閑話 追放した者達の今・3
「ぐあっ……!?」
苦鳴を挙げて、地面へと転がる一人の青年。
平均的な身長からすればやや小柄であり、得物を振るって戦うには些か弛んだ体型をしているが、珍しい髪色をしている為に彼が『そう』なのだと言う事は、一目で分かってしまう程度には、長く『勇者』として活動してきたタジマ。
そんな彼が、仮にも『勇者』としての名前が知られ始めている彼が、無様にも地面へと転がされていた。
得物すら取り落とし、身体が発する苦痛によって表情を歪めながら脂汗を滴らせ、喘鳴と共に荒い呼吸を繰り返すその様は、とてもでは無いが『勇者』と称される人物に相応しい、とは言えない様となっていた。
一応は、『勇者』としての名声にも実力が追い付き始め、各地で頻発する魔物の襲撃による救助要請の中でも、難易度の高いモノを彼単独でも請け負える様にはなっていた。
それだけの実力を持ちながら、そうして苦鳴を挙げて地面へと沈み、それでいてそれ以上の事はされずに放置されているのは何故なのか?
それは、彼の前へと佇む一人の青年が、圧倒的なまでの実力によって彼を叩きのめし、地面へと沈めたから、である。
「…………はぁ。
で?事前にあれだけデカい口を叩いておいて、この程度かい?
この国が定めた『勇者』ってヤツも、大した事は無いんだな」
一人余裕そうな様子を見せたままでタジマを見下ろす『彼』の首には、黒い首輪が嵌められていた。
罪人の証であり、反逆行為を行う事を決して許さないソレを嵌められていると言う事は、ただそれだけで決して許されはしない大罪を犯した者である、と言う何よりの証左とされるモノであった。
現在は、そうして大罪人として零落れ、その上で全盛期の力は失い、挙げ句の果てに木剣のみを手にしている『彼』であったが、立ち合いの結果は見たままのモノとなっていた。
勇者タジマは、自らに与えられていた『聖剣』を使用し、スキルや魔法すらも使用した上で、それらの使用を禁止された『彼』に対して手も足も出ずに敗北して土に塗れる事となっていたのだ。
「…………くそっ、サイモン、テメェ!
巫山戯るんじゃねぇぞ、この野郎!
訓練だって言ってるだろうが!?
本気でやる奴があるかよ!?」
「だから、ちゃんとやってやっただろう?
俺は本気は出さず、スキルも使わずにこうしているのだから、十二分に手加減はしているけど?
そんな俺に、万全の態勢で挑んでボロ負けする君の方が、『勇者』としてどうかと思うけどなぁ?」
「あぁ!?
アレの何処が手加減した、だこのクソ野郎!!
テメェ、その首輪のせいで俺に逆らえばどんな目に遭うのか、忘れた訳じゃねぇだろうな!?あぁ!?!?」
「…………忘れてもいないし、忘れる訳も無い。
そもそも、コレが付いている以上、命じられた事以上が出来なくなると、本当に理解した上でキレ散らかしているんだろうね?」
呆れた様子と視線を隠そうともせずに、両手を地面に立てた木剣の柄尻に置きながらサイモンが零す。
彼が現在嵌められている『隷属の首輪』が冷たい存在感を放っているが、彼の言葉の通りに、彼の首にソレが嵌っている以上、彼は命じられた事柄に関しては、一度完遂するまではソレ以上の事は出来ない状態となっているのだ。
故に、彼は命じられれば『手加減をする』以外に選択肢は無い。
勿論、ある程度の幅を持たせる事は出来なくも無いが、例え、殺してしまえば開放される様な相手であっても、手加減を間違えて事故で殺めてしまう、といった様な事は出来ないのだ。
既に冒険者の等級で言えば『Aランク』へと序され、活動時間単位で見れば最短記録だ、と持て囃される勇者タジマが、その全力を以てして挑んでの結果が、外部から強要されてとは言え手加減されてのコレであるが、それも仕方の無い部分は在るだろう。
