『追放者達』、依頼を引き受ける
「このサンクタム聖王国は、滅亡の瀬戸際に在ると言っても良い状態に在ります。
なので、貴方達にはその原因を取り除いて頂く事になります」
重苦しく告げた教皇グレゴリオが、彼らへと向けて改めて視線をグルリと回して行く。
そこには、既に話を聞いたのだから今更離脱は許されない、との強い意志が込められていたが、それが向けられた先に在ったのは彼の予想に反したモノであった。
「…………えーっと、その……その辺の説明は既に先の依頼書に書いてあった事なので、出来れば具体的な事柄の説明に移って頂ければなぁ〜、と思うのですが……?」
「………………おや?そう、でしたっけ……?」
それまでの鋭く、厳しい視線を雲散霧消し、記憶を探る様に首を傾げる教皇グレゴリオ。
しかし、実際に返答したアレスを除いた他の『追放者達』のメンバー達や、その場に居合わせているセシリアさえもが、彼と同じく『既に知っていた事を重要そうに説明されてしまった』と言いたげな表情を浮かべており、誰からも、それこそセシリア、ヒギンズ、セレンといった面々からすらもフォローが入ろうとはしていなかった。
何故か?
答えは簡単。
それらの情報は、数日前にセシリア経由で既に受け取った手紙兼依頼書に書いてあったから、だ。
正確には、彼らに対して依頼を出したい事、最近自身の付近にも不穏な空気が発生し、以前駆逐したハズの生臭坊主達がまたのさばり始めた事、とても偶然とは思えない災事が続いており、下手をすれば国や『教会』そのものが揺らぎかねない事、等が記されていた。
その為に、教皇グレゴリオが勿体振って大きな溜を作っていたので、てっきり物事の核心にでも迫る『何か』を口にするのか!?と期待と緊張を持って見守っていたのだが、蓋を開ければ既に知っていた事を本人の口から言われた、と言う程度に収まってしまったのだから、その様な反応になったとしても仕方無いと言いたくもなるだろう。
そんな事を思いながら、何処か残念なモノを見る様な視線を送っていると、首を傾げていたグレゴリオが正面へと向き直る。
未だに記憶を探っている様子が見られたが、これまでのやり取りにてある程度は既に伝えた情報に目星を付ける事が出来たのか、視線をアレスへと戻して再び口を開いて行く。
「…………え、えぇっと確か……現状のままだと国が滅ぶ可能性が高い、とまでは書いてあったのです、よね?」
「…………えぇ、まぁ」
「あ、でしたら、多分魔族が関与している可能性が高い事も、最近この国の近辺にて発生している『暴走』も恐らくは無関係では無い、寧ろそちらにも魔族が関わっていると見られている事も書いてありましたよね?」
「「「「「「「ちょっと待ってナニソレ聞いてない」」」」」」」
思わず全員のキャラが崩壊し、敬語も何もかなぐり捨てて早口になる程の衝撃がアレス達の間を貫いて行く。
聞いたばかりの情報を、そんな事知りたくなかった、と言わんばかりの表情にて確認する様にアレスが復唱して行く。
「…………先ず、この案件には魔族がほぼ確実に関与している?」
「えぇ、間違い無く。
尤も、どの様な目的を以ってして、何故この国へと干渉しようとしてきているのか、どの程度まで干渉を強めているのか、等の情報までは判明してはおりませんが」
「…………で、最近『聖国』付近で、頻繁に『暴走』が発生している?」
「えぇ、そうですよ?
お調べになられれば分かるとは思いますが、このサンクタム聖王国の内外問わず、外周部に近しい場所にて例年では類を見ない程の頻度にて発生しています。
先日、皆さんが巻き込まれ、彼女率いる騎士団が介入する事となった一件も、その一つだと私は考えていますよ」
「…………んで、更に?
その『暴走』に?魔族が関わっていて?その上でその両方に対処しなくてはならない、と?」
「はい、その通りですよ。
まぁ、私の個人的な見解としては、恐らくは今回の件に関わっている魔族は多くても二体程度、いや、やはり能力の類いを鑑みれば一体のみ、だと思っています」
「その心は?」
「理由として挙げるのであれば、幾つかの可能性を挙げられますが、やはり双方の事態の方向性が似通っているから、でしょうか?
片や、唐突に涌いて出た、自らの欲望を制御するつもりすら欠片も無い不信心者。
片や、こちらも唐突に涌いて出た、発見時には既に『坩堝』の後期に入ってしまっている『暴走』。
その共通点としましては、突然にそうなったと言える点でしょうね」
「突然にそうなった、かぃ?」
「えぇ、そうですよ。
それまで、それなりに敬虔な信徒であった者達が、唐突に背徳の道を突き進み始める、と言う事が最近頻発しておりましてね。
なので、元が元だけに、以前の様に大鉈を振るってバッサリと、と言うのも如何なものか、との意見も出てしまっておりますので、対処が難しいのですよ」
「では、その『唐突に』『それまでとは異なる反応』を示したが故に、双方の出来事に繋がりが在る、と仰られる訳ですね?」
「えぇ、その通りですよ、聖女セレン。
まるで、何者かに操られたかの様な唐突な心変わりと行動変化。
その両者が同時に発生している以上、結び付けずに別枠として考えるのは、寧ろ不自然と言えるでしょうね」
「でも、だったら複数犯だって考えるモノじゃないの?
この国で何人も洗脳?しながら、同時に何ヶ所でも『暴走』に至るまでの数の魔物を支配して操る、だなんて事が出来てたら、それこそそんな無駄な遠回りなんてしなくても良くない?
この国の住民だとか、重要人物だとかを片っ端から操っちゃえば、それでおしまいでしょう?」
「その可能性も、否定出来ない程度には高いと私も思ってはいます。
ですが、能力の強力さと過去の伝承に類似する能力が余り登場しない点から察するに、恐らくは使い手自体がかなり希少な存在であると思われます。
その上で、我々を直接操らない理由としては、魔物は無条件かソレに近しい条件で操れるのに対して、我々人に対してはそれなりに条件があるのか、もしくは誰でも操れる訳では無い、と言う事では無いでしょうか?」
「では、その条件とやらを先に炙り出すのが先では無いであろうか?
幸いにも、とは言えぬであろうが、既に被害者は出ているのであるから、そこから共通点を探ってみるべきなのではないであるかな?
もしくは、全員に対して共通していない点かであるが」
「そこも調べて見た結果として判明してはおりますが、やはり『不明』としか言い様が無いですね。
敢えて挙げるとするのであれば、変貌したのは今の所全て男性である事と、過去に申告された『スキル』の中に状態異常耐性系統を所持していなかったか、もしくは低位階のモノしか得ていなかったか、といった程度でしょうか?」
「では、私達を依頼先として選んだのは、やはり?」
「えぇ、ご明察、と言わせて頂きますね、聖女セレン。
彼が貴方達の仲間だから、との理由の他に、過去の実績等から察するに、少なくとも状態異常耐性に関してはそれなりに高位のモノを所持しているであろう上に、回復のエキスパートである貴女が居て、かつ過去に魔族と交戦してソレを撃退した実績の在るパーティーなのですから、依頼先としては最優先と言えるでしょうね。
お分かり、頂けたでしょうか?」
そこまで聞いた、聞いてしまったアレス達は、確かにそんな事態となっていれば自分達以外にはどうにか出来る可能性は低いだろう、と納得せざるを得ない状況となってしまっており、結局そのまま依頼として引き受ける事となるのであった……。