『追放者達』、愕然とする
仕掛けられようとしていた魔法陣の効果と用途が判明した。
そう告げられたアレス達は、一気に意識を教皇グレゴリオへと集中させる。
瞬時に為された切り替えは、同席していた高官達が、先程までのソレを彷彿とさせる程に素早く行われ、余りの変貌振りに目眩にも似た様な戸惑いを感じるが、その切り替えこそが人外に至る素養の一つなのだろう、と無理矢理に自身を納得させ、失態の二の舞いを未然に防いで行く。
そんな彼らの状態を目の当たりにして、満足そうに微笑みを浮かべる教皇グレゴリオ。
次は無い、と言外に釘を刺していた事も助けての現状に、若干ながらも苦い物を感じながらも、それでも不必要な程に相手を侮る様な愚か者は既にこの場に居合わせてはいない事に満足したのか、目を細めてアレス達が最も求めているであろう情報を口にし始める。
「取り敢えず、先ずは感謝を。
貴方達の気付きにより、敵方の動向と意図とを把握する事が可能となりました。
それは、それらが全く見えていなかったそれまでとは、優位性に天と地ほどに差があるのは明白であり、その功績は計り知れないモノとなるでしょう。
ありがとう御座います。
貴方達に依頼を出し、協力を要請して本当に良かった」
「まぁ、気付いたのはほぼ偶然だから、そんなに御大層な感謝をされる様なモノでも無いでしょうがね。
それで?
俺が提出したブツを使って調査をした結果、一体何が分かったんで?」
「ええ、それについても、お話致しましょう。
先に仰られた通りに、我々は貴方が提供してくれた予想図を元に調査を行い、未だに判明していなかった事柄の多くを把握し、場合によっては対象を拿捕する事に成功しました。
そして、その結果として更に詳しい全体像の把握と、未だに事が起こらず完成に至ってはいない部分が在る事も知る事が出来ました」
「…………ふむ?
それでいて、効果と用途が判明した、のであるか?
未だに完成には至っていなかったにも関わらず、であるのか?」
「ええ、完成に至っておらず、発動を許していなかったとしても、全体像さえ見えていればある程度の推察は可能ですからね。
そこまで辿り着いてしまえば、後は過去の文献に記されている類型情報を元に効果や規模を特定し、ソコから目的を考察する事は難しくはありませんでした。
それに、言ってしまえば私達が使用する場合も、過去に創られ効果と用法とが判明しているモノを部分的に入れ替えたり、規模を変えたりして使っている様なモノですからね。
…………まぁ、見えてしまったが故の絶望、と言うモノも、同時に存在してしまった訳なのですが」
「…………絶望、で御座いますか?
そこまで判明しているのでしたら、如何様にでも対処する事は可能なのではないでしょうか?
それに、まだ魔法陣の方は完成してはいないのでしょう?
でしたら、それこそまだ絶望するには早いのではないでしょうか?」
「そう、言えれば良かったのですが、流石に此度は厳しそうですね。
先ず、第一に魔法陣がほぼ完成の域に至ってしまっており、かつ行動によって生成されているモノであるが故に、既に形作られた部分を破壊して妨害する、といった事が出来ない点が厄介だと言えるでしょう」
「でも、繋がる部分は分かってるんでしょう?
なら、どっちかでも良いから、そこに居るヤツを強制排除するか、それともソコを徹底的に入れない様にガチガチに封鎖しちゃえば良いんじゃないの?」
「それも考えたのですが、恐らくは敵方もソレを理解しているハズですので、我々がその様な動きを見せれば、強硬的な手段を使ってでも完成を急ぐ事となるでしょう。
それが、私が懸念している第二の部分になります」
「…………じゃあ、完成と発動はもう仕方のない事だ、と割り切ってしまうのはどうなのです?
効果自体はほぼ判明しているのですよね?
