人生の岐路
吹雪は先生の言った言葉が信じられず、自身の耳を疑った。しかし黒沢先生は言い間違えたわけではないらしい。その顔を見れば分かることだ。
「学園ですか……?」
「そうだ、東京の渋谷区に今年建った魔法高等特別教育学園だ。 多くの入学生が欲しいのか、試験なしでもそこに入学できる」
その学園の名前は聞いたことがある。テレビで散々宣伝していた新しい教育方針を取り入れた特別な学園らしい。
もちろん生徒は今年から募集中なので、卒業生も在校生も存在しない。そのためどんな学園なのかが全く分からない場所だ。しかし、試験なしとは思い切った募集方法である。まさに特別な名を欲しいままにしている。しかし、ここは北海道だ。家から通うことはかなわない。それと同時にもっと重大な心の問題が吹雪には存在するのだ。
「聞いたことはあります。 でも俺、高校に行く気はありません」
いくら自由に入れる学校といえど、吹雪はもう学校に行く気はなかった。高校からは義務教育制度ではなくなるので、やっと学校というものから解放されるのだ。
かといって中学を卒業したら、何をするかなどは考えてはいない。これではニートになってしまうだろう。
(なんとなくだが、ニートは嫌だ)
「吹雪、俺はどうしようもない人間だ。 だが、これだけは言える。 学校にはいけ」
黒沢先生はいつもの温和な黒目に厳しい感情を浮かべていた。黒沢先生はいつだって生徒の自主性を大事としていた。だからこそ、こんなふうに押し付けるのは珍しいことだ。
吹雪はそれに嫌悪感を覚えるが、それを出来るだけ表に出さないように返答する。
「でも、俺には魔法の才能がこれっぽちもないんです。 行ったて、どうせ馬鹿にされるだけです」
「逃げるのか?」
「!」
吹雪は黒沢先生に自身の痛いところを突かれて、意表をつかれた気分になる。いつだって吹雪は嫌なことから逃げてきた。それを自分でうしろめたく思った時期もある。
でもそんな言葉を黒沢先生にかけられるとは夢にも思わなかった。黒沢先生は黒いスーツの中からある一枚の紙を吹雪に見せた。
(いったい、先生はどこにそんなものを隠し持っていたのだろう。 まるで、用意していたかのようだ)
それは紛れもなく魔法高等特別教育学園の応募用紙だ。締め切りは4月1日までと書かれており、現在は3月15日なことからまだ間に合う期間だ。
たしかに入学条件は問わないとは詳細部分に書いてある。しかも応募の期間が4月までとは、だいぶ思い切ったものだ。よほど生徒数を稼ぎたいのだろう。
黒沢先生は吹雪がそれを受け取るのを待っているようだ。吹雪はしばし考えた末、仕方なく応募用紙を受け取る。黒沢先生はそんな吹雪を見て、ほっとした顔になる。そして吹雪に対して罪を告白するような重たい声で話し始める。
「吹雪、俺は魔法が使えない人間を馬鹿にしていた側の人間だ」
「!」
「ある日、俺がいじめていた魔法を使えない同級生がいじめに耐えられず、自殺した……。 その日から俺はその罪を死ぬまで背負って生きていくと決めた。 そして俺は教師としてこの学校に戻ってきた。 もう2度とあの忌々しい事件を起こさないために」
黒沢先生の口から聞かされる彼のどうしようもない人間臭い過去。それは普段の黒澤先生からは想像ができない内容だった。
しかし同時にどんな人間でも間違ったことをするのだという妙な安心感を吹雪は覚えた。
「吹雪、周りの人間を気にして人生を諦めるなんてこんなにもったいないことはないぞ。 お前は今、人生の岐路に立たされているんだ」
「人生の岐路……」
「ここでどういう選択をするか、それだけでお前の人生は180度変わるんだ」
吹雪は今まで進路について詳しく考えたことはない。どうせ碌な学校に行けないのだ。だからこそ吹雪は進路の紙すらも見たことがなかった。
まさにその時自分が人生の岐路に立たされていることに自分は気づいていなかったのだ。