暗殺者、何かに気付く
「………………んあ?」
アレスの口から、間の抜けた呟き声が零れ落ちる。
その視線の先には、彼が偶然手にして目を通していた書類があった。
各自で持ち寄った情報をそれぞれで纏め、取り敢えず、ではあったものの書類として形にする事になっていた。
大した情報は無かった、と公言しているアレスでさえ、纏めればそれなりの量となる程度には集まっていた為に、共有のしやすさ等を考えた際、やはり文字として起こしておくのが無難だろう、との結論に至っていたのだ。
その為に、それぞれで担当していた分担に応じて作成し、一箇所纏め、さぁこれから憂さ晴らしに呑むか!といったタイミングでの出来事であった。
首を傾げ、呆けた様な呟きを溢し、一枚の書類を手に取ったままで固まるアレスに対して、周囲からの視線が突き刺さって行くが、本人はソレに気付いた様子も無く佇んだままであり、自身の思考の海に完全に潜り込んでしまっている様子であった。
まだ付き合いの短いセシリアは突然の事態に驚愕し、すわなにかの発作の類いだろうか!?と混乱を顕にし、何かしらの救助を行った方が良いだろうかとオロオロとし始める。
が、彼との付き合いも長くなってきたパーティーメンバーのセレン達は、アレスが時折何かに気付いた時にはこうなる場合がある、と経験則から知っていた為に、特に何をするでも無く、彼が再起動を果たして自ら口にするまで放置する方が良い、と判断し、何に気が付いたのだろうか?と逆に予想を立て始めて行く。
首を傾げたまま、微動だにしなかったアレスの手が、何かを探す様に机の上を彷徨って行く。
手元には、先の報告で上げられたモノや、その関連の情報であれば全て纏められている為に、それ関連のモノを探している、と言う訳では無いのだろう。
で、あるのならば、一体何を探していると言うのだろうか?
流石に、それにはセレンであっても首を傾げる事になったが、半ば無意識的な行動から自身の記憶を辿る方向へと変化したらしく、魔力庫すら展開して内部を漁り、ああでも無いこうでも無い、と内部を掻き回して行く。
やがて、結局お目当てのモノは見付からなかったのか、諦めた様子にて魔力庫から手を引き抜くアレス。
そして、自身の方を心配そうに見詰めて来るセシリアへと不思議そうに首を傾げて見せてから、そう言えばこいつならどうにか出来るのでは?と思い付いた様な表情を浮かべて口を開いて行く。
「なぁ、セシリアさんや?」
「は、はい!?
なんでしょうか!」
「この都市の地図とかって、今手元にあったりするかね?
出来れば、可能な限り詳細で正確なヤツだと尚良いんだけど」
「…………はい?
その、有るか無いかで問われれば、答えとしましては『有る』となりますが……」
「…………?
あ、もしかしなくても、アレか?
部外者には見せるだけでもアウトな感じ?」
「…………えぇ、まぁ。
具体的に申し上げますと、それだけで物理的に首が飛ぶか、もしくは比喩的に首が飛ぶかのどちらかになるのは間違い無いかと……」
「そっかぁ……。
じゃあ、あんまり無茶は言えんなぁ……。
何となく、規則性が見えた様な気がしたんだが、確かめる方法は無し、か…………」
「お待ちになって?」
アレスの言葉に急反応し、彼へと接近して肩を掴むセシリア。
発揮された行動速度は凄まじく、溜め息を吐いて油断し、かつ意識を切り替えて気にしない様にしよう、としていた間隙を縫われる形となったとは言え、アレスが反応出来ずに無防備に強襲を受ける事となってしまった事実が、全てを物語っていた。
不用意に言葉を漏らしたアレスへと、爛々として血走り、限界まで開かれた上でよく見ると瞳孔すらも開いた瞳にてセシリアが詰め寄って行く。
その形相は元が整った容姿をしているだけに一際凄まじいモノとなっており、至近距離にて詰め寄られている彼の心臓は『美女にくっつかれている』というのとは別の理由で早鐘を打っており、他のメンバー達も放たれた気迫のみで瞬時に戦闘態勢へと移行しかける事となってしまう程であった。
「…………アレス様?
