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読み切りシリーズ

ぬいぐるみの王子とぬいぐるみ姫

作者: るーじ

 むかしむかし、まだ魔法が良く分からない奇跡だった頃の話。

 仲のいい二つの国がありました。

 片方の国は鉄の国で、お鍋も包丁も鉄で出来ている物を作るのが得意な国でした。

 もう片方の国は糸の国で、服もカーテンも、糸を使った裁縫が得意な国でした。


 ある日の事。鉄の国にわがままな王子が、こう言いました。


「ぬいぐるみは要らない。無くしてしまえ」


 王子の一言で大臣たちが動いて、鉄の国からぬいぐるみは全部無くなってしまいました。

 鉄の国の子供たちは、とても悲しみました。

 けれどわがままな王子は知らんぷり。

 


 そうして悲しい日々が続いたある日。

 わがままな王子は、突然ぬいぐるみになってしまいました。


「なんだこれは! 元に戻せ!」


 困った王子が沢山の人に言いましたが、誰も動いてくれません。

 王子はしゃべっているつもりでしたが、ぬいぐるみなので声が出なかったのです。

 大臣たちは動くぬいぐるみを不思議がりました。

 そうして、大臣の一人がこう言いました。


「ぬいぐるみだから、捨ててしまおう」


 他の大臣たちも、そうだそうだと頷きました。

 王子はたくさん暴れましたが、ぬいぐるみなので簡単に持ち上げられて、そのまま運ばれてしまいました。



 鉄の国から放り出されてしまった王子が辿り着いたのは、糸の国でした。

 たくさんのぬいぐるみが入った箱の中で、王子はずっと怒っていました。


「どうして僕がこんな目に合わなきゃいけないんだ!」


 短い手足を動かして、怒り続けました。

 けれど、どれだけ怒っても何も変わりませんでした。

 だんだんと心細くなってきた王子は、少しずつ怒るのをやめました。


「いつまで、このままなんだろう」


 ぽつりと零れた寂しさも、誰にも伝わりません。

 ぬいぐるみに埋もれたまま、王子は何日も過ごしました。



 もう誰も自分を見てくれないのかな。

 王子がそう悲しんでいたある日、つぎはぎだらけの服を着た女の子が通りがかりました。

 女の子の服は少し汚れていて、赤や茶色、青に緑と様々な色の布を縫い付けられていました。


「汚い服を着ているなぁ」


 王子が思わずつぶやくと、女の子が王子の方に向きました。


「そうかしら? 素敵な服だと思うけれど」


「どうして? 汚れているじゃないか。それに、ボロボロだよ」


「汚れているなら洗えばいいのよ」


「じゃあ、何でボロボロなんだ?」


 そう王子が尋ねると、女の子は楽しそうに笑いました。


「パッチワークって言うのよ。知らないの?」


「なにそれ?」


「布を大切にするお洒落よ」


 女の子は嬉しそうにくるりと回ると、ふわりと、様々な布が縫い付けられたスカートが広がりました。


「服は服屋が仕立てたデザインが一番じゃないか」


「布を大切に扱う気持ちが大事なのよ」


 こんな風に、と女の子が王子に見せたのは当て布がされたウサギのぬいぐるみでした。

 それは、王子が持っていたクマのぬいぐるみと少し似ていました。


「どう?」


「どうって言われても。破けた所を直したぬいぐるみ、だろう? ボロボロじゃないか」


「良いじゃない。大事なぬいぐるみとずっと一緒に居られるのだから。それに、お洒落でしょ?」


「お洒落かどうかは、わからないけど」


 王子は、じっとウサギのぬいぐるみを見つめました。


「大事なぬいぐるみとずっと一緒って言うのは、悪くない」


「そうでしょ?」


 女の子が王子を箱から抱き上げる。


「あれ。そう言えば、どうしてぬいぐるみになった僕と話が出来るんだ?」


「さぁ。昔からお話しできたけど、どうしてかはわからないのよ」



 王子は女の子と歩きながら、いろんな話をしました。


「鉄の国では強さと丈夫さが大事で、硬くて丈夫な物を沢山作って来たんだ」


「だから王子に柔らかいぬいぐるみは似合わない」


「似合わないなら、もう欲しくないし見たくもない」


 王子は石を蹴飛ばす様に足を動かします。


「でも、ぬいぐるみが無くなって困る人はいっぱいいるでしょ?」


「そんなの嘘だよ。だったら、どうして柔らかくて破れやすい物も大事だって、言わないんだよ」


「それもそうね」



 王子と女の子が辿り着いたのは、大きな大きなテントのお城でした。


「ここが私のお家」


「糸の国のお城じゃないか」


