魔族、その暗躍の果て
かつて人の手に在りはしたが、その手から零れ堕ちて届かぬ領域へと成り果て幾百年が経過した、俗に『未開領域』と呼称されている土地の更に奥。
最早人の手が入っていた形跡すらも朧気なその場所に聳える城の中、六つの影が集っていた。
酷く小柄で一メルト前後しか無いであろう白衣をたなびかせた影。
極端に大きく十メルトは余裕で超す程に巨大な影。
人と同じ形をしながら、その実無機質なパーツが組合わさって出来ている影。
場違いな程に扇情的で露出度が高く、豊満な肉付きをしている影。
上半身が非常に発達した、人型の獅子、と形容するのが妥当であろう影。
そして、顔色が悪い以外にはとりとめて特徴は無さそうな青年の外見だが、強い存在感を放っている影。
それら六つの影が、揃いも揃って落ち着かない雰囲気を隠そうともせずに、一つの扉へと視線を集めている。
その様子は、まるで誕生日を迎えた幼子がプレゼントを待ちわびる様であり、大好物のご馳走が運ばれて来る様子を眺める様でもあり、非常に浮き足だってソワソワとしていると言っても良いだろう。
普段から纏め役を押し付けられている、青年の様な見た目をしている影『アルカルダ』すらも同様であり、その瞳には『希望』と『羨望』が宿ると同時に一抹の『恐怖』が込められている様でもあった。
そんな中、無言のままで『待つ』事に耐えきれなかったのか、人型の獅子の姿をした影である『レオルクス』が口を開く。
「……なぁ、おい!?
まだか!?まだなのかよ!?
流石にちと遅いんじゃねぇのか、なぁ!?」
それに対し、一人(?)比較的落ち着きを見せていた影である『オルク=ボルグ』が纏った白衣の裾を直しながら言葉を放つ。
「……少しは落ち着いたら如何ですかね?
貴方がそこでソワソワとした処で、陛下が復活してくるまでの時間が早くなるハズも無いのですから、無駄な事はしないでいる事をお勧めしますよ?
まぁ、それを出来るだけの頭が在れば、ですがね?」
「……おい、それ、遠回しに俺の事馬鹿にしてやがるよな?
なぁ、お前、そんなに死にたいのか?
今すぐ、ぐちゃぐちゃにしてやろうか?あぁ!?」
「クククッ!
よもやよもや、陛下の復活と言う大役を成し遂げ、後は自ら目覚めて頂くだけ、と言う段階まで事を運んだ状態で、最早用済みだからと処分されようとするとは、流石の私も予想していませんでしたよ!
まぁ、流石にこの後起きて来られるでしょう陛下には、ご自分が復活されたのに私が居ない、と言う状況に違和感を抱かれるでしょうから、そこをどうやって誤魔化すつもりなのかは知りませんがまぁ頑張って下さいね?
貴方も知っての通り、陛下はご自身を欺こうとする者に容赦なさる様な、温い方では無いですので、ねぇ?」
「………………チッ……!!」
一時的にいきり立ったレオルクスだったが、嫌みとしか聞こえないオルク=ボルグからの薄笑いを浮かべながらの『説得』により、彼を殺す事と、この後復活する予定の『陛下』に対して偽装する為の手間と時間とを天秤に掛ける。
そして、その結果として事を納める方を選択して鋭い舌打ちを溢し、苛立ちはそのままに乱暴に席へと戻ると、腕を組んでイライラとした様子と空気を隠そうともせずに貧乏揺すりを続けて行く。
そんな彼へと『テンツィア』は呆れた様な視線を投げ、『スルト』は遥か上空から溜め息を漏らし、『ゴライアス』は微動だにせずに見詰め、纏め役であるアルカルダは苦笑を溢しながらもその内心での焦りと不安を慮り、敢えて口出しせずに事の成り行きを見守って行く。
そうして彼らがじゃれあいにもならない掛け合いを続けて行く中、唐突に扉が開け放たれる音が彼らが集う会議場へと響き渡る。
直ぐ様反応してそちらへと振り返った面々の視線には、規模の大小はあれども一様に『歓喜』の感情が込められ、表情もそれに準ずるモノとなっていた。
……視線を送る事すらせずに、そんな感情を露にしたのは何故か?
