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『暗殺者』、奮闘する

 


 アレスが構築した術式を開放し、完成した魔法がテンツィアへと襲い掛かる。


 降り注ぐ炎と氷の矢衾に対して彼女は、口元に浮かべた笑みを消す事無く時に足捌きにて回避し、時に長く延長した爪にて打ち払いながら今度は自分の番だ、と言う様に自ら彼我の距離を詰めて行く。



 一方、ソレに応じる形にて前へと躍り出るアレス。


 どの様な手段を用いたのかは不明であるし、何故自分だけ無事で居られているのかも不明であったが、それでも仲間の為にも一刻も早く目の前の怨敵を撃滅せしめて見せる必要がある、と言う事だけは明確に理解していたが故に、赫怒にて燃え上がった心とは裏腹に、氷の様に凍て付かせた頭によって出された結論に従い、迎撃の為にも刃を振るって行く。



 両者の攻撃がぶつかり合い、周囲へと再び甲高く激しい金属音が鳴り響く。


 アレスの技量と『天槌』が創り上げた逸品が合わさっても容易に切り落とす事の敵わないその爪は当然片方だけな訳が無く、双方の手によって嵐の様な連撃と化して繰り出されており、彼の技量を以ってしてもその全てを回避する事は難しく、その身体に細やかとは言え確実に無数の傷を生み出し続ける。



 当然、それを唯々諾々と受け入れるアレスであるハズが無く、彼自身も所々で反撃を差し込んで行く。


 テンツィアが得物として使っている爪は、魔力による強化が施されている為に並の金属を上回る硬度を持っている様子であるが、それでも身体能力自体は彼の方が上回っているらしく、防御の上から無理矢理押しきったり、わざと急所以外の部分に対して薄く攻撃を受けて隙を作ったりしながら反撃し、一度の攻撃で確実なダメージを与え続けていた。



 盤面だけを見るのなら、より多くの傷を与えているのはテンツィアで、より多くのダメージを与えているのはアレスとなるだろう。


 これまで戦ったゴライアスの様に無機物にて身体が構成されている訳でも、またスルトの様に規格外の大きさをしている訳でも無いが故に、見た目通りの頑強さ、体力しか持ち合わせていないテンツィアにとって、大きくダメージを稼ぐ事が難しく、それでいて相手は確実に大きなダメージを出せる攻撃を当てて来る、といったかなりやり難い状況となりつつあるハズなのだが、未だに彼女の余裕な様子は崩れる事無く保たれ続けていた。



 …………いや、より正確に表現するのであれば、テンツィアの余裕が崩れる事が無い、と言うよりも、アレスの焦りが募り始めている、といった方が的確だろう。


 何せ、大切な仲間達だけでなく、人生を共にしようと約束しているパートナーまで敵方の術中に陥っている上に、その身を仲間の手によって穢されるかどうか、の瀬戸際に近い場所に在るのだ。



 現在は、まだ先程とさして変わった様子は遠目には見られないが、セレンはその身を捩る頻度が若干だが多くなっているだけでなく、頬まで上気して普段誘って来る様な表情で視線をさ迷わせている様にも見えるし、従魔達も彼女に近付きつつある様にも見える。


 が、それでもまだ彼女は必死に自ら術式を構築しようとしては失敗して崩壊させる、といった事を繰り返しているし、従魔達も荒い吐息を吐きながらもパーティー(群れ)のリーダーであるアレスへと視線を送り、辛い様子を隠せてはいないながらも彼の()であるセレンに近付かない様に努力している様子が見て取れた。



 とは言え、それも何時まで保つのかは不明だし、正直に言えば不安しか無い。


 何せ、精神力に定評のあるガリアンや、各種耐性の類いは一通り持ち合わせている、と語っていたヒギンズですら自身を律する事に半ば失敗する程の『魅了』(推定)を仕掛けられて強制的に発情状態にされてしまっているのだから、何時脳が完全に茹だって目の前の異性の事しか見えなくなってしまったとしてもおかしくは無いのだ。



 そんな彼の懸念が見て取れたのか、それともただ単に盤外戦術の一つとして仕掛けたつもりであったのか、おもむろにテンツィアが口を開く。




「あらあらぁ?

 そんなに、あの娘が気になるのかしらぁ?

