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『聖女』、吼える

 


 首都セントデュースの闇夜に、戦闘音が響き渡る。


 アレス達『追放者達(アウトレイジ)』とテンツィアとが接敵し、戦闘を開始してからそれなりに時間が経過していた。



 未だに夜が明ける兆候は見られないものの、それでも確実に深まってきており、周囲の建物の中からは住民達が息を殺して事の成り行きを伺っているのが感じ取れていた。


 そして、それと同様に、戦闘自体も佳境を迎える事となっているらしく、荒げられた呼吸音すらも同時に聞こえてくる程であった。



 テンツィアの放った【魅了】により動けなくなってしまっている複数の影は、まだ身震いするしか出来ておらず、必死に抗い難い衝動と渇望に抵抗している様子であったが、アレスの様に完全に振り切る事も出来ず、またセレンの様に術式を発動させるまでは行かずとも、構築して見せる程度の抵抗すら見せる事が出来ずにいた。


 一方、その近くでまだ激しく戦闘を繰り広げている二つの影の持ち主達は、消耗の極致、とでも呼ぶべきモノに近しい状態へと成り果てつつあった。



 片やアレスは、満身創痍。


 対面での一対一であり、かつ背後に行動不能に陥った仲間を背負い、その上でパートナーであるセレンの身の安全、と言うタイムリミットを強要されてしまっているが故に、彼本来のスタイルである暗殺者としての一撃強襲が完全に封じられ、真っ当に剣士としての立ち回りを強制されたが故に被弾が増え、体力魔力共に大きく消耗させられてしまって現在に至っていたが、その意思と心は未だに健在であり、闘志は欠片も衰えてはいなかった。



 片やテンツィアも、無事無傷では当然無い。


 これまでは完璧に回避していた顔面への攻撃も直撃を受けてしまう事となり、最優先で治癒しようとしてはいるものの、魔力に余裕が無いのかその進みは遅々としたモノに収まってしまっており、それ以外にも多くの攻撃を受け外見だけで言うのならばアレス以上の満身創痍となっていて、元より露出過多であった服装は最早服としての様相を呈しておらず、ボロ布を纏っていた方がまだ衣服としての機能を果たせたであろう状態となっていた。



 …………目を血走らせ、瞳をギラつかせながら荒い呼吸を吐き出している男が、服としての機能を喪ったモノから豊満な胸を溢れ落とさせている女に対して躙り寄ろうとしている。


 要素だけを抜き取るならば、完璧に即座に通報モノの絵面だが、アレスが向けているのは獣欲では無く純然たる殺意であるし、テンツィアの方もこれから襲われる、と言うには余裕があり過ぎるし何より口元には微笑みすら浮かんでいるのだから、万が一『そういう事』に発展したとしても傍から見ている限りでは完全に『合意の上の事』として処理せざるを得なくなるだろう。



 そんな二人は、一瞬の睨み合いの後に、再び激突し斬り結んで行く事となる。


 刃をアレスが振るえば、ソレをテンツィアが長く伸ばした爪で迎撃し、反撃としてもう片方の爪にて攻撃するも、浅い傷にて被弾を済ませたアレスが蹴りにて応酬し、テンツィアも身をくねらせる様にして回避する。



 仕返しに、とばかりに現在では完全に露わになってしまっている豊満な胸を揺らしながらテンツィアが拳打を放ち、アレスの腹部へと直撃させるが、その手応えは異様に軽く、まるで空中へと投げた紙へと突き入れた様な感触のみが返って来ていた。


 不味い誘われた!と彼女の脳内にて警鐘が鳴らされた時には既に彼女の肩にはアレスが逆手に握っていた短剣が深々と突き立てられており、激痛と共に多大な出血を強いる事になるだけでなく、最早回避不可能な距離にて複数の魔法が展開されており、雨霰と降り注いで来る無数の魔法によってその身を打ち据えられて行く!



 が、そこは流石の『魔族』とでも呼ぶべきか、回避は不可能と判断するや否や、身体から純粋に魔力を噴出させて擬似的な結界にも似た防壁を作り上げると、その場で耐え切る選択肢を選び取り、回避していた場合に動いていたであろう場所へと置き発動させられていた強力な術式を空打ちさせる事に成功する。


 更にそれだけでなく、超が付く程の近接状態を解除する事無く留まる事に成功し、かつアレスとしてはソレが為されるとは思っていなかった、との隙としては絶好に過ぎる機会が訪れる事となり、こちらも半ば露わとなっている臀部の上から生えている、只人族(ヒューマン)には存在しない器官である尻尾が急速に躍動し、彼の急所目掛けて跳ね上がる!