それは、彼らが集いしこの城には、現在扉を押し開けて中へと入ってくる様な存在も、ソレをなそうと考える事が出来る存在も、彼ら以外にはただの一体のみしか存在していなかったからだ。
故に、必然的に彼らの『待ち人』であった存在である『陛下』が自らの足でこの会議場まで辿り着いた、と言う何よりの証左であり、ただソレだけで彼らが感情を爆発させる理由としては十分であったのだから。
「陛下!」
「…………目覚められ、ましたか、陛下……」
「……ふぅ、分かってはいましたが、どうやらちゃんと成功したみたいですね。
何より、ですよ」
「きゃーっ!!陛下ー!!
もう、心配したんだからねぇ!?
でも、こうして無事に目覚めてくれた安心したわぁ!」
「おーしっ!目覚めやがったな!?
なら、戦うぞ!あの時の約束通りに、また戦うぞ!今度こそ、今度こそ俺はあんたを、陛下を守れるって事を証明してやる!!」
「………………うむ、皆、待たせた様だな」
駆け寄り口々に言葉を掛けてくる魔族達に、感慨深そうに言葉を返す影。
この世界では珍しい黒く長く美しい髪をたなびかせたるその姿は、白く透き通る様な肌やメリハリの効いた体型、ピシッと張って緩みの無い姿勢によって絶世の美しさを体現していたが、その頭部から黒髪を割って生えて来ている複数の角とその背に備えられた黒翼により、その『陛下』と呼ばれる存在が人間では無い事を克明に表していた。
そんな彼女に二の句を告ごうとする面々へと、一人円卓に残っていたアルカルダが手を叩いて注目を集めてから、落ち着かせようとする様に言葉を投げ掛ける。
「……はいはい、皆そこまで。
僕を含めて皆陛下に言いたいことは色々と在るだろうけど、一旦そこまで。
何時までも陛下を立たせっぱなしなんて事は不敬に当たるし、何より陛下は病み上がりなんだから無理させちゃダメでしょう?
陛下も、こう言う時はさっさと席に座っちゃって下さいよ。見ての通り、席は用意されているんですから、ねぇ?」
「……それもそうだな。
では、エスコートを、宜しく頼もうか?」
「…………はいはい、仰せのままに」
半ば冗談めかした口調にてそう告げて手を差し伸べる『陛下』に対し、苦笑を浮かべつつその手を取って優しくゆっくりと、彼らが座っていた円卓の更に上座に当たる場所に設えられた豪奢な『玉座』へと彼女を誘って進んで行く。
そして、導かれるままに玉座に腰掛けた彼女の側にアルカルダが控える様に立つと、それまでバラバラに腰掛けたり立ったままであったりした面々が、一段高くなっている玉座の前に揃って跪きながら頭を垂れる。
そんな彼ら彼女らの頭頂を一通りグルリと眺めてから、身体の奥からジワリと威圧感を放つと共に、ある種独特な『存在感』とでも呼ぶべき何かを、ソレを浴びた途端にその対象に平伏せざるを得なくなる、高い地位に在る者が希に纏う圧倒的な『オーラ』の様な何かを周囲へと拡散させながら改めて口を開く。
「…………さて、こうして妾が忌々しい封印から解放され、再びこの現世に戻って来る事が出来た事は、妾にとって喜ばしい事であると同時に、皆の不断の努力とたゆまぬ研鑽の果ての結果であると思っておる。
その事に、妾は感謝の意を表しよう。
…………諦めずに、良くやってくれた。感謝する」
そこで一旦言葉を切った彼女は、彼女からの言葉によって励起された様々な感情に身体を振るわせている彼ら彼女らに向け、この場に於いて最も求めて止まなかったであろう言葉を、その美貌に獰猛な笑みを浮かべながら舌に乗せて言い放つのであった。
「…………さて、妾も、皆も、それぞれで交わしたい言の葉は多々在るであろうが、そうして旧交を暖めるのは後にして、この場に最も相応しく、今の妾がするに最も相応しいであろう宣言を下すとしよう。
……さぁ、これより、かつては一度途絶えた『人魔大戦』を再び始める事としようか。
誰が止めようと、誰が割り込もうと知った事ではない。全て叩き潰せ。
『魔王』たる妾、『ルチフェロ=サタナキア』の名に於いて、高らかにこの現世に宣言しようではないか!妾達が帰って来たのだと!!未だに、かつての戦いは終わってなぞいないのだと!!」
「「「「「「ハッ!魔王陛下の仰せのままに!!」」」」」」
思いがけず言葉が揃い、ガランとしている会議場へと高らかに響き渡る。
しかし、不思議と閑散としているハズのその室内には、何故か活気に満ち始めている様な、不思議な熱気が生まれつつある様に感じ取れているのであった……。