『追放者達』、情報を整理する
「…………取り敢えず、皆思う所はあっただろうし、俺としても吐き出したい愚痴の一つや二つは抱える羽目になったからこのまま酒でも飲みたい気分だけど、先ずは仕事を片付けてしまおうか。
先に、集まった情報を纏めてしまおう。呑むのは、その後だ」
部屋の内部に広がっていた死屍累々な状況に顔を引き攣らせていたアレスであったが、気を取り直して両手を叩いて注目を集めると、一旦意識を切り替えさせるべく声を出す。
その切り替えは、流石は普段からリーダーとして振る舞っている者だ、と部外者であるセシリアに思わせるに足る程度には威厳にも似たモノを纏っている様にも見えており、彼女の中で彼に対する評価がまた一段階引き上げられる事となっていた。
とは言え、そんな内情はほぼ関係が無いメンバー達にとっては彼女は要警戒対象ですら無く、現在のパートナーであるセレンですら疑うような視線を向けすらしていない。
それが信頼にて成り立つモノであるのか、それとも既に自身がモノにしている、との自負によって得られているモノなのかは本当の意味にてセレンにしか計り知れない事柄である為に、この場では全く以て関係の無い事柄であると言えるのだろうが。
そうこうしている内に、それまで机や椅子にて臥せっていたり項垂れていたメンバー達が再起動を果たして行く。
相変わらず放つ空気に生気は無く、動作としても機敏とは欠片も言えない様なモノとなっていたが、リーダーによって下された号令に逆らう程の状態異常と言う訳でも無く、その上で終わった後の『宴会』がほぼ確定している状態であるが故に、先に面倒事を片付けてしまおう、と奮起しているのだろう。
「…………はぁ、では、先ずは当方から報告させて頂くのであるよ。
当方とヒギンズ殿とで当たった、魅了されていると思わしき人物の行動傾向の調査、ではやはり『色』の方へと引き寄せられる傾向が強く出ている事が判明したのである。
まぁ、皆もそれぞれで経験したのであろうから、報告せずとも分かっているとは思うのであるがな」
「まぁ、一つ補足すると、極一部、本当に極一部の人達なんかは、何故かそれまでとは異なる行動様式を見せている場面があったみたいだねぇ。
本人にその事を問い質したり、周囲にその時の事を質問したりしてみても、コレ、って感じのアレコレが出て来てはいないから、多分操っている魔族が何かさせたんだろうねぇ。
尤も、何をさせたのか、何をさせたかったのか、まではまだ欠片も見えていないんだけどさぁ」
「…………ちなみに、その『普段とは異なる行動を見せた人物』ってのは、何かしらの共通点があったりとかはしたのか?
分かる範囲で良いんだが」
「その辺りに関しては、申し訳ないがサッパリであるな。
年齢も性別も特に偏りがある訳でも無く、また向かったと思われる地点もバラバラである」
「ついでに言えば、地位だとか財産状況だとかも偏りは無いみたいだねぇ。
何人かはセレンちゃん達の方に回したから、そっちから何か聞けていたりしなかったかぃ?」
「そうですね……。
私達が行っていた、魅了に掛かった方々の状態異常解除、の方でも特に傾向の類いは掴めませんでした。
精々、強固に魅了が掛けられていたのは、元々信仰心が篤い方々が多めであった、ですとか、保有している魔力が多い方の方がより多くの方々を囲っていた、といった印象が残っている、といった程度でしょうか?」
「そうねぇ。
確かに、アタシやセレンに誘いを掛けてくれた連中って、元々この国の教義に熱心で魔物退治にも精を出していた過去が在る人が多かった、とはアタシも聞いたわね。
でも、そう言う『若い頃は血気盛んだった』ってヤツで血の気が多くて下半身も強かった、ってオチじゃない訳?」
「まぁ、ボクも教義に詳しい訳では無いのですし務めを果たして居る者が複数人と行う婚姻を咎めてはいなかったハズなのですが、それでも多淫に耽る事を推奨はしていなかったハズなのです。
その証拠に、正気に戻った人の中で自ら罰する様に、と申し出て来た方々は、少なくは無かったのですよ」
「尤も、それまでの暴食と怠惰にて弛んだ身体と、姦淫に浸ったが故に衰えた思考に絶望して、と言う事は考えられますし、何より本気で贖罪を訴えていた者がソレにどれだけ含まれていたのか、までは私には判断が付きませんでしたが。
何せ、既に私は『教会』の聖女では御座いませんし、ね?」
「…………あぁ、リーダーが戻って来る前に言っていた件であるか?