 目の前に、こぉんなに良いオンナが居るのに、他に気を取られるだなんて、ちょっと気に食わないわねぇ。

 トクベツに、ワタシが何をしたのか教えて上げちゃおうかしらぁ?」



「…………だから見逃せ、とでも抜かすつもりか?

 この場でお前を殺せば、それで全て片が付く。

 その方が、余程正確で素早く事が済む」




 顔への攻撃を避けようとした際、首筋に受けた傷口を指で拭う様に撫でながら言葉を放つテンツィアと、頬に受けた傷から滲む血を汗と共に手甲で拭うアレス。


 何処か余裕を持ちながらそう口にした彼女の方は、闇夜によって暗く見通しが利かず、その上で遠目にはなっているが、少しづつ傷が小さくなりつつある様にも見えていた。



 一方アレスは、そんな提案をしてきたテンツィアの言葉を一蹴する。


 確かに、セレンや他のメンバー達の事は気に掛かるし、彼らが何をされたのかも気になるが、ソレはソレとして目の前の(テンツィア)を片付けない限りはどうにも出来ない事であるのは違い無いし、ましてや回復能力まで持っている様子の相手に対して時間を与えるのはあまり好ましい状況だとは言えないのだから。



 そんな彼の思惑を読み取ってか、もしくはソレには全く以て興味が無かったのかは定かでは無いが、一旦爪を短くした指先にて、今度は胸元に刻まれた長い太刀傷に指を這わせながら、ソコから来る痛みに別の意味合いにて表情を歪めさせながらテンツィアは言葉を続けて行く。




「まぁまぁ、そう言わずに、ねぇ?

 独り善がりな男って、パートナーから嫌われるわよぉ?

 と言うよりも、そもそもあの子達が苦しんでいるのって、貴方のせいなのだけど気付いていたかしらぁ?」



「…………あぁ?

 言うに事欠いて、挙げ句の果てにソレか?

 俺のせい?そんな訳が無いだろうがバカタレ」



「あらぁ?本当の事よぉ~。

 だって、ワタシが【魅了(テンプテーション)】を仕掛けたのは貴方に対してだけ、だもの。

 ソレを、貴方が弾いちゃったから、その余波で周りにいたあの子達が今苦しんでいるのよぉ。

 もしかして、気付いてもいなかったのかしらぁ?」



「なら、尚の事俺のせいじゃ無いだろうがよ。

 仕掛けたのもお前、ミスったのもお前。

 それの何処に、俺の介在する余地が在ったって言うつもりだ?あぁ?」



「そんなの、当然アリアリよぉ?

 気付いて無いみたいだから教えて上げるけど、ワタシの使ってるモノって貴方達が『スキル』と呼んでいるソレの源流、上位互換に等しいモノなのよぉ?

 ソレを、幾ら完全耐性に至っていたかもしれなくても、その程度で防げる程に容易くは無いのよねぇ。普通は。

 ソレに、お姉さんが貴方に仕掛けた【魅了】って、それこそこの国で操る為に使ってた薄いヤツじゃなくて、一瞬触れただけでも下着の中で暴発させながら腰を振り続けるだけの存在に成り果てる、位には濃〜いヤツをぶつけたつもりだったんだけど、ソレを直撃して平気な顔をしてるだけじゃなく、弾いちゃったなんて初めて見たわぁ。

 貴方、お姉さん達が呼ぶ『特異点』じゃない、って話だけど、だったら何者なのかしらぁ?」



「それこそ、知った事かよ!!」




 何処か恐怖にも近しい感情が混ぜられたテンツィアからの言葉に、怒鳴る様に言葉を返しながら斬り掛かって行くアレス。


 しかし、その言葉には怒りや苛立ちだけでなく、若干ながらも彼女からの言葉に筋道立てた説明が出来ない自身に対する戸惑いが含まれていた。



 本来であれば、自身の持つスキルでも対抗し得なかったハズの力を前にして、対抗出来てしまっている。


 弾かれた余波を受ける羽目になった仲間達ですら、抗う事すらも難しい状況にされてしまっているにも関わらず、直撃を受けた自分だけは平気な顔をしていられる。



 そんな自分の、生まれ持っての体質なのか、それとも何かしらの力によるモノなのかは不明だが、そんな良く分からないモノに助けられていた薄氷の上に在る現在に薄ら寒いモノを覚えたアレスは、再び術式を構築しながらテンツィアへと向けて斬り掛かって行くのであった……。




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