『追放者達』、調査に進展を齎す
部屋を飛び出たセシリアが戻って来たのは、結局それなりに時間が経過してから、の事であった。
流石に、アレスの要求が『出来るだけ詳細な都市の地図』であった為か、ちょっと行って軽く借りて来る、なんて言える様な代物では無かったらしく、担当者とのやり取りや、管理者からの許可を得たり、といった煩雑な手続きに追われる必要があったらしく、戻って来るまでに時間が掛かる事となってしまっていたらしい。
とは言え、それはアレス達にとっては不利に働く事は無く、寧ろ時間が掛かってくれた事に感謝すらしていた。
理由としては、先程の彼女の狂乱が少しでも収まってくれれば、との願いと、それには時間が掛かるだろう、との思惑
も挙げられるが、やはりそれだけ手続きに時間が掛かる様なモノであるのならば、それだけ精密かつ正確な代物が出て来るハズだ、との期待感が強まっている事が最大のモノだと言えるだろう。
そんな彼らの期待、まぁ正確に表現するのであれば、何かしらの確信を掴んでいるらしいアレスの期待、となるのだろうが、ソレを上回るだけのモノが、結果的に齎される事となる。
机一面に広げられる事となったその地図は、都市の外周や主要な建築物が全体と同じ正確な縮尺にて描かれているだけでなく、大小様々な通りや建物の類いも書き込まれており、具体的な住所さえ分かっていれば、ソレを地図の上から探し出す事すらも出来そうな程の出来栄えを誇っていた。
通常、地図として描かれるモノは、基本的に大雑把なモノとなる。
国や地方、といった広大な土地の目印を示したりする場合、細かく描く事に余り利は無く、大雑把に『どの辺りに何が在るのか』が分かる程度に描けば良いのだし、街を描いたモノだとしても、詳しく描かれるのは主要な建築物程度が精々であり、後は縮尺が合っているかどうか、といった所であろう。
そんな、通常見掛ける可能性が高いモノからは考えられない程に精度が高く、下手をしなくても極秘資料の類いになるであろう地図を前に、アレスは問い掛ける。
コレに直接書き込んでしまっても良いのか?と。
「…………え?書き込む?コレに?
流石に、冗談の類いですわよね?」
「いや、一応本気。
まぁ、駄目って事なら出来る限り汚さない様にはするけど、それでも完璧に、ってのは流石に保証は出来ないと思うけど」
「…………その、どの様にお使いになられるお積もりですの?
それにも依るとは思うのですが、流石に事前に説明の一つもして頂かないと……」
「まぁ、その辺は出来てからのお楽しみ、ってヤツで。
俺としても、空振るんじゃないかなぁ?って気がしないでもないんだし。
と言う訳で、何か、向こう側が透ける位に薄くて、それでいて裏側まではインクが染みない、みたいな紙とか在ります?」
「え、えぇ。
まぁ、一応、ご用意はしてありますわ……」
そう言って、地図と同様に何処からか調達してきていたらしい薄紙を、アレスへと手渡すセシリア。
この手の地図の写し作業には持って来いのモノである為に、恐らくは地図を保管していた場所から持ってきたのだろう。
が、そんな入手経路には全く以て興味が無いらしく、早速、とばかりに地図の上から被せて四隅を固定すると、片手にペンを持ち、もう片方に書類を持って何かしらを確認しながら所々に点を打ち込んで行く。
そして、ソレを暫くの間続けていたのだが、かなりの数の点を打ち込むと、次いでそれらの間を線で結び始めて行く。
傍から見ている限りでは、ほぼ適当に点を打ち込み、ソレを適当に結んでいる様にしか見えて来ない。
敢えて何かしらの特徴を挙げるとすれば、彼が打ち込んだ点は全て地図上では何処かしらの建物の上に立てられており、結ぶ線は建物の配置を無視して二点を結んでいる、と言う位のことであろうか?
そうして、地図と重ね合わせた薄紙にペンを走らせる事暫しの間。
思った通りのモノが完成したのか、それまで動かしていた手を止めたアレスは、満足そうに一つ頷いてから薄紙を剥がすと、ソレを別の紙の上へと広げ、机の上にて展開して見せる。
するとそこには、複雑怪奇にて判別し難いものの、何かしらの図形とも取れるモノが中途半端な状態にて描かれていた。
てっきり、もっとハッキリと何かしらの意図が浮かんでくるモノだとばかり思っていた一同は困惑した様な表情を浮かべているものの、何故か制作者本人は満足そうに頷いているし、ヒギンズは何かに気付いたのか感心した様子にてしげしげと覗き込んでいた。
「うん、まぁ、こんなもんかね?