貴方、今、何と仰りました?」
「ひぇっ!?
ちょっ、近い近い近い!?!?」
「もう一度、お聞きします。
貴方は、今、何と、仰りましたか!?」
「ちょっ、まっ!?
怖い!?怖い怖い怖い!?!?」
「おや、もしやアレス様、貴方の耳はお飾りでございましたか?
もし聞こえていないのでしたら、そんな飾り物を付けている理由は無いですわよね?
でしたら、千切ってしまってもよろしいかしら?
それと、無駄な事しか垂れ流さない御口も塞いでしまいましょう。
そうすれば、妾も楽しくて無駄な事を聞く必要が無くなり、貴方も大喜びするので対等な取引と言えるでしょうね?
では、早速……」
「ちょっ!?
待て待て待て待て!?!?
セシリアさん!?あんた、ちょっと豹変し過ぎ!?
高々、何となく規則性が見えた気がする、って言っただけだろうがよ!?」
「それですわ!!!!」
それまで掴んでいたアレスの肩を手放して、瞳孔の広がった瞳を彼の顔面の至近距離から漸く離したセシリアは、腰に手を当てながらそう言い放つ。
唐突過ぎる程に唐突な一連の流れに付いて行けていないアレスは、若干怯えた様子を見せながら、徐々にセレンの方へと移動しつつ彼女の様子を伺って行く。
セレンとしても、先程アレスへと向けて放った、解釈次第では自分のモノにする、とも取れる言葉に警戒してか、取り敢えず彼を問い詰めるよりも先に何時でも動ける様に、と態勢を整えつつ彼の元へとジリジリとにじり寄って行った。
しかし、そんな彼や彼女の行動や内心に気付いていないらしく、キマった雰囲気を振り撒きながらセシリアは言葉を続けて行く。
「良いですかアレス様!?
貴方様は今、何となく、とは言えこの件に規則性らしきモノを見付けた、と仰いましたのよ!?
それが、どれだけ破格の言葉なのかご存知では無い!?
えぇ、無いのでしょうね!
何せ、我らがサンクタム聖王国の頂点に立たれるお方が思考を繰り返し、その上でヴァイツァーシュバイン宣教会の賢人達が寄り集まった上で『規則性は見受けられない』と断言され、予防も対策もその場限りの場当たり的なモノしか出来ずにいた現状を、打破する可能性を貴方様は示されたのですよ!?
ソレに対して、なんの反応も示すな、と仰られる方がどうかしているとはお考えになられませんか!?普通はそうなるものでしょうに!?!?」
「あ、はい」
最早そうとしか言えない様な言葉の飛礫を喰らい、咄嗟に返事をするアレス。
呆気に取られたその表情は、彼にしては珍しく相手の勢いに完璧に呑まれた人のソレであり、視線は凶人を見るモノと成り果てていた。
そんな彼の様子には結局気が付く事は無かったらしく、演説をぶち上げて一旦落ち着いたのか、パッと見た限りでは普段の様相へと立ち返って見せるセシリア。
しかし、その瞳孔は未だに開いたままであり、傍から見ている限りでも、どこぞの狂信者かもしくは危険薬物でもキメてトリップでもしているのだろうか?と思わずにはいられない様な雰囲気を放っていた。
「…………おっと、失礼致しました。
では、妾は地図をお持ち致しますので、アレス様はここでお待ちになって下さいまし。
くれぐれも、そう、くれぐれも先にお酒をお召しになって酔ってしまわれたり、もしくはうっかり先にお気付きになられた事をお忘れになられたりはなさいません様に、お願い申し上げますね?」
そして、圧倒的な空気を放ちつつそう言い残したセシリアが部屋を後にし、そして戻って来るまで彼らは、完全に彼女の放っていた空気に呑まれたままとなっており、微動だにする事も出来ずに待ち続ける事となるのであった……。
ちょっと進展?