『追放者達』、行動を開始する
教皇グレゴリオの口から作戦の概要を説明された夜。
アレス達『追放者達』のパーティーメンバーの姿は、とある建物の近くに潜んでいた。
…………幾分か季節が周り始め、厳冬期よりも若干マシにはなってきたとは言え、未だに極寒と呼ぶのに相応しい気温が周囲を支配している。
が、彼らは『とある事情』にてその場で火を焚いて暖を取る様な事が出来ない為に、懐に抱いた焼石を懐炉としつつ、それぞれで従魔達を抱き締めたり、従魔達に埋もれたりしながら寒さを凌ぎつつ、その場から微動だにせずに待ち続けていた。
とは言え、別段何も難しい事を企んでいる訳では無い。
寧ろ、彼らはグレゴリオが唱えた作戦に於いては大詰めの段階に至るまでは殆ど出番が無い為に、現在はほぼほぼ暇の一言で片付けられてしまう為に気楽なモノであり、従魔達にもソレが伝わっているのか、それともこれほどくっついて構って貰えるのが数日振りであった為か、その口元はどの個体であっても笑みを浮かべている様に若干上がっており、尻尾は忙しなく、それでいて力強く左右に振り回された状態となっていた。
そんな和やかな雰囲気を放つ彼らとは裏腹に、常日頃は静寂が支配しているハズの時間帯であるにも関わらず、今夜のセントデュースは騒がしくなっていた。
理由としては言わずもがなかも知れないが、教皇グレゴリオが主導の元に、例の『懸念点』として挙げられていた建物や地点に対して、強制的に介入を実行した、と言うだけの話である。
…………事態が悪い方向へと動きそうだから介入する事を『懸念点』として挙げていたハズなのに実行しているとはコレ如何に?と思われた者も多いだろう。
だが、ソレに関してはあくまでもグレゴリオは『こちらから仕掛けた場合、即応されると予測出来る魔族の介入で最悪化する』と考えての対応であった為に、実は魔族に対抗出来るだけの戦力が用意出来るのであれば、別段実行するのに躊躇いは無かった、と言うのが正直な所になるのである。
なので、彼らはこうして隠れ潜んでいる、と言う訳だ。
彼らが今居る建物こそ、形創られようとしている魔法陣の最後の一点であり、かつ形成した魔法陣を起動させるポイントでもあった。
その為に、確実に関わって来ている魔族が事を早める、もしくは進める際に確実に襲撃を仕掛けて来るであろう地点であり、ここに来なければほぼ事態は杞憂として片付ける事すらも可能となるような、そんなポイントであったのだ。
そうでもなければ、幾分かは緩まったとは言え、下手をすれば凍死しかねない様な気温の寒空の下、こうして野外で息を潜めていたりはしないだろう。
尤も、どうせここまで派手に事態を動かしていた魔族であれば、半ば当然の様に彼らの動向程度は把握していただろうから、他の施設の襲撃に彼らが参加していない事、彼らの姿が他の所では見られない事から、彼らが既にここに居る事も見抜いているのだろうが、それは言わないお約束、と言うヤツである。
そうして、騒がしい周囲とは裏腹に、壁に凭れ掛かる形にて座り込んだ月紋熊に持たれる形で座り込みつつ、左右の片方づつ耳が折れている森林狼の個体をモフっていたり、鼻先が白い個体の懇願する目(ウルウルとした上目遣いと鳴き声)に促される形でセレンと共に半分枕にしながら撫でたりしていたアレスであったが、とあるタイミングにてピクリと反応して突如として立ち上がる。
それとほぼ同時にヒギンズが目を細めて得物を手にし、次いでガリアンと従魔達が反応を示す頃合いには、残る女性陣も迫りくる気配を感じ取ったらしく、全員が戦闘態勢へと突入して行く。
そうして全員の視線が向けられた先、彼らの立ち位置からしても上空に当たる『ソコ』には、空に浮かぶ星空を欠損させる形にて一つの影が作られていた。
遠目であり、かつ陰影故に輪郭しか彼らの目をしても見えてはいなかったが、ソレは優美にして豊かな曲線を描いている事が容易く見て取る事が出来ていた。
そのシルエットだけで、男であれば見惚れて呆然とし、下手をすれば女であったとしてもその圧倒的なスタイルの前に気圧されるか、それとも男と同様に見惚れてしまい、その場で棒立ちとなってしまっていたとしてもおかしくは無いだけの魅力を、周囲に放っている様にも思えていた。
が、この場に居合わせている者がその程度で圧されるハズも無く、誰一人として戦意を削がれる事無くその場で待ち構える態勢を取っていた。
「………………あの、影だけでも分かるデカ乳、むかつくわね。
ドサクサに紛れてもぎ取ってやろうかしら?」
「タチアナちゃん?