なら、ある程度の被害は仕方無いと判断して、耐え忍ぶか敵方の油断を誘って反撃に繋げるのです!」
「…………そこで、第三の懸念です。
実は、効果としては至極単純なモノである事は判明致しました。
それは、『規模の拡大』です。
既に在るモノを強化し、範囲を拡大させ、その内の全てに対して効果を反映させる。
……単純なモノ程、規模と効果に対して手間や手順が不要となります。
が、それにて浮いた分を更に注ぎ込む事により、より効果は強化され、同規模のモノよりも高い補正と倍率を受けたソレは、内部に対して強烈なまでの猛威を振るう事になる、と言う訳です」
「…………ねぇ、グレゴリオ君?
君、わざとぼかして口にしてるつもりかも知れないからオジサンが聞くけど、ソレで『規模の拡大』の対象になっているモノと、その効果範囲の程はどの位になるのか、を聞いても良いかなぁ?
オジサンの勘が外れてくれてれば良いんだけど、そうでないならもしかしてだけど結構不味い事態になってたりするんじゃないかぃ?
それこそ、詰み一歩手前か、もしくはその次位にヤバい程度には、ねぇ?」
「………………まぁ、そうですね。
外れてはいない、とは言えるでしょう。
何せ、『規模の拡大』の対象として指定されているらしいのが、この首都セントデュース内部にて使用されている『魅了』とソレに類するスキルであり、規模はこの国を呑み込むだけに留まらず、周辺国にも影響を及ぼす程になる、と見込まれています。
おまけに、『魅了』自体の効果も激烈なまでに強化され、効果範囲内に足を踏み入れた者は死ぬまで腰を振り続ける事しか考えられなくなるであろう程度には、凶悪な性能を発揮すると見積もられていますね。
ついでに言えば、『魅了』に対して完全耐性を得るに至っていたとしても、周囲の異性に対して見境無く声を掛けて関係を結ぼうとし始める、位には影響が及ぼされるとの試算ですので、確実に醜態を撒き散らして我らの国と教えとは地に落ちて泥に塗れる事になるのは、確実になるかと」
「「「「「「………………」」」」」」
余りと言えば余りな予測に、思わずその場を沈黙が支配する事となる。
立てられているのはあくまでも推測であり、かつ過去に見られたモノを纏めた文献からの引用と、それによる推察の部分が大きくなっているのは語った本人であるグレゴリオも口にしていたが、下手な冗談よりも笑えないその説は奇妙な説得力を帯びており、彼と親交の深いヒギンズですら俄かには否定する事が出来ずにいた。
おまけに、防ぐ事も妨害する事も難しい上に、齎される結果がアレな方向にて尊厳を完全破壊されるであろう、と言うモノである。
流石に、ソレを唯々諾々と受け入れる事が出来る程に、悟りを開く様な境地には未だに至っている者は居らず、最初こそ愕然とはしたものの、即座に復帰して『この後はどうするのか』を決めるべく口を開いて行く。
「…………取り敢えず、このままだと『エライこと』になるのは、理解した。理解だけは、な。
だったら、これからどうするのか、どうすれば良いのか、を決めるべきなんじゃないのか?
どうせ、そちらも別段諦めた訳では無いのだろう?
こうして俺達を呼び立てた、って事は、まだ手が残されていてそれを為すのに俺達の戦力が必要だから、って事だ。
違ったか?」
先程までよりも荒っぽく、それでいて彼本来の口調に近い言葉遣いにて放たれたその言葉により、グレゴリオは浮かべていた微笑みを深くする。
下手をしなくても助からない、と聞いて折れる様であれば最早これまで、と思っていたが、そんな状態であっても生きる事への執着を捨てない彼の姿勢に何かを感じ取ったのか、それともそれ以外の理由があったのかは不明だが、やはり自らが勘案した作戦を任せられるのは彼しかいない、と判断したらしいグレゴリオは、それまで思案していた作戦を自らの口にて語って行くのであった……。