『追放者達』、呼び出される
提供した情報の裏取りと確認が出来たから、と待機を解除される『追放者達』のメンバー達は、早速とばかりに調査に赴く……様な事にはなっていなかった。
彼らの雇い主である教皇グレゴリオからのお呼びが掛かっていたからだ。
何故この様なタイミングで?
一行の誰もが、それこそ彼個人と交流を持っていたヒギンズでさえそう思ったが、調査の進捗と新たに分かったのであろう何某かの情報を得たい、とも思っていた為に、ならば直接訊ねてしまえば良いか、と気持ちを切り替えて招集に応じる事にしたのだ。
案内役として、以前と同じ様にセシリアに先導されて進むアレス達。
向かう先は前回と同じであったのか、見覚えのある通路を進んで行った先はやはり執務室であり、こちらも前回と同じ様なやり取りを衛兵と交わしてから入室を果たす事となる。
当然、その執務室の内部に居たのは、部屋の主でもあり、このサンクタム聖王国の主であり、かつヴァイツァーシュバイン宣教会の教皇でもあるグレゴリオ当人。
しかし、前回と異なる点として、そこに居たのは彼だけでは無く、他にも数名がそこへと滞在している様子であった。
特に聞き及んでいなかった人員に対して、僅かに片眉を上げるアレス。
グルリと視線を巡らせて見るものの、どの顔も初めて見るモノばかりであり、かつ全員が老域に在る上に纏う雰囲気が強者のソレであった事から、教義的に高位の者程戦闘力が高くなる傾向がある『教会』の意向から察するに、差詰『国の高官』かもしくは『『教会』の重鎮』といった地位にある者なのだろう、と察せられた。
が、だからどうした、と言わんばかりの様子にてアレスが口を開いて行く。
「はい、どうも、教皇猊下に於かれましてはご機嫌麗しゅう。
呼ばれたのでこうして来ましたけど、調査の進捗ってどんな感じです?
というか、今回の件って一応『極秘』扱いじゃなかったんです?
こんなに人増やして、大丈夫なんですか?」
余りにも砕けた口調にて放たれたアレスの言葉に、一瞬室内の空気が軋みを上げる。
元凶としては、やはり今回初めて参加した面々が顔を強張らせている為に、恐らくはそうなのだろうと考えられるが、アレスとしてはそんな事は知った事ではない上に割りと『どうでも良い事』として認識している為に、視線にてグレゴリオへと返答を促して行く。
そんな彼の仕草に、今度こそ周囲から放たれる敵意と殺意が膨れ上がって行くが、アレスとしてはこうして『警告』してやってるだけまだ優しくしてやってるつもりなんだけどな、と即座に邪魔なモノとして排除する方向に思考を切り替えてしまう。
しかし、そんな彼に対して待ったの声が掛けられる事になる。
「…………待たされて気が立っているのだろう、とは理解致しますが、流石に短慮が過ぎますよ。
幾ら貴方でも、この場でその選択を取る事の意味を、履き違えてはいませんよね?
まぁ、こうして依頼し、助けを縋っている側の私が言えた事ではないのでしょうが、ね」
「そうですかね?
現状を理解せず、自身こそが最上位であり絶対に手出しされるハズが無く、されるべきでも無く、一方的に好き放題手出しするのが正しい世界でそうあるべき、とか勘違いしてる様な輩は、さっさと退場して貰わないと面倒な事になるのでは?
少なくとも、俺としては本命との対峙中に仲間諸共背後から刺される様な事態になる可能性は、極力排除したい意向なのですけど?」
「その『排除』の仕方を考えて欲しい、と言っているのですよ。
それと、彼らは一応今回の件の関係者となるので、同席させています。
よろしいですね?」
普段は『柔和』と表現して差し支えが無い表情を常に浮かべているグレゴリオは、珍しく厳しい表情を顔に浮かべ、額に皺を刻みながらアレスへと向けて言い募る。
非常時に於いて、非情な選択を取れる事こそが優れた指導者の資質の一つである、とは良く言われるが、だからといって自身の治める国の中枢にてその様な惨劇を、気軽に発生させないで欲しい、と願うのは何も贅沢な望みでは無いハズだが、今の立場の上では懇願するしか無い為に、表情も険しいモノへとならざるを得なくなってしまっていたのだ。
尤も、既にどちらがより強い力を持っているのか、は既に全員が理解していたのか、先程まで険しい視線を彼らへと向けて放っていた新顔達は顔を青褪めさせ、表情を別の意味合いにて強張らせている。
自分達が、絶対に上の立場で事に当たり、雇われの冒険者如きは顎で使って事を終わらせる、としか考えておらず、寧ろ自分達の様な高貴かつ神聖な存在に使われるのだから有り難く思って然るべき、とすら思っていた高官連中は揃って目の前の存在が己の到達し得なかった『人外』の領域に在る『Sランク冒険者』である事を思い出し、同時に何をしたのかを無理矢理にでも理解させられる事となったのだ。
それは、自分達よりも更に上位の存在であるハズの教皇が苦渋の表情にて抗議し、どうにか寛恕の程を願っている事からしても明らかであった。
この場で命の灯火を、まるで幼子の悪戯の様に意図も容易く吹き消されてしまえるだけの力を持つ者を、自分達は侮り、蔑んだのだ、と見せ付けられる結果に、己の傲慢さと不甲斐なさを自覚すると共に、絶対的な存在であるハズの教皇グレゴリオにそこまでさせてしまった事への慙愧の念が胸中へと去来する事となる。
ソレを雰囲気から察したのか、それともただ単にそういう気分になっただけかは彼らには察せられないだろうが、仲間からすれば明らかに『その気』が無くなったらしいアレスは溜め息と共に肩を竦めると、唯一空けられていた方向のソファーへとドカリと腰掛け、戦意を霧散させて行く。
行儀悪く足を組んだり、隣に微笑みながらピタリとセレンが腰掛けたりした様子に、またしても額に青筋が浮かぶ様な心持ちとなったが、グレゴリオから向けられた『次は助けませんよ?』といった意思の込められた視線により、表情に乗せる事無く口を噤む事に成功する。
その様子をつまらなさそうに眺めていたアレスは、仲間達が席に付き、その前にお茶が出された事で漸く事態が進むのか、とウンザリした様な表情を浮かべながら再びグレゴリオへと視線で促して行く。
隣に腰掛けていたセレンは、そんな恋人の様子に苦笑しながらも、流石に少々お行儀が悪いですよ、と彼の頬を突付いて悪戯を仕掛け、彼の表情を柔らかなモノへと変えようと試みる。
流石に、パーティーメンバーにして恋人であるセレンから、自分達を想っての事は嬉しいがもう少し柔らかく、と表情と仕草にて訴え掛けられてしまっては、彼であっても強硬な姿勢を取り続ける事は難しかったらしく、それまで寄せられていた額のシワが消えて行き、表情も柔らかく明るいモノへと変化して行く。
先程までの、下手な戦場ですら感じた事は無い程の殺意を撒き散らしていたのと同一人物とはとても思えない程に柔らかく解れて行くその姿に、取り敢えずどうにかなったか、と安堵の溜め息を漏らすと共に、取りなしてくれたセレンに対して内心で感謝を告げたグレゴリオは、何時の間にか高慢になってしまっていた部下達に再教育が必要ですね、と決心すると、今回こうして彼らを呼び立てた要件を口にして行くのであった……。
「では、単刀直入にお話致します。
調査の結果、敵魔族が仕掛けようとしていた魔法陣の効果と用途が判明しました。
それにより、敵の意図もある程度は判明した、と言っても良いかと思います」