『追放者達』、交戦する
受けた情報量が多過ぎたのか、それとも受け取った情報が衝撃的過ぎたからかは不明だが、額に手を当てて首を振るアレス。
国が侵攻を受けた理由が衝撃的なモノであれば、自分の事を指して呼ばれていた『称号』こそがその最たるモノであった為に、流石のアレスであったとしてもその衝撃を受け入れきる事が出来ずにいたからだ。
…………だが、そこでふと彼は気付く。
そう言えば、先の情報には『偽りのモノ』が混ざっていたではないか、と。
「……成る程、理解した。
お前さん、さてはまともに情報渡すつもりは最初から無かったな?」
「…………あらぁ?
なんで、そんな事思うのかしらぁ?
別に、ワタシが嘘を吐いているとは限らないのだし、そもそもその情報の真偽を確かめる術も、特には無いハズなのだけどぉ?」
「その言葉が出てる段階で、ほぼ確定だろうがよ。
それに、お前さんが口にした情報の中に、確実に『虚偽のモノ』が混ざってるんだよ!」
「えっ!?」
言葉を放つと同時に刃を抜き放ち、持ち前の身体能力にて彼我の距離を再び詰めると、真っ直ぐにテンツィアへと目掛けて振り下ろして行く。
流石に、会話の途中にてその様な行動に出て来るとは思っていなかったらしく、テンツィアの方も慌てた様子にて自らの爪を延長させ、甲高い金属音を周囲へと響かせながらその攻撃を受け止めて見せる。
その一太刀の元に斬り捨てるつもりでの攻撃であったが、先のタチアナとナタリアとのやり取りの際の回避能力を見ていれば、こうなるであろう事は容易く予測出来ていたので、驚く事も止まる事も無く攻撃を続行するアレス。
一方、テンツィアは彼が突如として斬り掛かって来た事、ひいては会話の意思が無い、と判断してきた事に疑問を抱き、彼が繰り出す鋭すぎて回避もままならない攻撃を防御しつつ問い掛けて行く。
「ちょっとぉ!?
いきなり斬り掛かって来るだなんて、どういうつもりなのよぉ!?
お姉さん、確かにまだ言ってない事ならあったけど、別に嘘は吐いたつもりは無いんだけどぉ!?」
「分かって無いみたいだから指摘してやるが、さっきも言った通りに、お前さんが口にした情報には明確な『虚偽』が混じってたんだよ!
なら、他も信ずるに値はしないし、これ以上聞いてやる必要も無い、って訳だ!」
「その、虚偽の情報、ってヤツが、お姉さんには、分からないって言ってるのぉ!
ワタシ、別に嘘は言ってないんだってばぁ!?」
「なら、教えてやるよ!
俺は『勇者』じゃないし、『勇者』は俺じゃない!
別に居るんだよ!!」
「はぁぁっ!?!?
ナニソレ、そんな事あるのぉ!?
ワタシ知らないんだけどぉ!?」
「知ろうが知るまいが、俺の知った事じゃ無い!
それこそが、事実だっ!!」
言葉と共に気迫を込めた一撃を繰り出すアレス。
それを、テンツィアはギリギリで防御する事に成功するが、少し前まで二人を相手に華麗に回避して見せていた余裕はそこには感じられず、必死さが表に引きずり出されてしまっている状況となっていた。
…………体術の技量としては、高いが自分の方が上。
このまま押し切る事も出来なくは無いだろうが、以前に遭遇した連中や、直近で会った総掛かりでもどうにか出来るか分からない様な奴らとは違って、仲間との連携を使えば幾らでもどうにか出来る程度の戦闘力しか持っていない。
そう判断を下したアレスは、未だに崩された態勢を立て直せないでいるテンツィアに対して追撃を仕掛け、その後に仲間達との連携を以てこの戦いに終止符を打とうと企んでいた。
当然、先のやり取りを目の当たりにしていたハズの仲間達も、彼と同様の結論に至ってくれているハズであり、彼らのこれまで磨いて来た信頼を以ってすれば阿吽の呼吸にてその考えが伝わり、言葉にせずとも作戦を共有してくれているモノだと思っていた。
………………しかし、その段に至って彼の脳裏に嫌な予感と違和感が過る事となる。
嫌な予感としては『何かを忘れている』といった様な感触であり、普段ならば半ば放置する様なモノであるがこの場に於いてその様なモノが過るのは不自然に過ぎるし、違和感に関してもそうだと言えるだろう。
なんだ?それは、一体何なんだ?