「ええ。だって私、お姫様だから」


 糸の国のお姫様はぬいぐるみがとても好きで、ぬいぐるみ姫と呼ばれていました。

 王子は二つの国が開いたダンスパーティで、ぬいぐるみ姫と会った事があったのです

 けれどぬいぐるみ姫は今の服とは違う、綺麗な青いドレスを着ていました。


「あのドレスは嫌いだったのか?」


「あれはあれで好きだけど。今着ている服も好きなのよ」


「よくわからない」


「簡単よ」


 ぬいぐるみ姫は王子と一緒にくるりと回ります。


「好きな物を好きって言うの。それだけ」


「それだけ?」


「うん。でも、みんなそれだけのことを、全然出来ないの」


 言われてみれば、王子もそうでした。

 鉄の様に丈夫じゃない、クマのぬいぐるみ。

 寝る時もずっと一緒だったあのぬいぐるみは、ずっと一緒だったから、糸がほつれて綿がはみ出てしまったのでした。


「あのぬいぐるみも、直せたのかな」


「貴方が大事にしたいと思っているなら、必ず直せるわよ」


 ぬいぐるみ姫はくるりと回ると、自慢そうに両手を広げました。


「この服は5回も破れたけど、ほら! ちゃんと綺麗な服になっているでしょ」


 王子には綺麗な服には見えませんでしたが、でもその服を着ているぬいぐるみ姫は本当にうれしそうな顔をしていました。



 ぬいぐるみ姫は王子に尋ねました。


「鉄の国に帰らなくていいの?」


 王子は頭を横に振ります。


「無理だよ。誰も僕の言葉は聞こえないんだ」


「じゃあ、聞こえるようになったら帰るの?」


「そのつもりだよ。僕は、鉄の国の王子だからね」


「鉄の国に帰って、また、ぬいぐるみは要らないって言うの?」


「それはしないよ。でも、ぬいぐるみは鉄の国に合わないんだよ」


「どうして?」


「鉄の国は、強くて硬い物が大事にされるからだよ」


「でも、鉄の国の人も布の服を着るでしょ? カーテンだって布で出来ているし、体を拭くタオルも柔らかい布でしょう」


「それはそうだけど」


「それに、糸の国の人だって布を切るのにハサミを使うし、布を縫うのに針を使うわ。それと同じよ」


「きっと違うよ」


「きっと違うよ」


 王子の言い方をまねると、ぬいぐるみ姫は笑いました。


「試してみたらいいじゃない」


「試してみたらいいのかな」


「試してみたらいいのよ」



「でも、ぬいぐるみのままじゃ、帰っても意味がないよ。言葉が通じないんだから」


「じゃあ、元の姿に戻りましょうか」


「戻れるの?」


「ええ。貴方が望んだら、すぐにでも」


「おかしいよ。だって、僕は、ずっと元に戻りたいって」


 王子は手足を動かして文句を言おうと思いましたが、途中でぱたりと動きを止めました。


「ううん、違う。僕は、ぬいぐるみを捨てなくちゃいけなかったあの国に、本当は居たくなかったんだ」


 王子が寂しそうにつぶやくと、王子の目から小さなガラス玉が落ちました。

 ガラス玉は床に落ちてころりと転がると王子の足に当たり、光り始めました。 


 光が収まると、王子は元に戻っていました。

 ぎゅっと、クマのぬいぐるみを抱きしめた姿で。


「このぬいぐるみは、捨てたと思ったのに」


「あら。捨てられたら、泣いてしまうところだったわ」


 ぬいぐるみ姫が泣き真似をすると、王子はぬいぐるみ姫と出会った時の事を思い出しました。


「あの時も君は同じことをしていたね。『貰ってくれなかったら泣いてしまうところだったわ』ってね」


「思い出してもらえて光栄ですわ、王子様」


「どういたしまして、お姫様」



 それから後の話。


 鉄の国にぬいぐるみが沢山配られました。

 新しいぬいぐるみたちは、鉄で出来た玩具の兜をかぶっていて、鉄で出来た玩具の槍を持っていました。


「鉄だけじゃダメ。糸だけでもダメ。これからは鉄と糸が協力していかないといけないんだよ」


 王子が大臣たちに説明する傍には、綺麗に直されたクマのぬいぐるみがあったそうです。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 王子は自分のぬいぐるみが壊れたことが悲しくて、同じ悲しみを国民に味あわせないようにしてたんですね。 [一言] 絹糸を作るときに廃棄される蚕から良質の油が採れます。 鉄を作るために燃料がい…
[一言] 王子様、ひとつ成長しましたね♪
2023/01/08 21:04 退会済み
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