非日常な日常
吹雪は心が去ったあと、ベンチに深く腰を下ろした。今まで引きこもり生活を続けていたため、少し動いただけでも足が筋肉痛だ。
吹雪は公園のベンチで涼んでいると、公園にだれかが入り込んでくる。
「あ、お兄ちゃん!! 探したんだよ!!」
妹の音月がだいぶ疲労した様子で吹雪の前に走ってくる。時間にしてみれば、約5時間ぐらい2人は逸れてしまっていたので、その心配も仕方がないものだろう。
「音月が最初に迷子になったんだろ? こっちもあちこち探し回って大変だったんだぞ」
「それはこっちのセリフよ!!」
音月には吹雪が通信魔法を使えないせいで、かなりの迷惑をかけてしまった。普通なら通信魔法で集合場所を指定すればこれ以上簡単なことはない。
しかし、吹雪にはそれができない。ゆえに音月も吹雪には強く言うことはない。
「とにかく、学園の見学は明日もあるから今日はこっちに泊まりましょう」
「なんだ、俺がいなくなったあとにでも行けばよかったのに」
理知的な音月のことだから、吹雪がいなくなったあとも冷静に判断して、1人で学園見学に行ってしまったものと思っていた。
まさかずっと探してくれていたなんてなんだか申し訳がなくなる。一体どんな深い理由があるのかと思いきや……。
「そんな薄情なことできるわけないでしょ!! わたしはお兄ちゃんと一緒がいいの!!」
怒り顔で妹はとんだブラコン発言をかます。年頃になってもまだ兄にベッタリなので、正直言うとこちらが心配になってくるレベルだ。
吹雪はベンチから両足で立ち上がると、妹に気になったことを問いかけた。
「じゃあ、学園の見学は明日でいいとして、どこに泊まるんだ?」
「学園の寮よ。 学園見学のあいだは貸してくれるんだって」
「ふーん、初耳だな」
「お兄ちゃん、チラシの注意項目とか全然見ないでしょ? そこに大事な情報が書かれてたりするんだからね」
妹は兄に対して諭すような口調で話し始める。まるで姉みたいな振る舞いだ。吹雪は寮と聞き、チラシに書いてあった内容を思い返す。たしか吹雪たちが行く学園は全寮制らしい。しかし学園が全寮制じゃなかったとしても吹雪たちが寮に入ることは決定事項だ。
なぜなら吹雪たちの家は東京から遠く離れた北海道に位置している。通うとなると、自宅通学などできるはずがない。
現在は魔法によるワープで、簡単に遠くの土地を一瞬で行き来することもできるが、許可なしの上級魔法の使用は法で禁止されている。
ゆえに魔法が使える現在でも人間は快適とは思えない生活を送っているのだ。そこで吹雪は音月の視線が吹雪の左腕に向いていることに気づいた。
「どうしたの、それ?」
音月は吹雪の左腕の火傷傷のことを言っているのだろう。あの炎使いのヤンキーの攻撃を左腕に少し掠めてしまったことを吹雪は思い返す。
吹雪は長袖を着ているし、一度も痛いそぶりなんかを見せたことがないので、ずっと一緒にいた心にすら気づかせなかった。
なのに音月は一発で吹雪の腕の不調に気づいた。その観察眼はさすがと言うところだ。双子なのも関係しているのかもしれない。
「ちょっと、ヘマしちゃてさ。 痛くないから大丈夫だって」
(嘘だ、本当はすごく痛い。 痛すぎて動かすたびに涙が出てきそうだ)
吹雪は負傷した左腕をこれ見よがしに動かす。音月にはあんまり心配をかけたくない。
それを見た音月は吹雪の左腕を強く掴む。ちょうど火傷の跡をだ。
「いっ、ててて!! 痛い!!」
左腕からくるあまりの激痛に吹雪は悶える。それを見た妹は手を離して、兄を叱り始める。
「ほら、やっぱり痛いんでしょ!! 治してあげるから腕を出して」
「ばか、また腕を掴むなよ!! 痛いって言ってんだろ!!」
「うるさい、触らなきゃ治癒魔法が使えないでしょ!! じっとしてて……!!」
* * *
2人で口論をして公園で追いかけっこを始める。そんな非日常とも思える日常が永遠に続くことを吹雪は心の中で祈った。