『追放者達』、次の国を目指す
教皇グレゴリオに対して依頼の追加報酬の枠を使い、情報を要求してから数日が経過した。
その頃には、サンクタム聖王国内部で起きていた混乱も多少は落ち着きを見せ始めており、周辺へと向けて教義に則った魔物狩り遠征も再び規律だって行われる様になっていた。
その為、アレス達の案内役兼護衛、として長らく行動を共にしていたセシリアも本来の職務である第二遠征騎士団の長としての仕事に戻る事になり、彼らの側から離れることとなっていたのだ。
彼女としては、本格的に護衛として動いた事も無く、また彼らが遭遇して交戦した魔族と相対する事も無かった為に、本当に自分が居た意味は在ったのだろうか……?と思い悩む気持ちが無かった、とは言えない状況となっていた。
しかし、アレス達としては『そんな事はとんでもない!』と言うのが正直な話である。
土地勘が無く、それでいて対処が急がれる、といった中々に無茶振りが過ぎる状況下で、確りと情勢と情報とを把握して提供してくれる協力者が側に居た事が、どれだけ彼らの仕事を助けてくれたのか、その功績は計り知れないモノであると言っても良いだろう。
その気持ちを、出立が間近になったから、と別れの挨拶に来ていた彼女に直接的にぶつけるアレス達『追放者達』のメンバー達。
最初こそ、戸惑いと否定の言葉を口にしてきた彼女であったが、彼らの言葉と表情が偽りのモノでは無い、と知ると、そのお嬢様然とした美貌に大輪の笑顔を咲かせ、豪奢な金髪を靡かせると、丸まり掛けていた背筋を伸ばして嬉しそうに大きな胸を張り、最初に遭遇した『暴走』に対処した時の様な溌剌とした雰囲気のままで、意気揚々と部下を率いて魔物退治へと赴いて行く事になった。
そして、場面は変わってグレゴリオの執務室。
アレス達は、彼から『求めていた情報を調べ終えた』との報せを貰い、こうして何度目か分からない来訪を遂げていた。
いつもと同じく、ソファーに腰掛けて対面するグレゴリオとアレス達。
その間に置かれたテーブルには、幾つかの古びた書籍が置かれていた。
「さて、先ず確認ですが、貴方が求めていた情報は二つ。
『サンクタム聖王国建国の経緯』と『『勇者』の特性について』で間違いは無いですね?」
「ええ、その通りです。
それで、そこに在るのが?」
「はい。
こちらの『聖王国建国史』の比較的最初に近い数冊、最早価値を付けられない原本を保管していた地下書庫から持ち出しまして内部を解読、調査しました。
その結果として、分かった事をお伝え致します」
「はい。
宜しくお願いします」
「では、最初に。
貴方も気にして居られた様に、このサンクタム聖王国はかつての魔王を討った『勇者』が当時の仲間であった聖女と共に建国した、とここには記されておりました。
当時の国名は現在とは異なり、また政治体系や統治法等も異なるモノとなっていた様子ですので、恐らくは何処かで政変が発生し、現在の宗教国家としての形に変わったのでしょうね」
「…………その口ぶりから察するに、それらの経緯や建国当時の事柄に関しては、基本的には現在に伝わってはいない、と言う事でよろしいのでしょうか?」
「はい、そうなるかと。
少なくとも、千年は前の事柄となる様子ですので、永きに渡ってその生を維持する長命種とは異なり、寿命が短く世代を多く重ねる我々が情報を残し続けるのは、また変わる前の国の事を残し続けるのは、とても難しい事ですので」
「…………ふぅむ?
コレに在る通りであるのならば、殆ど自然に発生した宗教としての『教会』の原型が、元より『聖女』を尊きモノとして崇める習慣の在った旧国の内に広がり、結果的にそれまで国を治めて来た『聖女』を象徴的な扱いとして、実質的な指導者としての立場は『教会』が取る様になった、との形になりそうであるな。
コレが、知りたかった情報なのであるか?」
「まぁ、一応は?
あれだけ意味深な理由で侵攻してきたんだから、一応は、ね?」
「さて、では次に、もう一つ求められていた情報に関してですが、こちらは正確な調査書、の様なモノは残されておらず、当時の戦闘記録や伝聞、又は本人への聞き取り余録、といった程度のモノとなります」
「その程度、であったとしても、リーダーが求めてる情報には間違い無いんだから、取り敢えず聞いておきたいかなぁ」
「そうね。
なんでリーダーの事をそんな風に呼んだのか、その理由位はアタシも知りたいし、もう既に『勇者』は居るのにそんな風に呼ばれた理由も知りたいわね」
「なのです!
それと、あの魔族の人、リーダーが『他に居る』って言った時に本当に驚いた顔をしていた、様にボクには見えたのですから、その理由も書いてあったりするのです?」
「そう、ですね……。
見付かった記録に依りますと、当時『勇者』と呼ばれた御方は正しく文字通りに『一騎当千』『万夫不当』を体現した様な方であったらしく、お一人で『暴走』状態に在った魔物の群れを狩り尽くし、群がる魔族を蹴散らして見せた、との事です」
「…………共通点無さすぎでは?」
「ですが同時に、剣も魔法も高いレベルで同時に使いこなし、それでいて状態異常に対しても、帯同なさって居られた聖女様が不思議に思われる程に耐性が高く、下手なモノであれば効果を発揮される前に弾いてしまう事も在ったとか」
「そう聞きますと、それなりに共通項が在る、様にも思えますね?
それ以外には、何か特徴がありましたでしょうか?」
「他に、ですか……。
あぁ、そう言えば、彼の御方は人徳に厚く、常に周囲には様々な人々が集まっていた、との記述と共に、彼の御方は『稀人』であった、とも記されておりました」
「…………じゃあ、本格的に俺と違くない?」
一番知りたかった情報を聞き、自分なりに分析して行くアレス。
報告の途中から、この数日にてどうにか自己嫌悪のスパイラルから復活したらしい四人が加わり、多少賑やかな流れとなったが、結果的には全員で首を傾げる事となる。
何故なら、言う程に『特異点』と呼ばれたアレスと共通点が無い、様に思えたからだ。
確かに、彼は剣も魔法も高いレベルで同時に使いこなす事が出来るし、人望も有る方ではあるが、だからと言ってそんなに一人きりで無双出来る程に極端な強さを保持している訳でも、また別世界からの来訪者である『稀人』でも無い訳だし、そういった点に於いては例の『勇者サマ』の方が当て嵌る点は多く在ると見て良いだろう。
結果的には、首を傾げざるを得ない様な情報しか得る事が出来なかった『追放者達』。
しかし、それでも情報は情報であり、かつそれまで知る事が出来なかった事を知る事が出来た、と言う点に関しては大きく前進した、とも言える為に、不満はあっても納得は一応している様子であった。
そうして、依頼の報酬と情報とを受け取ったアレス達は、一応旅としての目的も果たしているから、とグレゴリオへと別れの挨拶も同時に済ませてしまう。
些か急ではないですか?と若干ながらも引き留めようとする彼に首を振って見せれば、それ以上は強く言及して来る事は無く、多少残念そうにしながらも見送りの言葉を掛けてくれた。
その後、執務室を後にしたアレス達は、市場や店等にて必要になるであろう消耗品を買い足すと、首都セントデュースから出立し、次なる目的地へと目指す為に先ずはサンクタム聖王国から出る事を目標とするのであった……。
次回閑話を挟んで新章に移行する予定です