が険しい表情を浮かべて彼らへと視線を注いでおり、そこには有効的な色合いは浮かんでおらず、寧ろ厄介者を見る視線としか思えなかった。
…………比較的若い世代、丁度彼らと交流を持とうとしている若者達の様な年代の者は、外から来たアレス達に対して友好的であった。
ソレは、外の世界に出て行く行動力は持ち合わせていないながらも、それでもソコに対する好奇心は捨てられていないが故に、彼らから話を聞こうとして接して来るからだ。
しかし、彼らの上の世代はそうでは無い。
実際に自分達で見聞きしたり体験したり、と言った事があったり、外に出て戻って来た者が身内に居たり、として外の世界の実情を知っているが故に、中途半端に興味を強めて飛び出して行く事に不安を覚えると同時に、ソレを吹き込んでいるアレス達を好ましく思ってはいない、と言う事なのだろう。
更に言えば、中には殺意の類を向けて来る視線すら混じっている。
既に遥か昔の話になるが、この星樹国へと向けて森人族の奴隷を大量確保するべく侵攻した国があったらしく、当時を知る者、実際に闘った者、家族や己を奴隷とされて地獄を味わった者がまだ存命であり、そういった人々からすれば、外から入ってきた人間、と言うだけで未だに憎悪の焰を向ける対象として事足りてしまうのだろう。
とは言え、彼らはアレス達を直接害そうとしてはいないし、思ってもいない様子。
流石は当時の泥沼の地獄絵図を生き抜いた猛者達であったらしく、アレス達の実力の程を確りと見抜いていたのか、どう足掻いても返り討ちに遭うだけ、と冷静な判断が下せていたらしく、忸怩たる思いにて視線にて刺し貫いていた、と言う訳なのだ。
そんな事情を、先程のソフトモヒカンの若者とは別の若者から囁く様に教えられていたアレス達は、特に気にする素振りを見せる事も無く集合する。
彼らとて、何処でも『Sランク冒険者』として尊敬と羨望の眼差しのみを向けられて来た、と言う訳では無く、寧ろそうでない視線を向けられて来た経験の方が多い為に、直接的にどうこうしようと企んでいないのであれば、特に気にしない様になっていたのだ。
移動の為とは言え、集まった以上は情報の交換でも、と従魔達を橇に固定しながら会話を始める『追放者達』。
その流れで、アレスは先程耳にした『霧の中の化け物』に付いて口にした。
すると、他のメンバー達も不思議そうな顔をしながら口々に『自分も聞いた』と言い出したのだ。
しかし、細部に関してはそれぞれで異なるらしく、一番ベーシックなアレスの聞いたモノに追加する形で、それぞれで語り出して行く。
曰く、見付かった被害者の身体にはまるで武器でも使われた様な鋭利な傷口が残されていた。
曰く、霧に映った『化け物』の影はそこまで大きなモノでは無くシルエットとして人間に近い。
曰く、霧の中にて無数の足音の様なモノを聞いた事が在るので一体では無さそう。
曰く、やり過ごそうと隠れていたら鎧が擦れる様な音を立てながら近くを通り過ぎられた。
曰く、襲われた際に呼吸音や気配の類いを感じなかったのでそれらを隠す様なスキルも持っているかも。
…………一つ一つは大した事は無く、最早別の魔物では?とツッコミを入れて笑っていられる程度のモノであっただろう。
だが、そうして情報の欠片を集めてしまい、更にはそれらに心当たりが無いでもない彼らにとっては、何となく嫌な予感が脳裏を過る様な心持ちとなるのであった……。