大分、上手く出来てると思うんだが、流石に自画自讃が過ぎるかな?」
「いやぁ?
オジサンとしても、結構良く書けてるとおもうよぉ?
まぁ、でも、こうしてこの辺とこの辺、あとこの辺にチョチョイっと足して上げた方が、もっと見易くはなると思うけどねぇ」
そう言ってペンを取り、ササッと薄紙へと書き足して行くヒギンズ。
図形の外周、地図で言う所の外壁に当たる部分にグルリと一周円を描き、次いで中頃に一つ、中心部にもう一つ、と円を書き加えて行く。
その段に至っては、覗き込んでいた他のメンバー達だけでなく、セシリアまでもがそこに描かれているモノが何なのかを理解したらしく、それぞれで目を丸くしたり口に手を当てたりして驚愕の意を顕にして行く。
「…………これは、魔法陣、でしょうか?」
「多分?
まぁ、まだ完成した訳じゃなさそうだから、ハッキリとは分からないけどね」
「…………しかし、リーダー?
一体、どの様な意図にて、この様なモノを描いたのであるか?
先の言葉から察するに、当方等が調査した結果を元に描かれたモノである様に思えるのであるが……?」
「まぁ、気付いたのは偶然だわな。
偶々、聞き取り調査だとか、正気に戻した連中が吐いた情報だとかで、何箇所か共通して出て来る地点が在って、かつ俺も尾行している際にその辺りを通った覚えがあったから、もしかして、と思って一通り目を通したら似たような事が幾つもあったからな。
後は、同一人物が最初に居た場所と動いた先の場所とを線で結んで見たら案の定、ってヤツさ」
「でも、アンタ良く分かったわよね。
こんなモノ、普通は早々思い付かないわよ?」
「いや、実は俺も分かって無かった」
「…………なのです?」
「いや、規則性の様なモノは見えたから、ソレを可視化して確かめる為に地図くれ、って言ったし、何なら間違えてる可能性の方が自分的には高かったんだけど、思った以上に上手いこと当たりを引けたみたいだから、自分でも正直驚いてる。
ぶっちゃけ、直線で結んでも訳の分からん絵になった場合、次は道なりに結んでみるか、それかスタート地点同士とゴール地点同士を結んで何か出て来ないか試すつもりですらあったからな?」
「…………なんと言いますか、運が良かったのでしょうか?
所で、こちらの魔法陣?ですが、随分と中途半端な印象を受けますね?
こちら等は明らかに一部欠けておりますし、一体どの様な効果を得るための儀式なのでしょうか?」
「ん?いや、流石にソレは知らんよ?」
「「「「「…………は?」」」」」
余程アレスの返答が意外であったのか、思わず返答が重なってしまう五人。
しかし、何を当然の事を、と言わんばかりの表情を浮かべているアレス本人と、一人だけ気付いたのか苦笑いを浮かべているヒギンズによってその辺りが解説されてゆく事となる。
「そも、俺は何となく規則性がありそうだ、って見抜いただけで、実際に相手さんの頭の中を覗いて真相を知った訳でも無いんだし、コレだって今分かってる範囲の情報で線引いて描いて見せたに過ぎないんだぞ?
なのに、流石に意味やら目的やら欠けてる所の詳細やらまでは分からんよ」
「いやいや、この図形を導く規則性を見付けただけでも、本来は凄いことなんだからねぇ?
まぁ、でも、コレがあれば欠けてる部分に関しては当たりが付けられるだろうから調査も進むだろうし、ソコから導けた内容から魔法陣の意味を調べる事も出来るだろうから、お手柄には違いないんじゃないかなぁ?
尤も、ここからは流石にオジサン達のお仕事、って言うよりも国のお仕事になるだろうから、その辺はお任せするしか無いだろうけど、さ。
ねぇ?」
そう言って視線を向けられたセシリアは、固い表情にて一つ頷いて見せる。
ある程度までの調査が出来て、その上で本命の敵の居所が判明すればその対処を、と思っていた予定が大幅に狂い、よもやここまでの解析力と直感を見せ付けられる事になるとは、欠片も予想していなかった故だ。
おまけに、言外ではあったが、そっち側がするべきだった仕事は片付けたのだから後の面倒事はそっちで片付けろよ?と釘を打ち込まれている状態にあった為に、思わず彼女の表情も固いモノとなっていたという訳だ。
当然、そこまで言われ、されてしまっては後に引けるハズも無く、ここから数日の間はセシリアの業務は多忙を極める事となり、新たに浮かんだ調査対象等の情報の精査なども相まって、事の進展がアレス達の元へと伝えられる事になるのは、ソレから数日が経過してからの事となるのであった……。