確か、聖女としてこの場に居るのであれば寛大な慈悲の心で自分達の罪を赦し、ソレを雪いで無かった事にするのが然るべき行いであろう、とか抜かしてくれたのであったか?
全く、以前の件でも思った事であるが、宗教人とは、引き際を弁えずに喚く事こそが生きる上で必須のスキルとして認定されている人種なのだと認識してしまいそうになるのであるよ」
「うーん、耳が痛いねぇ。
こうして皆を面倒事に巻き込んでいる原因としては、少し位はお行儀よくして欲しいって言うのが本音だけど、いざって時に出てくるのがその人の本質ってヤツだから、取り繕おうにも出来ない状態になってる訳なんだし、仕方無いといえば仕方無いのかも知れないけどさぁ。
もう少し、言い方ってモノを気にして欲しいよねぇ。
何時までも、自分達の方が上位に在る、だなんて勘違いしてくれてるのなら尚の事、ねぇ」
「………………その言葉、現役で組織として所属しております妾にも刺さりますので、おやめ下さいまし。
まぁ、聞く限りでもそう言いたくなる程に見苦しかった、と言う事は容易に想像できますので、仕方のない事だとは理解出来てしまいますが……」
「…………ふむ?
そちらはそちらで、それなりに事があった、と言う事であるかな?
取り敢えず、当方らとしては伝えるべきは伝えたと思われるが故に、次はリーダーから報告を頼みたいのである」
「ん?おう、了解した。
まぁ、とは言っても、俺の方はほぼ空振りに近い結果だったから、ほぼ報告出来そうな事は無いんだけどな」
ガリアンから促され、そう言えば、といった風にて報告を始めるアレス。
しかし、その内容は彼本人が先程も口にしていた通りに有用、とは言い切れない様なモノが多く、アレスならば、と何故か期待していたらしいメンバー達に落胆の表情が浮かんで行く事となる。
とは言え、流石に彼であっても同行者が居る以上、一人で潜入して、と言う事は憚られるし、何より今回は尾行が主な目的であり、辿り着いた先は如何わしい建物や宿が殆ど。
侵入して中を覗く程度ならば造作も無かったし、実際に何件か行っていたが、そこで彼が目にしたのは口にすればセレンからどんな目に合わせられるか分からない様な美女・美少女達のあられもない姿と、肥え太った中年の汚らしい尻のみであったのだから、全てで行わなかった理由としては『ご察し』と言うヤツであろう。
…………本来、彼の持つ技能を鑑みれば、そうして留守にしている間にリストに乗っている人物の自宅に侵入し、そこで何かしらの不審なモノが無いかを探る、といった事をさせるのが最も効率の良い捜査、となるのだろう。
が、流石に遠征が主な任務である、とは言え、仮にも国に属していてしかも秩序を守るべき騎士団を率いている者を連れている状況でソレを為すのは些か以上に体裁が悪いし、何より『不法捜査だ!』とツッコミを入れられたら欠片も否定する事が出来ないのだから、流石に憚られた、と言うのが正直な本音と言うヤツだ。
そうしてアレスからも報告を終えた一同は、取り敢えず各自で持ち寄った情報を纏める事となる。
一見、なんの意味や価値の無いと思える様な情報であったとしても、集めて行く内に意味を持ち、決して無視する事が出来ないモノへと変化して行く事がある、と彼らは知っていたからであった。