自問自答しながら刃を振るっていると、その違和感は具体的な存在感を帯びて彼の内側にて膨れ上がり、その正体を白日の下へと姿を表して行く。
そう、アレスは、未だに単独で戦闘を続行していた、のだ。
仲間達による増援も、テンツィアが率いているかも知れない部下達が加わる事も無く、アレスのみがテンツィアと戦闘を継続している状態となっていた、のだ。
その不自然さは、何故今まで気が付かなったのか!?とアレスをして自身を叱り飛ばしたくなる程に大きなモノであり、戦闘に集中していたから、等という事は言い訳に過ぎない。
故に彼は、今回の戦闘にて始めて大振りにて刃を振り回し、それを防いだテンツィアを大きく跳ね飛ばして距離を無理矢理に作ってから、仲間達が居るハズの後方へと視線を投げ掛けた。
…………闇夜に紛れる様に佇む彼らは、一見普段の様子と変わりは無い様にも見えていた。
先のやり取りの様に、飛び出そうとして暴れるタチアナをヒギンズが、ナタリアをガリアンが抑え付け、その周囲を従魔達が守りつつ、セレンがどうなったとしても対処できる様に控えている、といったポジションのままで動いてはいない様にも見えていた。
しかし、既に夜闇に慣れた上に、元々夜目の利く体質であった彼の瞳には、そんな生易しい状況では無い、と言う事が見て取れてしまっていた。
彼らの瞳は、一様に光が無く、それでいて何かしらの情動に支配されているかの様にドロリと濁った色をしており、食い縛られた口元からは荒い吐息と共に唾液が糸を引いて流れ落ちており、とてもではないが正気とは思えない状態となっていた。
取り押さえる為に半ばパートナーと抱き合う形となっていた二組は、女性陣は何かに耐える様に見をくねりながらも自らの衣服の襟に手を掛けたり、相手の装束のボタンを外そうとしたりしている。
また男性陣の方も、抑え付ける為に拘束していたハズの腕は既にパートナーを掻き抱く事にのみ使われており、時折相手の身体を弄る様な動きを見せながらも、その次の瞬間には震えながらも動作を止め、どうにかして『何か』に抗おうとしているのが感じられていた。
残る従魔達は普段は穏やかな表情を険しくさせ、尻尾を巻きながら吐息を荒く繰り返し、落ち着かなさそうに周囲をウロウロしたりマーキングを繰り返しており、どうやら手助けとしては得られない状態にあると見える。
そして、最後に視線を向けたセレンは、自らの身体を自身にて掻き抱き、手にしていた杖に縋る様にしながら、時折アレスや周囲を彷徨く従魔達へと視線を向けていたが、そこにはやはりドロリと濁った情欲が渦巻いている様にも思えた為に、彼の背筋に薄ら寒いモノが駆け下りて行くのが感じられた。
…………それらの姿と振る舞いから、弾き出された答えは一つ。
それを以て、激怒と共に畏怖に近しい感情すら抱いたアレスは視線を元の位置へと戻すと、悠然と微笑んでいたテンツィアへと向けて殺意を滾らせて行く。
そんな彼の様子が彼女の琴線に触れたのか、それとも元々その手の加虐趣味が有ったのかは不明だが、元々微笑んでいた口元を更に釣り上げると、毒が滴る様な満面の笑みを浮かべて見せていた。
「あらあらぁ?
お仲間さん達、ちょ〜っとばかり大変な事になっちゃってるみたいよぉ?
あの様子だと、一人余っちゃってる娘はあの獣達と番う事になっちゃうのかしらぁ?
ふふっ、美しくて豊満な美女に群がる野獣、だなんて、背徳的でお姉さん凄い興奮しちゃうわぁ♡」
確実に、自分が何かしらを仕掛けた、と自供したにも等しいセリフを吐き出したテンツィアに対してアレスは、確実に自身の内側にて何かがキレる音を聴き、同時に自身が無事である事を不思議に思いつつも、全身全霊を以て目の前の敵を撃滅するべく、術式を構築しながら前へと飛び出して行くのであった……。