殺るのなら、こそこそせずに堂々と殺るのです!
それはそうと、殺るのならばボクも協力するのDEATHよ?」
…………尤も、全員が全員、平静のままで居られたのか?と問われれば、流石に答えは『否』とせざるを得ないだろう。
何せ、年の割にはスタイルの良いハズであり、これからも成長の余地が大分残されているハズのタチアナと、縮尺から鑑みれば決して小さくは無いハズだが、年齢的にも種族的にもこれ以上成長の余地が残されていないナタリアとしては、同じパーティーメンバーかつ同性としての比較対象が常にセレンとなってしまっている。
女性としては高身長で、かつメリハリが利きすぎる程に利いてしまっており、更にアレスと言う恋人を得た事で更なる成長と女性としての美貌に磨きが掛かっている彼女は仲間である為に、多少の嫉妬心を顕にしたとしても、そこまで過激な行動に出る事は基本は無い。
が、それらに関して他人から弄られたり指摘されたりした場合、もしくは敵意を持って接して来た相手が自身のスタイルを自慢する様な素振りを見せた場合、二人は修羅と化して相手方を撃滅しに走る事になるのだ。
相手に対して不利を押し付け、味方を有利に導く事を得意としているタチアナと、数の暴力を駆使する事に長けているナタリアが本気で組んだ時の威力は凄まじく、下手をすれば範囲は兎も角として破壊力で言えばパーティーメンバーの中でもトップクラスに躍り出る可能性すら持ち合わせている。
そんな二人が殺る気を漲らせており、ソレに釣られる形にて他の面々も戦意を昂らせながら、相手の出方を観察して行く事になる。
流石にこの状況に於いてはありえないだろうが、相手が戦う遺志を見せて来ないかも知れないし、そもそも想定している『敵対している魔族』では無い可能性も0では無い。
何かしらの手段によって、単独飛行を行っている亜人種の冒険者や警備兵、と言う可能性も残されている為に、流石に視認して判明していない以上、先制攻撃を仕掛ける事が出来ずにいたのだ。
尤も、そんな『可能性』の事だなんて知った事ではない、と言わんばかりの様子にて、翼をはためかせる音を立てながら、空に浮いていた人影が彼らの眼の前へと降り立って来る。
遠目に見ていたソレよりも、より艶めかしく、より匂い立つ様な色気を放つ肢体を投げ放っているその存在は、露出の激しさと着ていない方がまだ貞淑に見えるのでは?と思える様な過激な衣服を身に纏っており、ソコから垣間見えるのはタチアナの種族でもある魔人族と魔物である『淫魔』と共通している様にも見える特徴の数々であった。
そんな、色気を凝縮して物理的な存在と化させた様なソレが、口を開く。
口元に見える黒子や、ややぽってりとした厚めの唇といった要素がまたしても色気を増加させ、その口から零れ落ちる甘やかな声が耳へと染み込んで来る。
「…………あら、悪い子達ねぇ?
こんな時間にこんな場所に居るって事は、お姉さんと遊びた「「死に晒せゴルァ!」なのです!」っちょぉ!?!?」
…………のだろうが、そうされるよりも先に、殺意に支配された二人が目の前の人物に対して飛び掛かり、躊躇いなく刃を振り落として行くのであった……。