何せ、相手は一度死んだ事によって弱体化を果たしているとは言え、人類の中でもほんの僅かな者しか辿り着けない、人の域を外れた者のみが到達しうる高みである『Sランク』の称号を持っていた存在なのだから。
魔物を多く狩り、この世界の人間には認知出来ないシステムによって自らの力の増大を認識したのであろうタジマが、自身の力に自信を抱き、ソレを確かめるべくサイモンへと挑んだのだろう、とは察せられる。
これまでも、必殺技、と称して既存のスキルには当て嵌まらない様なモノを使用したり、突如として昨日までは出来ていなかった事が出来る様になっていたり、と言う事が複数回在ったのだから間違いでは無いだろう。
大方、それらによって得た力のが在れば、例え手加減された結果であったとしても、最高ランクに在ったサイモンから一本取れるだろう!との考えの元に行われたのであろう試合であったが、結果は見ての通りのモノ。
そうして得た力を以ってしても、届かない高みに相手は居たのだ。
…………だが、この試合を通して、忸怩たる思いを抱いていたのは、タジマだけでは無かった。
真剣を使い、スキルまで使って来た相手に対して、木剣と自身の技量のみで立ち向かい、勝利してみせたサイモンも同様に、自らの現状に憎悪すら感じている者の一人であったのだ。
彼は、自らを殺意すら込めて睨み付けながらも、その中に何処か『脅え』と『怯懦』が滲んでいるタジマの視線を受けながら、自らの掌へと視線を落とす。
…………たったそれだけの動作一つ取ったとしても、かつての自身の動きを知る者としては、それはあまりにも遅く、鈍く、緩慢な動作であり、宛ら汚泥の中を動いている程に重く感じられるモノとなっていた。
それらは、セレンによって施された死からの蘇生による代償であったが、その効果は身体能力のみに留まらず、スキルにまで影響を及ぼしていた。
かつての威力には遠く及ばず、保有魔力も少なくなっているのに、消費量は寧ろ増えており使い勝手も悪く、ゴリ押しでの殲滅なんて以ての外な現状、幸か不幸か唯一後退せずに済んだ技量に頼る羽目になったのは彼としては屈辱以外の何物でも無かった。
それは、何故か?
答えとしては至極単純、ソレがかつてヒギンズから習ったモノだから、だ。
昔から、ヒギンズは彼へとこう教えていた。
いざ、スキルや身体能力が衰えたり、使えなくなったりする場面が来るかも知れないから、そんな時であっても活用出来る様に技術は出来るだけ磨いておいた方が良い、と。
故に、彼は持ち前のスキルに頼り切った戦闘を行うのでは無く、自身の手札の一枚として数えながら基礎的な技術を養い、臨機応変に使い分けながら戦う事を善しとしていた。
…………それは、自らが授かった職業に自負を抱き、自らの力をして周囲を圧倒し、自身のみにて頂点へと立つ事を野望として胸の内にて燃やしていたサイモンには、到底受け入れられるモノでは無く、ある種の侮辱めいた教えとなっていたのだ。
しかし、何の因果か、その教えの通りに『力』を喪ったヒギンズは再起を果たし、その原因となったサイモンはこうして『力』を喪い、かつての教えによって生き存える事となっている。
一時は罪人として、最前線にて繰り広げられる地獄絵図へと放り込まれる事にもなったが、こうして『勇者パーティー』として活動する中で徐々にではあるがかつての力を取り戻しつつある現状、もどかしさ、と言う一点ではやはり彼はアレス達を超えようとして藻掻いているタジマのソレを超越している、と言えるだろう。
…………かつての力を取り戻し、そして再び頂点の座へと至る。
その為であれば、例えクソ生意気なガキの世話であれ、稽古であれやってやるし、いずれは魔王だってその首を落として見せる。
その野望を胸に抱き、未だに焔を燻ぶらせながらサイモンは、手にした木剣の柄を砕かんばかりの力で独り握り締めて行くのであった……。