始まる執着
吹雪は上に張り巡らされた鉄パイプの上で立ち上がり、間抜けにも罠にハマった大男を挑発する。確証はないが、彼ならこんな挑発を受けたら、真っ先にあれをするはずだ。
隣で吹雪のズボンの裾を握ってパイプの上に座り込んでいる少年はなんだが不安そうだ。本当に計画が成功するのか心配しているのだろう。
「上からひきずり下ろしてやるぜ!! 黒焦げでな!」
吹雪の予想通り、挑発を受けた青髪は怒声をあげながらも手から火魔法を発動させる。先程とは違う青い炎だ。髪の色と同じなので、妙に様になっている。
青い炎の玉はどんどん大きくなり、やがて半径10センチくらいの大きな火の玉が完成する。
魔法の知識に疎い吹雪でもあれがどれだけ難しい魔法なのかが分かる。魔力を体外に出すことは意外にも簡単だというが、出した魔力の形を思った通りに変形させることはあの音月でさえ、難を要する。
(だてにAを名乗ってないってことか)
吹雪が思考を巡らせている間にも炎の玉がこちらへ向かってくる。吹雪は計画通りに少年を腕に庇いながらも鉄パイプの上から転がり落ちる形で、剥き出しになったコンクリートの上を転がっていく。
その直後だ、吹雪はたちがいる路地裏が恐ろしい勢いで燃え上がっていく。
「な、なんだこれ!!」
「あ、アニキ! これは、水魔法を応用した油魔法すよ!」
青髪の兄貴分がパニックになる中、取り巻きである1人は冷静な判断をくだす。そう、水魔法は水だけではなく油などを生み出すことも可能なのだ。
魔法ができる人ほどこのロジックを知らないことが多い。単純に魔力が高い人間はこんな低級魔法にはめもくれていないのだ。
炎は途端に路地裏全体を包み込み、路地裏の外にいた一般市民たちもざわざわ言い出し始める。この炎が一般市民の方角に燃え上がることはほぼないだろう。
何故なら魔法というのはその使用者がそばにいないと効力を失うからだ。つまり油魔法を使った少年をここから引き離せばいいのだ。吹雪は少年の手を取って走り出した。
* * *
吹雪たちは公園のベンチの上で息を切らしながら座っていた。この街中全てを使った鬼ごっこは夕方までかかってしまった。上ではカラスがなきだし、太陽も沈み始めている。
お陰で学園見学に行きそびれてしまった。ことの詳細は音月に聞くしかないだろう。そしてよく見ればここは吹雪たちが最初にいた駅の一番近くの公園だ。
ここに留まっている方が音月とも合流しやすいだろう。隣で同じく息を切らしていた少年はやっと息が安定したのか、先程の話を笑顔でし始めた。
「さっきの、面白かったですね!! あんなに強そうなやつがうわーって!!」
「だよな!! 見たかよ、あいつらの逃げる姿!! 傑作だったよな!!」
吹雪たちにいっぱい食わされたヤンキーたちはカッコ悪くも大声を出しながら逃げ帰って行ったのであった。
その後、騒ぎを聞きつけた魔法警察に捕まった。魔法警察とは魔法に関する犯罪を取り締まる警察のことである。
吹雪たちは話している間もずっと笑っていた。感覚はわからないが、友達と話す時はこんな感じなのかと、思い知らされる。
2人でしばらく笑ったあとに少年は公園のベンチから立ち上がった。
「僕、もう帰りますね。 遅く帰ると父さんがうるさくて……」
吹雪は頷き少年の名前を呼ぼうとした。しかしそこで吹雪はお互いの自己紹介がまだだったことに気づく。
もう永遠に合わないんだとしても名前ぐらいは知っておきたい。吹雪は少年が帰ってしまうのを声で引き留める。
「その前にさ、君の名前を教えてよ。俺の名前は如月吹雪」
「……!! 僕の名前は、夜神心です」
「そうか、かっこいい名前だな」
「名前だけですよ。 それにそっちの方がよっぽどカッコいいです。 もう、門限が過ぎているんで帰ります」
吹雪はその少年の自分に自信がない態度がなんだか引っかかった。このまま見送ることもできるが、これだけは言っておいた方がいい気がした。
「心!!」
「?」
「前髪切った方がいいんじゃないか? せっかく綺麗な目してんだからさ」
漫画とかアニメなら主人公が女の子に言うようなセリフだと言ったあとに感じる。しかし、本当に心に対してそう思ったのだから仕方がない。
アドバイスを受けた心はしばらく立ち止まる。
「参考にしときます」
心は吹雪の失礼な物言いに対しても嫌な顔一つ見せず、笑顔でそう返した。その時に長い前髪から見えるスカイブルーの目が誰かに似ている気がしたが、それが誰なのかはよく覚えていない。
心は手を振りながら公園から出て行くので、吹雪も負けずに手を振り返す。
吹雪はこの時、気づいていなかった。これがあの恐ろしい事件の始まりになることを……。