 彼の正中線へと目掛けて伸び上がる尻尾は、魔力によって強化が施されており、今まで使われていた爪よりも強固で鋭いモノとなっており、命中すればまず間違いなく致命傷へと至る事となるだろうし、タイミング的にも命中は間違いなく齎されるモノだと言えた。


 しかし、対するアレスも大したモノで、暗殺者としての第六感が極大の警鐘を彼の脳髄にて掻き鳴らしていたが為に、ほんの僅か、たったの半歩分のみ突き立てていた短剣から手を離しつつ反射的に身体を捻る事に成功し、大きく身体を抉られながらも致命傷だけは回避する事に成功した。



 それにより、咄嗟に双方がその場から飛び退き、両者の間に距離が再び横たわる。


 最後の一撃にて大きく負傷したアレスは鮮血を撒き散らしながら片膝を突いているが、その瞳には未だに闘志の焔が宿ったままとなっている。


 一方最後の水分けの際にダメージレースにて大きく差を付けたテンツィアも、別れ際の一瞬にて投擲された短剣が翼に数本突き立てられてしまっている上に反撃として尻尾も、繋がってはいるが半ば断ち切られてしまう形となった為に、総合的に見れば若干優位、といった程度になるだろう。



 幾度目かも分からなくなった交差を終え、互いに相手を牽制しつつ、残り少なくなって来た魔力や回復薬(ポーション)によって回復を行っていると、テンツィアがチラリと視線を彼から外して行く。


 ソレに釣られる形で彼もそちらへと視線を向けると、そこには一人自身の身体を抱いて震えるセレンの姿が在った。



 身体の震えは先程よりも強くなり、最早身悶えしている、と表現するのに相応しく、虚ろな視線も既に一点に定められてしまっている様にも見えていた。


 それだけでもあからさまに『もうヤバい』『もう保たない』と理解出来るのにも関わらず、更に危険な条件として従魔達が我慢の限界に達したのか、彼女の近くに寄り始めており、中には膝を突いて震えている彼女の臀部の匂いまで嗅ぎに行っている個体まで居た程だ。




「あらぁ?

 これは、本格的に『アウト』ってヤツかしらぁ?

 ふふふっ、貴方ちょっとあの娘の事気にし過ぎみたいだけど、もしかして恋人だったりしちゃうのかしら?

 だったら、ごめんなさいね?

 貴方の恋人、あの獣達に犯されて、ヒィヒィ言いながら大悦びする事になっちゃうけど、それでも穢れた、とか言っちゃダメよぉ?

 世の中には、色んな趣味を持った人が居るんだから、相手の性癖は受け入れて上げなくちゃ、ねぇ?」




 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、そうのたまうテンツィア。


 初めから二人の関係は何となく把握していた彼女としては、ここで煽りを入れる事で彼の激怒を誘発させ、盤面を優位なままで進めたい、と願っての行動であり、アレスもソレを理解はしていたが、それでも自分の恋人が目の前で犯されて行く光景を見ているだけ、だなんて事は絶対に出来ない為に、悲鳴を挙げている身体に鞭打ってどうにかセレンの下へと駆け寄ろうと足に力を込め始める。





 ────正に、その時であった。





 突如として、それまで虚ろであったセレンの瞳に光が戻り、意思の力が感じ取れる様になると、すかさずそれまで自身の身体を抱いていた右手にて左腕を掴むと、鈍く湿った音と共に




「が、ああぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!」




 との悲痛なまでの叫び声を彼女が発したのは。



 それと同時に、複数の術式を同時に展開・瞬時に発動させ、多少ふらつきながらその場で立ち上がり、手にした杖にて血走った目で近寄って来ていた従魔達を一蹴すると、その全身から怒気と殺意と魔力とを迸らせながら、鋭い視線をテンツィアへと送りつつ吼えるのであった。





「貴様!

 良くも、旦那様にのみ捧げた私の心を惑わせ、私の身体を穢させようとしてくれましたね!

 貴様の罪、最早赦す事は罷りなりません!

 今!この場で!その命、散らせて逝きなさい!!!」




聖女、キレる

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