『追放者達』、教皇から説明される
初会合から少しばかりの時間が経過した頃。
教皇グレゴリオを含めたアレス達は、その身をソファへと沈めていた。
基本的に節制を美徳として掲げている組織のトップであるが故に、外見的にはそこまで華美でも豪奢でも無い一品だが、その座り心地は凄まじく、語弊を恐れずに言うのであれば『尻から天国へと招待される様な心持ち』へとさせて来る様なモノとなっていた。
が、彼らは基本的にその尻心地を味わう様な事はせず、対照的な様子を見せている二人に対して注目を集めていた。
『二人』と言うのは、当然ヒギンズとグレゴリオの二人組。
片や、無精髭が疎らに生えた冴えない風体の中年顔を情け無く微笑ませ、片や完全に老域に在りながらもその雰囲気は何処か若々しく、それでいて凄味を帯びた微笑みを浮かべながらも瞳は確実に笑っていない、と言う年季の入った表情を浮かべて見せていた。
更に言うのであれば、普段であれば常時飄々とした態度を崩さず、それでいて締めるべき所は確実に締めに行くだけの頼り甲斐を纏っているのがヒギンズと言う男であったのだが、珍しくその雰囲気は霧散してしまっており、説教を受ける直前の悪ガキ、と言った風な感じにしか見えない。
そして、それと相対しているグレゴリオも、どちらかというと悪さをした孫を叱る祖父、といった風に見える外見をしているハズなのに、何故かだらしない兄に食って掛かる年の離れた弟、とでも表現するべき空気を周囲へと放っていた。
…………一応、ヒギンズから聞き及んでいた、彼の過去。
その中に、現在の『教会』のトップをかつて助けた事がありその後も交流を続けていた、との話があり、かつ先のやり取りを目撃していたアレス達『追放者達』のメンバーとしては、その関係性を何となくは推し量る事が出来ていた。
が、今回案内役として抜擢されたセシリアは、そうでは無い。
ある程度話には聞いていたかも知れないが、半ば唐突に自身にとっては至尊の存在が、立場的には上とは言え人類の限界を突破した者達であり、かつ依頼の為に呼び出したハズの『Sランク冒険者』と唯ならな雰囲気を放っている場面へと遭遇し、最早理解力の限界値を突破してしまったのか、宇宙を目視してしまったが故に固まってしまった猫の様な表情を浮かべ、目を丸くしたまま固まってしまっていた。
そんな最中、気まずそうに視線を逸らしたままでいたヒギンズへと、仕方のない相手へと向ける様な口調と言葉遣いにて、教皇グレゴリオが口火を切って行く。
「…………さて、先程も言いましたが、本当に久しぶりですね?『オジサン』。
最後に直接顔を合わせてから、いつ以来の再会なのでしょうね?」
「…………え、えぇっと……その、今になってその呼び方は止めておいた方が良い、んじゃないかなぁ〜って、ね?
もう既に、ガルシア君にも立場やら何やらもあるし、見た目的にもその呼び方は、ちょ~っと無理があるんじゃないかって、オジサン思うんだけど……」
「何か?」
「いえ、何でも無いです……!」
「それと、正確な日時を覚えていない様子なので教えて差し上げますが、オジサンが最後に会いに来たのは今から十年と三月に加えて九日前の事です。
そして、その間には何度か『今度顔を見せに行く』と手紙で書かれた事がありましたが、はてさてそうして会いに来たのは何回ありましたでしょうかなぁ……?」
「………………」
一方的に、ヒギンズをやり込めて行く教皇グレゴリオの姿を目の当たりにした一行は、それぞれで強度は異なるものの驚愕を以てその光景を眺めていた。
信者、と言う訳でも無いが為に風評程度でしか知り得ない事柄であった為に当然だが、聞いていた『穏やかながらも諫めるべきには厳しい』との話はコレにも適応されている、と言えるだろうか?とすらアレスは思ってしまっていた程だ。
そんな状態となっている彼らに気が付いたからか、それとも最初からそのつもりであったのかは定かでは無いが、教皇グレゴリオはヒギンズから視線を外してアレス達の方へと向き直る。
その視線は、先程までヒギンズへと向けられていた様な対等な身内に対する、気安さから来るのであろう厳しさの含まれたモノでは無く、どちらかと言う対外的な優しさ、当たりの柔らかさといったモノが含まれている様に思えるモノとなっていた。
「………さて、先程も自己紹介しましたが、このヴァイツァーシュバイン宣教会にて教皇の地位を賜っておりますグレゴリオと申します。
今回、貴方達『追放者達』へと依頼を出させて頂く張本人であり、同時にソコのオジサンとも面識を持つ者です。
以後、お見知り置きを」
「…………どうも。
既にご存知かとは思いますし、既にこちらも自己紹介しましたが、自分が『追放者達』のリーダーであるアレスです。
一応、彼との関係は軽く聞き及んでいたので特に突っ込むつもりは無いですが、そんなに昔からの間柄なのですか?」
「おや?てっきり、その辺りまで話してしまっているモノだとばかり思っていましたが、聞いてはいなかったのですか?
それは、意外でしたね。
彼の性格上、アレもコレも、とは行かずともある程度は話しているモノとばかり思っておりましたよ」
「精々、以前成り行きで助けた敬虔な修道士が現在のトップに座っている、と言われた程度ですよ。
それと、ある程度定期的に手紙の交換がある、と言う感じですね」
「それは、それは。
ほぼ、何も話していない、にも等しいのでは?
では、私が彼と暫しの間『師弟』にも等しい間柄であった、とは聞いていない訳ですね?」
「ほう?
それは、本当に初耳ですね。
彼の事ですから、かなり強引に弟子として引き込まれたのでは無いですか?」
「…………はっはっはっ!
ソレに関しては、否定はしませんよ。
否定は、ね?
まぁ、ソレに関しては強靭な精神を養えた事と、それなりに高い基礎訓練が出来たので後悔はしていませんよ。
尤も、一時は恨みもしましたけど、ねぇ?」
「随分と、手厳しくされたみたいですね?
今の草臥れた中年みたいな感じからは、俄かには考えられないですけど」
「まぁ、確かに今の彼からは、当時のギラギラした雰囲気は感じられませんね。
ですが、今の良い具合に脂っ気の抜けた彼の方が、何かと付き合い易いのかも知れないですよ」
「ははっ、確かにその通りかも知れないですね。
では、その時の繋がりがあったが故に、今回の依頼を投げられた、と言う事でよろしいでしょうか?」
「…………それが一切含まれてはいない、とは私も言いません。
ですが、今回の件に関しては、確実に事を収められる実力の持ち主であり、かつ信頼出来て操られる心配の無い者である必要があった為に、貴方達を選ばせて頂いた、と言う側面もあります」
教皇グレゴリオが最後に放ったその言葉。
それまでは比較的穏やかに、和やかに進められていた会話の流れを断ち切る様に、重苦しく硬い雰囲気が対話を続ける二人の間に流れ始める。
比較的この国と関わりが深いセレンや、個人的に友誼すら結んでいるヒギンズですら、どの様な事態として捉えるべきか測りかねている現状。
その全てを判明させる言葉が放たれるのを、この場に居合わせた全ての者が固唾を呑んで見守って行く事となるのであった……。
「実は、このサンクタム聖王国は、滅亡の瀬戸際に在ると言っても過言では無い状態に在ります。
なので、貴方達にはその原因を取り除いて頂く事になります」